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埃っぽさを微かに含んだ倉庫の空気は、時間が止まったような静けさを保っていた。ここはかつて大企業の物流拠点として使われていた建物で、今では誰も管理する者はいない。だが不正者狩りの三匹にとっては、追跡や作戦立案を進めるには最適の隠れ家だった。
高い天井に並ぶ鉄骨の梁、整然と並んだ棚の骨組み。木箱や鉄製のコンテナがいくつも残され、使わなくなったフォークリフトの影が薄暗がりの中で沈んでいる。その一角に三匹のための小さな作業スペースが設けられていた。蛍光灯の明かりはところどころ切れており、机の上に置かれたポータブルランプの光だけが心強い明かりを放っている。そこには分厚い資料の束、解析用の端末、そして地図やスクリーンショットが散らばっていた。リーダーであるエルクスは机の前に座り、持ち前の集中力で端末に映る映像を見つめていた。
普段は軽口を叩く彼も、いざ不正者に関わる情報の分析となれば眼差しは鋭く、誰よりも真剣だ。手にしたスコープを覗き込み、映像の細部を拡大してはブツブツと独り言のように呟く。
「やっぱり消え方が不自然だな……。フレーム単位で残像が揺れてる。普通の通信ラグじゃ説明がつかねぇ。」
その声に、隣で資料をまとめていたキヨミがすぐさま反応した。彼女は集まったデータを体系的に整理する役を担っている。
「つまり、特殊なプログラムによるものだってこと?」
「ああ、多分そうだ。普通の回線の歪みならもっとガタつくはずだし、こんなに都合よく姿が消えるなんてあり得ない。」
エルクスはそう言いながら机を軽く叩き、端末に表示された映像を停止させた。そこには一瞬だけ姿を消した不正者の影が映っている。ミアはその映像を覗き込みながら、首を傾げて口を尖らせた。
「でもさぁ、こんなの見てると頭痛くなってくるよ。なんでわざわざ透明になる必要あるんだろ。隠れんぼでもしてるつもりなのかなぁ?」
能天気な声にエルクスが思わず笑ってしまう。
「おいおい、敵が何考えてるかは知らねぇが、あれで奇襲されたら命取りだぞ。隠れんぼ感覚でやられたらシャレになんねぇよ。」
「……笑い事じゃないわよ。」
キヨミが呆れたように言葉を挟む。彼女の眉間には小さな皺が寄っていたが、声色には苛立ちよりも仲間を心配する響きがあった。
「でもミアの言う通り、どうして透明化なんて能力を持たせたのかは考えた方がいい。何の目的で、どんな状況で使うのか。それが分かれば次の狩りでも対処しやすくなる。」
彼女は几帳面に書き込んだノートをめくりながら続けた。そこには観察記録や推定データがびっしりと書かれている。「動きのパターンからして、奇襲や撹乱に特化したタイプかも。正面からの撃ち合いは苦手だから、奇襲で混乱させて一気に仕留めようとするのかもしれない」
するとエルクスは、スコープをカチリと畳みながら肩をすくめて笑った。
「なるほどな、やっぱお前は頭が回る。俺なら“隠れんぼ”で片付けちまいそうなところだ。」
「でしょ!?」
ミアが無邪気に手を挙げて反応する。
「ほら見てキヨミ! やっぱり私の考えは間違ってなかったんだよ!」
「……そういうところじゃないの。」
キヨミがため息をつくと、エルクスが声を立てて笑った。その笑い声に、倉庫の中の空気が少し柔らかくなる。三匹は互いに完全な信頼で結ばれている。冗談を言い合えるのも、深い絆があるからこそだった。
しかし次の瞬間、エルクスの顔が再び真剣さを帯びる。彼は地図を広げ、赤ペンでいくつかの地点を丸で囲んだ。
