テラーノベル
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東京の帝王ホテルでは、ひっきりなしに警察車両と警察官が行き交う。鉄の柵と赤いカラーコーンで人、物の移動が制約される。従業員にすら所持品検査を行う徹底ぶりだ。
これほどまでの厳戒態勢を敷いているのは、エーデルシュタイン宰相マーゲル侯爵の来日、黒部勇人内閣総理大臣との首脳会談のためだ。
エーデルシュタインは欧州の奥地に残された古風な王国である。老練な貴族のマーゲルと比べて、黒部勇人は若く三十路にすらなっていなかった。それでも張り切るのは黒部新造元内閣総理大臣から受け継ぐ血筋ゆえか。
テレビ局のリポーターがマイクを手にカメラに向かう。
『帝王ホテルには、まもなく黒部総理大臣が到着する予定ですが……まだ姿を見せていません』
それもそのはずである。公安警察によって警護プラン、総理移動ルートが変更されたのだから。
「うまく出し抜けたな」
SPに囲まれた黒部総理大臣が言うと、同行する桜祐警視は軽く頭を下げた。
業者用搬入通路は暗く狭い。それでも黒部は、まるでスパイアクションを楽しむかのように警察の誘導に従う。
桜警視はこれまで幾多もの事件で要人の身を守り、また、悪に染まった政府高官を摘発してきた身である。黒部勇人内閣総理大臣は、ある意味キャリア警察官らしくない現場派の桜祐に絶大な信頼を寄せていた。
公安特別捜査隊、公特捜は、そのような桜警視の持ち味を活かすために作られた警察組織の独立愚連隊である。
「会談直前の総理の移動ルートの変更か」
そう漏らした大河内和夫二等陸佐は、桜警視を隊長とする公特捜の副隊長と、自衛隊との連絡調整官を兼ねる男だ。
『念には念を、と言うことです』
丸眼鏡にモニターの光を映しながらそう言ったのは、桜警視の妻、桜春警部である。桜警視との間に小さい子供桜光がいるため、家からの参加である。春はサイバー捜査員であった。
『この警護プランの変更はエーデルシュタイン当局と公安しか知りません』
春の言葉は正しい。業者用通路からの移動は、かつて元総理がウクライナへの電撃訪問でマスコミの目を欺いたのと同じ手だ。見破られるはずがなかった──そのはずだったが。
「──黒部首相だな」
通路から人影が現れる。
「誰だ!」
桜警視が叫ぶより前にSPが誰何した。
言い終わるより前に、黒部勇人が声を上げた。
膝から崩れ落ちた彼を見れば何かが身体に刺さっている。
今、内閣総理大臣が襲撃された。
SPが防御の陣を取る。
「この野郎!」
桜祐より若い日向竜介警部補が犯人に突進し、短い格闘で制圧する。犯人は褐色の肌、外国人だ。
彼もまた公特捜の執行班班長である。
襲撃犯の持っていた武器はボウガンだった。金属音を立て床に落ちる。
のしかかる日向で被疑者は動けない。桜祐も警視という階級にも関わらず自らのしかかると、被疑者に手錠をかけた。
「**時**分、殺人未遂、銃刀法違反、その他の容疑で逮捕する!」
桜警視は襲撃犯をSPに引き渡すと、サイバー捜査員の妻に強く問いただした。
「警護プランの変更は、公安警察とエーデルシュタインしか知らないんじゃなかったのか!?」
彼の妻春もまた公安特別捜査隊情報班班長であったが、うなだれるばかりだった。
妻想いの桜祐ははっと我に帰り、ごめん、とだけ謝った。
警察無線や報道の音声が東京に入り乱れる。
『被疑者を確保、パルタ人の男、至急本庁に護送を』
『今入った情報です、黒部総理大臣が何者かに襲撃されました!』
『首脳会談関連のニュースを変更してお伝えします、なお、バラエティは後日の放送とします』
東京のビル街にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
* *
パルタ共和国。
南太平洋に位置する、多宗教多民族国家の島国であり、傭兵稼業、警備会社、建設会社など肉体労働の現場で世界を渡り歩く流浪の民である。
そのような前提知識を桜警視は脳内で繰り返す。
「やはりパルタのボウガンですね」
警察官の言葉に頷く桜警視。
「前高石政権において、外国人材は法規制が厳しくなり、排斥されていた。怨恨でしょうか」
外国人による治安悪化を叫ぶ世論、その槍玉として挙げられていたのがパルタ人である。
「決めつけるな」
経験の浅い日向竜介警部補は得意になって自説を述べるが、大河内和夫二等陸佐は叱りつける。
「大河内さんの言う通りです。それと、エーデルシュタインしか知らないはずの警護プランが漏れていたことも気になります」
白手袋でボウガンを触っていた桜警視は立ち上がった。
「これは世界規模の作戦っすよ」
「そうかもね、だからこそ襲撃犯と接見してみたい」
お調子者の日向竜介の言い草はあながち間違いではなかった、と彼らはのちに思い知る。
* *
警視庁本庁の取調室にあっても、襲撃犯のザウルは黙秘を続けていた。
ドアが開く。
若く美男子な桜祐を同業者とは思わず警察官は誰何するが、警視の警察手帳を見せると警察官は一気に緊張して敬礼し、退室した。
「やあ、ザウルさんですね」
「……」
「私は桜と申します。先程はあざやかな奇襲作戦でしたね」
「……」
にこやかだった桜警視の目つきが鋭くなる。
「他に協力者がいますね?」
「……」
「パルタ共和国とエーデルシュタイン王国、ふたつの国の命運に関わる話、いや、それ以上です」
「……」
「あなたのやったことは、国際問題となります」
今、取調室の追及は、世界規模の作戦の端緒となろうとしていた。
世界を巡る一大スパイアクション、ここに始まる──!
コメント
1件
読み終わりました…これ、めっちゃ面白いですね。冒頭の厳戒態勢の描写が映像的に浮かんで、一気に引き込まれました。何より気になるのは「警護プランの変更を知ってたのは公安とエーデルシュタインだけ」という情報がどう漏れたのか。桜警視の妻・春さんへの詰め方が一瞬キツくなってすぐ謝るところとか、キャラの人間味がしっかり出てていいなと。パルタ人とエーデルシュタイン、二国を跨ぐ陰謀の気配がすごくワクワクします。これは続きが気になるやつです!