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10 - 第十章 最初で最後のプレゼント ※宮田大夢視点

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2024年09月02日

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昭和建設との交渉は決裂した。施工不良箇所を修繕工事したところでこちらは一円も儲からない。それを数千箇所? 冗談じゃない!

交渉決裂直後、社長の宮田一郎は役員報酬大幅削減と残業禁止、それと賞与停止を全社員に通達した。賞与停止には誰もが不満の声を上げたが、それが過酷な人員整理の前触れであると気づいている社員はほとんどいなかった。

このまま昭和建設の攻撃が続けば、早ければ来月にも給料遅配や不渡りが発生するだろう。そうなれば宮田工務店は終わりだ。

宮田工務店が終われば宮田家も終わる。九月に一族みんなで借りまくった三億円は返せる当てもないのに、半ば相手を騙して高利を条件に無理に貸してもらったもの。自己破産など認められるわけがない。しかも、まともな金融機関はもう貸してくれなかったから、かなり危険な筋から貸し付けを受けた。彼らは絶対に踏み倒しなど許さないだろう。執念深くどこまでも破産したおれたちを追ってくるに違いない。

おれは佐野清二に育てさせた二人の托卵児との面会を起死回生のための最後の機会と捉え全力を尽くすこととした。架と夢叶の二人から宮田を許してやってと頼まれれば、子煩悩な佐野清二は従わざるを得ないはずだ。


九月中旬のよく晴れた土曜日の正午、托卵児側のたっての希望でわが家の中で食事会形式の面会をすることになっていた。あなたの不倫で生まれた子どもをこの家に上げるなんてと妻の樹理には猛反対されたが、この面会がうまくいかなければこの家だって人手に渡るんだぞと脅してなんとか納得させた。実際、この家だってすでに抵当権が設定されている。この家を担保に借りた金の返済のめども立たない状態。樹理に言った内容は脅しなどではなく、ただの現実だった。

面会時間は正午なのに兄の架だけ一時間前にわが家を訪ねてきた。妹の夢叶は時間通りに来る。妹が来るまで長女の雫の部屋で待たせてもらいたいという。架と雫は仲良しのクラスメートだという話だ。もちろん喜んで許可した。雫には、なんでもいいから架の機嫌をなるべくよくする努力をするんだと念押ししておいた。長女の雫は次女の有希と違ってそういう社交的な能力に欠ける娘だから、有希にも三十分ほどしたら雫の部屋に応援に行くように指示した。

正午直前、雫の部屋に応援に行かせたはずの有希がダイニングにいて脱力したように椅子に座り、目の前のテーブルの一点を見つめていた。

「雫の部屋に行くように言っただろう?」

「行ったよ。呼んでも返事がないからドアを開けたら……。お父さんって今日うちに来る二人のお父さんでもあるんだよね? つまりその二人と私たちは兄弟だってことだよね?」

「ああ。認知してないから法的には赤の他人だけどな」

「法的に赤の他人なら結婚だってできるのか……」

何やらぶつぶつ言ってるが、相手している暇はない。もうすぐ夢叶が来るし、架だって雫の部屋から降りてくるはずだ。


夢叶は正午きっかりに来訪し、それに気づいて雫と架も降りてきた。そのほかには、おれと樹理と有希と和弥。計七人でダイニングのテーブルを囲んで座る。うち子どもは五人、全員の父親がおれだ。そのせいで会社が大変なことになっているが、今だけはなんだか誇らしい。樹理は複雑な表情。架と夢叶が帰ったらまたキーキー責められるのだろうか?

とにかく架と夢叶を味方につけなければならない。今日の食事会は厳しくなった家計から二十万円を計上し贅を尽くした豪華な料理を用意した。また、架と夢叶へのプレゼントも二人分たしてそれとほぼ同額の金で購入したものだ。

和気あいあいとまではいかないが、食事会は順調に進んでいるように見えた。架と夢叶が夏海の実家ではひどい態度だったと夏海からさんざん聞かされていたから警戒していたが、異母兄弟三人の存在が歯止めになっているのだろうか? 架も夢叶も自分から口を開くことはないが、聞かれたことには素直に答えてくれる。態度の悪さも特に感じなかった。