「さて、情報を整理するぞ。ここ数日で不正者の出没が確認された場所は、この三箇所だ。廃工場、港の倉庫街、そして市街地の旧駅跡。どれも人目が少なくて監視も緩い。奴らが動きやすい条件が揃ってる。」
キヨミは頷きながら資料を追加し、メモを取る。
「それぞれの場所で現れた不正者の種類は……ラグ、透明化、それから武器の異常強化型。今のところ目撃例はバラバラね。」
「バラバラに見えて、全部繋がってるかもしれねぇ。」
エルクスが低く呟く。
「もし奴らが仲間だったら? 役割分担で行動してるんだとしたら、ただの偶然じゃ済まされない。」
彼の言葉に、ミアの表情が曇った。普段は能天気に振る舞う彼女も、その可能性を思えば背筋に冷たいものが走ったのだろう。
「……じゃあ、透明のやつと仲良しさんだったってこと?」
その言葉が倉庫の静けさに溶けるように広がり、キヨミが真剣な声で答える。
「その可能性はある。だからこそ、次の行動を誤るわけにはいかない。もし仲間を失って逆上してるなら、こちらのリスクは増える。」
三匹はしばし沈黙した。倉庫の外からは遠く車の音が微かに響いてくるだけで、時間の流れさえ止まってしまったかのようだ。しかしやがてエルクスが手を叩き、その重さを振り払うように声を上げた。
「ま、考えてても仕方ねぇ。結局、俺たちがやることは一つだ。奴らを見つけて仕留める。それだけだ。」
言葉に力がこもる。その直後、彼は顔を少し曇らせて付け加えた。
「……と言いたいところだがな。」
キヨミがすぐに反応して腕を組み、眉を寄せる。
「どういうことよ?遠回しに言わないで。」
エルクスは地図の一点を指で示し、低く説明する。「ここの数日分の報告を突き合わせたらな、俺たちが追ってたチーターが次々と“無力化”されてる。消えたわけじゃねぇ。死体が上がってるんだ。ただ、やられ方が一様じゃねぇ。」
ミアが身を乗り出して目を細める。
「つまり誰かが先に片づけてるってこと?」
エルクスは頷いた。
「ああ。しかも被害の形が二種類に分かれる。遠距離で一撃必殺にしてる奴と、近接で的確に刻んで止める奴。どっちも雑じゃねぇ。技術と思考の跡がある。」
キヨミが机を軽く叩き、
「同じ手口じゃないなら人数がいるってことね。」
と言う。ミアが付け加える。
「傷の角度も間合いも全然違う。遠距離のやつは射線の読みが巧い。近接のやつは冷静に致命を刺す。二匹、って見立てでいいと思う。」
エルクスは二人の目を見渡してから、肩を軽くすくめて言う。
「つまり、俺たち以外にチーターを狩ってる何者かが確実にいる。正体も目的も不明だが、別にそれ自体は悪いことじゃねぇ。」
キヨミが訝しげに問い返す。
「悪くない? 勝手に現れて片づけられたら情報が減るだけじゃない?」
エルクスはくすりと笑い、口調を和らげる。
「情報が少なくなるのは面倒だが、逆に考えれば誰かが動いてるって事実自体が手がかりになる。奴らがどんな相手か、どう動くか。その行動様式を突き合わせれば、こっちの動き方の精度が上がる。」
ミアが目を輝かせて応じる。
「そうそう! 協力者がいるなら喜ばしい話だよ。こっちはこっちで準備するし、向こうが掘り出した情報も共有してくれれば楽ができるよ!」
キヨミは冷静に首を傾げつつも、顔に少しだけほころびを見せる。
「でも簡単に信用はできないわ。姿を見せない相手なら、まずは動機と手口を突き止める。こちらの拠点に来るかどうかは相手次第だけど、来るなら来るで歓迎する。それで話が早く進むなら歓迎よ。」
エルクスが笑みを深め、ぽんと地図を叩く。
