戻るとそこはまさに無法地帯。仕切ってくれるしっかり者の港先輩はもう居ない。顧問の先生はすぐに弓道場から出ていってしまった。
代わりに叱っているのは二年生の漆谷先輩。港先輩と犬猿の仲らしい。本人曰く「アイツと居ると射型が整わんから」と、距離をお互いにとっているそうだ。だが、千鶴と架那は知っている。漆谷先輩は港先輩と話すと頭が真っ白になって緊張してしまうのだ。漆谷先輩は美男子だが、口が悪く、不器用で有名だ。普段は黒髪メガネ男子だが、弓を射るときに見せる素顔は美しく周りの人を魅了させる。
「えー?漆谷センパイ~私たちぃ~今、休憩してるだけですよぉ?」
もう一度確認だ。漆谷先輩は口が悪く不器用で有名。生意気な口の利き方した人達を叱ることが出来る。
「朝日奈惑香さんはこの三人のように上手くなろうとしていますか?」
千鶴、架那、芽依、イツメン三人組のネームプレートが貼られたホワイトボードを指差した。
一度、優しく訊かれたら運が良かったのだろう。だが、二度は無い。港先輩ほど甘くはないから。
「別にぃ?もう私たちは二週間出番無いですよね?関係ないじゃないですか?」
反抗したが最後、怖い思いをする。
「…オマエの実力じゃ、アイツらには追いつけないからさっさと失せてくれ。オマエら!こんな人の足しか引っ張れないやつを友達として置いてんのか?みすぼらしい。本当に代官高校弓道部活動生として恥です。出てけ!オマエら心が成長してないガキを相手にできるほど僕は暇じゃねーんだよ!ほらぁ?なぁ!!菜草さんとかさぁ?深津さんとか、神宮さんとか、オマエらと比になんねぇくらい上手いんだよ!出ていけ!荷物もって出ていけ!」
その声に驚いた惑香は震えながら荷物を持って出ていってしまった。正直、千鶴や架那にとってはストレスの根源でしかなかった。だが、惑香には永遠に感謝しなければならない。イヤな奴でも、彼女達にとってはかけがえの無い存在。何故ならば、二人が出会えたきっかけとなってくれたからだ。
千鶴は中学から弓道をしていた。架那はクラブで弓道をしていた。千鶴の中学時代はいいものとは言えない。それはあまりにも”普通”だったからだ。”普通”であったが為に大したことは滅多に起きない。だが、”普通”で居たいが故に普通とは程遠い人を避ける人が多発した。人間関係の悩みが尽きず、疲れきってしまった千鶴を救ってくれたのは架那と惑香だった。
千鶴はふと、市内管理の弓道場に練習しに行きたくなった。この現状をどうにか打破したいと考えてはその思考回路がぐちゃぐちゃになる毎日。まるであと最後のピースが揃わないような気味が悪い感覚だった。弓道の道具一式を揃えて向かった。千鶴はやっとの思いで着いた弓道場にチェックインして入った。階段を登っていく時、矢が放たれたような軽い音が聞こえてきた。
「まどかぁ…全く当たってないじゃん!」
「…五月蝿いなぁ。かなちゃんもじゃん!」
「むっ!?まどか?」
入りにくい雰囲気の中、千鶴は階段を登りきった。それに気づいた声の大きい女子二人が目を丸くした。いきなり館内利用者に出会い戸惑っていると千鶴の制服に気づいた一人のショートカットの女子が
「君さぁ、巷で有名な音瀬中の子よね?」
と、興味津々に話しかけてきた。千鶴はびびってこくりと頷くと奥の方にいるポニテ女子が
「音中と対戦したことあるんだけど覚えてますか?」
と、曇りなき眼で質問してきた。もしかして市伊倉中学校か。と、予測しているとポニテ女子が
「金林(かなばやし)中なんだけど…一年前に泉州大会で対戦した…」
知っている。金中は千鶴の通っている中学校と接戦した実績がある。最後、お互いの実力を認め合うとこが出来た。金中の弓道生だと気づいた瞬間に手にはスマホを持っていた。
千鶴は金中の架那と惑香と連絡先を交換した。架那は特に千鶴とか変わってくれた。
覚えているのはその記憶だけ、だが惑香は弓道生の時と学校の時のキャラがまるで違うのを感じた千鶴は惑香と関わる機会を極力減らした。少々メンヘラ気質のある惑香は他メンのビジュの良さをうりにしていた。俗にいう二面性人間だ。その事に気づいた時には代官高校に受験していた。千鶴は架那と一緒に受験しに行った。気がついたら千鶴と架那は大親友になっていた。勉強会もして大会で鉢あった時も雑談したりアドバイスしたりして敵校同士らしからぬ行動を度々していた。架那の的からぱんっと、射的音が聴こえたら千鶴は心の底から喜び聴こえてこなかったら本人よりも悔しがる。逆に架那は感情を表に出さない。千鶴と違って冷静だ。幸せそうな顔になることは無い。声色で判断できるが試合中は話さないから理解出来ないことの方が多い。
惑香が居ない弓道場はいつにも増して閑散としていた。架那は呆れて溜息をつき、弓道場から出ていってしまった。千鶴はどうすることも出来ずにただ、立ち尽くしていた。青ざめていた千鶴に手を差し伸べたのは芽依だった。
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