「架君、今日の料理は口に合ったかな?」

「口に合ったかどうかは分かりませんけど、キャビアなんて食べたの生まれて初めてだし、いい経験させてもらいました」

「喜んでもらえたようで何よりだよ」

「おれたちを喜ばせたいのなら、あなたが死ぬのが一番ですけどね」

油断してたらいきなり来た。もちろんそれくらいの罵詈雑言を浴びることは想定済み。

おれは立ち上がり、正面に座る二人に深く頭を下げた。

「君たちのお母さんとの不倫のことだが、今思えばずっと気づかれなかったのをいいことに歯止めが利かなくなってしまった。君たちをひどく傷つけてしまった。本当に申し訳ない」

「おれたちも傷ついたけど、おれたちを今まで育ててくれた父が一番傷ついたと思う。あんな結婚詐欺師みたいな女に引っかかって。あんな女のことはさっさと忘れて、すぐにでも再婚してほしいと思ってるんですけどね」

「それなら罪滅ぼしに君たちのお父さんの再婚相手を紹介させてもらえないだろうか」

夢叶が飲んでいたフカヒレスープを噴き出した。

「ちょっとやめてよ! また別の愛人をお父さんに押しつける気?」

「そういうわけでは……」

「まあ待て」

夢叶を落ち着かせて、架が妙なことを言い出した。

「父の再婚相手なら大夢さんのそばに適任者がいるじゃないですか」

「適任者……?」

さっぱり分からなかったが、架の視線の先には雫、有希の姉妹と妻の樹理がいる。

「まさか妻の樹理?」

「違いますよ。自分の子どもの父親になる権利をあなたに理不尽に奪われた父には、できれば若い女性と再婚して改めて父の血を引く子どもを授かってほしいと願っています。おれは雫さんこそ父の再婚相手として適任だと考えました」

「雫を差し出せばおれも会社も許してもらえるのか?」

「はい。おれたちがここに来る前に、この条件を先方が飲んだら痛み分けということで手打ちにすると、父にも昭和建設社長の守さんにも了解をもらってます」

「それならぜひ!」

「あなた、何を考えてるの!?」

樹理が発狂したように叫びだした。

「会社を救うためにまだ高校生の雫を五十男の嫁に差し出す? あなたたち、雫の人生をなんだと思ってるんですか?」

「ふうん。じゃあ、あなたはあなたの夫に托卵されて生まれてきたおれたちの人生をなんだと思ってるんですか?」

「それは……」

「雫本人はどう思う?」

架が雫を呼び捨てにした言い方がまるで恋人同士のようで一瞬ギクッとした。二人が父親の同じ兄妹同士だということは分かってるはず。考えすぎだな。もし二人がデキてれば、恋人を父親に差し出すような真似をするわけがない。

「私を君のお父さんと結婚させたいのなら、君はなんで私を――。君にとって私はいったいどんな存在だったというの?」

雫の〈君はなんで私を〉に続くセリフは〈おもちゃにしたの?〉であるが、二人がそういう関係であることを知るのは当事者の二人とさっき二人の行為を見せられた有希だけだった。

「結婚って……。いつかすると思うけど、その前に大学で学びたいと思ってた」

「父さんと結婚したって大学に行けるぞ。かえってこの家に残った方が行かしてもらえないと思うけどな」

「そうかもしれない。でもごめん、結婚はやっぱり好きな人とするべきだと思うんだ」

「残念だけど雫が好きな人と結婚する未来は今閉ざされたから。ここにいる宮田大夢の関係者全員を敵認定させてもらう。雫も幸せな結婚する夢を見ながら、大夢と心中すればいいさ。――夢叶、帰るぞ」

架に続いて、夢叶も立ち上がる。

「お兄ちゃん、ちょっと冷たすぎるよ。これから家をなくして一文無しになるかわいそうな人たちなんだよ。お腹すいてどうしようもなくなったら、ぜひうちまで来て下さい。人数分のコンビニ弁当くらいはおごってあげますから」

結局こうなった。最悪の事態だ。

「待ってくれ! 二人にプレゼントも用意したんだ。ぜひ受け取ってほしい」

手はず通り、架へのプレゼントを雫が、夢叶へのプレゼントを有希が手渡す。二人はおとなしく受け取り、その場で箱を開けてプレゼントの中身を確認している。架には海外製の高級腕時計を、夢叶にはハートのネックレス。

「大夢さん、ありがとうございます。血の繋がったあなたからもらった初めてのプレゼントだから大事にさせてもらいますよ」

架は満面の笑みで笑ってくれた。夢叶も。

「形見としてね――」

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