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見える範囲に、タマゴはない。


一人空しく、誰もいないリビングでテレビが騒いでいるだけだ。


ゆっくりと息を吸い込み、俺は足を伸ばした。


どこだ? タマゴはどこにある?


耳を澄ますが、タマゴの転がる音は聞こえてこない。


カシャッ……!


あ、やっちゃった……。


呼吸が止まった。


足下を見るまでもない。


聞き覚えのある音、そして、硬い何かを踏み砕いた感触を足の裏で感じ取った。


「誰か、嘘だと言ってくれ……」


恐る恐る、俺は足下を見る。


タマゴが潰れていた。


正確には、俺が潰していた。


右足で、完全にタマゴを踏み潰していた。


内容物が飛び出し、フローリングの床を汚している。靴下を通して伝わってくる、冷たい感覚。


一瞬、頭が真っ白になる。だが、すぐに激しい後悔が襲ってきた。玉依に怒られる、いや、殺されるかも知れない。なによりも、タマゴの中身を殺してしまった。その事に、俺は動揺していた。


ピッ


突然、テレビの画面が切り替わり、洋画が映し出された。さらに、矢継ぎ早にチャンネルが切り替わっていく。


冷たい汗が、背筋を滴り落ちる。


周囲に気を払いながら、俺はタマゴから足を退ける。


内容物が少ない。割れた殻が散乱しており、粘り気のある透明な液体が足の裏にくっついている。


「生まれたのか……。そいつが、チャネルを変えている?」


リモコンは座卓の上にあったはずだ。だが、何処を見てもリモコンはない。


「何処だ? いるのか?」


意を決し、俺は声を張り上げる。


返答は、ない。


チャンネルも変わらない。


俺が来て、相手も警戒しているのかも知れない。


俺はリビングを見渡す。


左手には掃き出し窓。その前にはテレビ台があり、テレビの前には座卓。座卓を挟んでテレビの反対側には、ソファーがある。


右手には、ダイニングテーブるがあり、その向こうには対面式のキッチンがある。


ここから完全な死角になっているのは、キッチンの向こう側だ。


ゆっくりと、落ち着けるように呼吸をして俺はそろりと足を進める。


真っ昼間、それも自宅にいるというのに、尋常じゃないほど緊張感が高まる。


タタタタタッ


何かが視界の隅を走り抜けた。


想像していたよりも、小さい。


一瞬、鼠かと思ったが、この家で鼠など見たことがない。


「誰だ!」


誰だ、と俺は叫んだ。


一瞬だったが、視界の隅で捕らえた『それ』は、二足歩行だった。


小人。


俺は、昔話や童話に登場する小人を真っ先に思い浮かべた。


「そこにいるのか?」


『それ』は、ソファーの向こう側へ隠れたように思えた。


俺はテレビの方からソファーの正面へ回り込む。


ソファーと壁の間。およそ三〇センチ程度の隙間に、『それ』は居た。


狐の嫁入り ~其の弐~ 女神に托卵された俺は、仕方なく幼女と祓い屋を始めました

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