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side:wki
体調の悪さは自覚していた。
連日の猛暑にやられてか、ここ数日食欲が落ちていて、加えて多忙による慢性的な寝不足。朝起きた時から体の重怠さを感じて頭を抱えた。
勘弁してくれよ、この忙しい時に。体調崩してる場合じゃないんだって。
今日はFC動画の撮影日で、メンバーの中で一番に楽屋入りするスケジュールだった。本当はいつも通り、涼ちゃんが一番早い予定だったんだけど。
一週間程前、さて来週のスケジュールを確認するかとメンバー共有のアプリを開いて。この撮影の前日、遅い時間まで黄色のマークが伸びているのを見た俺は、すぐにマネージャーに声を掛けたんだった。
・・・あの時めっちゃ元貴にいじられたよな。「まぁた若井が涼ちゃん甘やかしてるわ」って。
元貴は「そうゆう優しさは本人の前でやんないとアピールになんないよ。」とよく俺に言う。「涼ちゃんアホなんだから。それも超が付く」とも言っていた。本人が聞いたら怒りそう。
涼ちゃんのことを大切に想うようになったのは、休止期間に同居をしたときだった。
涼ちゃんはあの時よく涙した。それは先行きの不透明な未来を思っての時もあったし、ダンスの練習がキツくて泣いていた時もあったし、元貴や俺のことを自分は支えられていない、と自分の不甲斐なさを思っての時もあった。
そのたびに俺は彼を慰めた。自分も不安でいっぱいな癖にカッコつけて「大丈夫だよ。」と声を掛けて。
えぐえぐ泣く彼が、俺の言葉を聞くと、ちょっとだけ安心した顔をするのが、嬉しくて。
涼ちゃんが泣いていた次の日の朝は、俺が朝食を作る当番の日であっても、必ず涼ちゃんが先に起きてキッチンに立っていた。
顔を合わせると、ちょっと照れたような顔をして「昨日はごめんね。かっこ悪いとこ見せちゃった。」と言って、食事を出してくれた。トーストと目玉焼きのシンプルな朝食。黄身が崩れた目玉焼きと少し焦げたトーストは、彼の方のお皿に乗っていた。
自分の気持ちにまっすぐで正直だから、人一倍落ち込むこともあるけど、それでも何度も立ち上がる姿が美しい。でもやっぱちょっと抜けてて、それがまた人間らしくって。そこがなんかいいよな、可愛いよな、て思うようになった。
着実に確実に、「あぁ、俺って涼ちゃんのこと好きなんだ。」っていう思いを募らせていって、どんどん彼が大切になって。同時に、この気持ちがバレたらどうなるかっていう恐怖もどんどん大きくなっていった。
メンバーで、同性で。友達でもあり、仕事仲間でもあり。
困らせてしまうのも、彼が優しいが故に悩ませてしまうのも容易に想像がつく。
だから、この気持ちは墓場まで持って行くんだ。なんてちょっと自分に酔いながらカッコいいことを考えていたのに。
「で、若井は何で好きなら好きって言わないわけ?試しに言ってみればいいじゃん。涼ちゃんスキダヨーって。」
元貴の家で二人でゲームをしている時。何でもないように言われて、ひっくり返りそうになった。いや、文字通りひっくり返った。
何でそんな、何でもないことみたいに言ってんだ?というかなんで俺の気持ちに気付いてるんだ?とパニックになって、そのせいで俺の操作していたゲームキャラが儚く死んだ。
「え、なになになになに、なんで分かったの」
「いや、何年の付き合いだと思ってんの。こちとら若井の恋愛遍歴見尽くしてきてんのよ。それこそ学生の時から。」
いぇーい、俺の勝ち。と呟きながらゲーム画面を操作する元貴を見遣る。
「でもまぁ涼ちゃんに行くとは思わなかったな。だって若井ってどっちかっていうと、パートナーに甘えたい方の人でしょ?今までの彼女だって世話焼きタイプが多かったし。涼ちゃんに関しては逆じゃん。若井、めっちゃ甘やかしてんじゃん。」
「・・・え。俺そんな、元貴にバレるほど涼ちゃん甘やかしてる?」
「え、もしかして無自覚?」
「うひゃひゃ、思った以上に純愛じゃないの。俺応援するよー、二人がくっつくの。」なんて元貴は笑ってたな。
ここ最近は、あのとき元貴が言っていた「無自覚の甘やかし」が分かってきて、自覚のある甘やかしになりつつある。ただの甘やかし。
だって、涼ちゃんが忙しい時期には支えたいし。今日のスケジュールも、涼ちゃんのお仕事を代わることはできないから、せめて都合のつく入り時間やなんかは・・・と思ってのことだった。
・・・それが体調悪くて?「りょーちゃん、やっぱメイクの順番変わってよー」とかなんて?
