「こんばんは、お邪魔します。本当に来てしまいました。良かったですか?」
「いらっしゃいませ。もちろんです、お待ちしておりました。さあ、こちらへどうぞ」
氷野さんは、仕事終わりで疲れてるにも関わらず店に来てくれた。
2人だけの空間で、俺は氷野さんの施術を始めた。
「かっこいいナチュラルショートの黒髪。眼鏡も良くお似合いですね」
本当にそう思った。
普段から、お客様に対して絶対に嘘は言わないようにしている。でも、良いところは積極的に口に出している。
氷野さんは、間違いなく女性にモテるタイプだ。
穂乃果が言ってた。
彼は、東京大学法学部出身でものすごく秀才だって。
経済力があって、穏やかで、頭が良くて、背が高い眼鏡男子のイケメン……モテないわけがない。
でも、きっと……
穂乃果を好きになった時から、他の女性は見ていないんだろう。その真面目さが、俺にはしっかり伝わってくる。
もちろん、俺も穂乃果以外は見ていない。
穂乃果には、それだけの魅力がある。
氷野さんと俺は敵対することは無かった。
でも、本当は、氷野さんを初めて見た時、心が大きく揺れた。
穂乃果を奪われたくないと――
だけど、食事をしながらいろいろ話しているうちにその不安は消え去った。
ほんの1時間で相手を信頼させる人格。きっと、仕事でも成功すると確信する。
穂乃果と2人にさせたのも、その信頼があったからだ。いいかげんな奴だったら、その場で穂乃果を連れ帰っていた。
「昨日はありがとうございました。穂乃果ちゃんと話す時間を与えてくれて」
「いえ、どうぞ座って下さい。どんな風にしますか?」
「……すみません、お任せします」
「わかりました。じゃあ、軽くハサミを入れてセットしやすいようにしておきます」
「よろしくお願いします。嬉しいです。あなたのような人気のカリスマ美容師さんに切ってもらえるなんて」
眼鏡を取った鏡の中の氷野さんは、本物のイケメンだった。
とても綺麗な目をしてる。この目に真剣に見つめられたら、女性はきっとみんな恋に落ちてしまうだろう。
昨夜は、穂乃果が帰ってきてもほとんど話をしなかった。
穂乃果が、氷野さんと何を話したか、全く気にならないと言えば嘘になる。
だけど、あえて俺は何も聞かなかった。
「月城さん……」
「……?」
「穂乃果ちゃんのこと、どのくらい好きですか?」
突然の質問に驚いた。
俺はカットの手を止めることなく、その質問に答えた。
動揺した姿を見せたくなかったから。
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