・・・言えるわけない、漢だぞこちとら。
と、意味もなく気合を入れてから仕事に向かう準備に取り掛かった。
早めに楽屋入りして、メイクさんのセッティングまで少し時間ができたので、ソファに横になることにした。
いつまでそうしていただろう、意外にも深い睡眠に入っていた気がする。
人の気配を感じて、スタッフさんが呼びに来たのかなって意識が浮上した。
「おはよ。」
大好きな優しい声と、じっと俺を見つめる垂れ目を認めて、ドキリと胸が音を立てる。寝起き一番に見る涼ちゃんはダメだ、不意打ちの破壊力。
それから涼ちゃんに俺の顔色の悪さを心配されて、上手く誤魔化したつもりだったけど、それから一日中「とっても心配です!」と顔に書いてある涼ちゃんに気遣われた。
収録中も休憩中もチラチラと何度もこっちを見てきて、それだけでもちょっと照れるというか。食事の時はさらにガン見で俺のことをニコニコ見ていて。
普通にめっちゃ照れるんだけど。勘弁してくれ本当に。
「じゃあお疲れ。また明日午後に。」
仕事を終えて、もうとにかくさっさと帰ろうと手早く荷物を纏めて楽屋を出た。明日もメンバーでの仕事だ。その時には涼ちゃんに心配かけないようにしないと。
「・・・なんか若井さん、顔赤くないですか?」
帰りの車で、俺の送迎についてくれているマネージャーさんが心配そうに呟く。
「え、まじ〜?」と言いながらも、さほど気にしていなかった。やば、今日の涼ちゃんのこと思い出してたから顔熱くなっちゃったかな。ガキかよ俺は。
「・・・いや、ほんと赤いですって。ちょっと熱測ってみて下さい。」
そう言って「はい。」と体温計を手渡される。タレントの体調管理もマネージャーの仕事だもんね、体温計常に持ってくれててありがたい限り。
「へいへーい。」と言いながら体温を測って、出た数字に思わず眉を寄せた。え。マジで熱あんの俺。
俺の顔を見たマネージャーは、ほら見たことかという顔をして、「病院に直行します。」と行き先を変えた。
どうしてこうなった?
自宅のリビング。ソファーの目の前のローテーブルには、レトルトのお粥やらプリンやら。
そしてスプーンでお粥を掬って、「はい、若井。遠慮せずに!あーん。」と俺の口元へ運ぶのはニコニコな涼ちゃん。
病院で検査してもらったところ、流行りの感染症ではなく。疲労から来る発熱だろうとのことで、解熱剤を処方してもらって帰宅した。
今日はギターの練習をするつもりだったが、仕方が無い。テキトーにゼリー飲料でも胃に入れて、薬を飲んでさっさと寝ようと思っていたのだけど。
軽快に鳴る来訪者を知らせる電子音に、なにかネットで買ってたっけ、なんて思いながらインターホンの画面を確認した。
「ん”っ!?」
ちょっとだけ不安そうな顔で画面に映る派手髪は、間違えようも無い。
「涼ちゃん!?どしたの?」と慌てて応答する。すると、「あ、よかった〜、なかなか出ないから部屋番号間違えちゃったかと思った〜。」と回答になってないお返事を頂いた。
「とりあえず開けて〜。」とマイペースに続けられて、解錠ボタンを押す。「ありがと、すぐ上がるね〜。」と画面越しに手を振られた後、入り口の方へ歩いて行く姿が見えた。
え〜〜、急展開〜。
何、なんか連絡もらってたか、と思い慌ててLINEを開くと、『熱大丈夫?なんか欲しいものあったら買って行くよ!』『プリンとゼリーならどっち派?』『分かんないから色々買っちゃった!またあとでー!』と一時間程前から15分置きくらいで連絡が入っているのに気付いた。
やば、病院行ったりしてバタバタしてたから、全然確認してなかった。え、というかお見舞いに来てくれたってこと?
とりあえず鍵を開けてあげなきゃと、玄関に急ぐ。もうエレベーター上がって着いた頃か?と確認のために玄関のドアを勢いよく開けたのと、涼ちゃんが部屋の扉の前のインターホンを押そうとしているのがほぼ同時で。
涼ちゃんがびっくりした顔をして目を見開いている。何か言わなきゃと思ったけど、思っている以上に俺の脳は混乱しているらしく、口からは意味をなす言葉が出てこない。
「来ちゃった!!大丈夫?」
俺の大好きな垂れ目の目尻を更に下げてから、涼ちゃんが「じゃーん!」と買い物袋を掲げた。