「だったら是非とも、だ。仮に奴らが本当に化物を徹底的に狩ろうとしてる連中なら、俺たちの本拠地に来て色々交換して欲しい物だぜ。ここで情報共有して互いの手口を突き合わせりゃ、次の一手はもっと有利になる。」
ミアが手を叩いて喜び、キヨミは資料にペンを走らせながら「条件付きで」とだけ答える。エルクスはすぐに現実に戻って作戦を締める口調に切り替えた。
「冗談はさておき、まずは二匹の行動パターンを洗い出す。遠距離型と近接型、それぞれの痕跡を時系列で並べて照合だ。足りねぇ分は俺たちで埋める。情報は共有できるものは共有する。来る奴が味方か敵かは、その時判断すればいい。」
三匹は互いに軽く頷き、机に戻された地図と端末に向き直る。倉庫の薄い光の下で、それぞれの指が資料をめくり、数少ない手がかりを丹念に拾い上げていった。
夜の街を抜けて、アマリリスは足を止めた。
煌びやかなネオンの灯りが絶え間なく瞬き、喧噪が石畳を伝ってじわじわと沁み込んでくる。しかし一歩、古びた木の扉をくぐれば、そこは別世界だった。
フランの喫茶店。外界のざらついた空気を切り離すように、暖かな橙色の光が静かに降り注ぎ、磨き込まれた木のカウンターと年季の入った革張りの椅子が客たちを迎えている。
壁際には古い柱時計が掛けられ、一定の間隔で「コトン」と静かに響く振り子の音が場の時間を刻む。店内には数人の客が散らばって座り、湯気を立てるカップを傍らに置いて低い声で会話を交わす者もいれば、黙って本に没頭する者もいる。
その空間全体を包むのは、外の荒々しい現実とはかけ離れた落ち着きと、どこか秘密めいた安堵だった。アマリリスはカウンター席に腰を下ろした。着慣れたコートの裾を軽く払って深く腰を沈め、目を伏せる。その表情は戦いの後特有の硬さを帯びていたが、ここではそれを隠そうともせず、ただ静かに息を吐き出した。
カウンターの奥から、深い色合いのエプロンを纏った女性が現れる。フランだ。彼女の落ち着いた物腰は、店の雰囲気と見事に溶け合っている。長い髪を後ろでひとまとめにし、瞳には経験と諦観と、そしてどこか柔らかな慈愛が宿っていた。
「あら、珍しい時間だね。いつもならもっと遅いだろうに。」
澄んだ声が響く。彼女は慣れた手つきでポットを持ち上げ、アマリリスの前に白いカップを置いた。湯気がふわりと立ちのぼり、焙煎された豆の香りが広がる。
「……仕事が早く片付いたんだ。」
アマリリスは答えながら、視線をカップに落とした。琥珀色の液体が揺れる。その一言に込められた含みをフランは察したように眉をわずかに寄せたが、それ以上は何も言わずに軽く微笑んだ。
「そうかい。なら少しは落ち着いて飲んでって。」
彼女の手際は無駄がなく、長年積み重ねたものの確かさを物語っていた。アマリリスはカップを口に運び、熱い液体を喉へ流し込む。その熱は舌を刺し、食道を下り、張り詰めた神経をほぐすように広がっていった。ほんの少し、彼の肩の力が抜ける。
「……ここに来ると、外でのことが全部遠くなるな。」
小さくこぼした言葉に、フランは穏やかに笑った。
「そう思ってもらえるなら、店を続けてる甲斐があるよ。」
客席の方から小さな笑い声とカップの触れ合う音が響いた。だが二人の間に流れる空気は外界とは隔絶されていた。アマリリスはカップを置き、視線を宙にさまよわせる。何かを言いたげで、しかし言葉を探しているような仕草。その様子を見て、フランは一歩踏み込むように問いかけた。
「また厄介なのに関わったのかい?」
アマリリスの指先がカップの縁をなぞる。沈黙の後、彼は短く頷いた。
「……化物は減ってる。けど、それは自然に消えてるわけじゃない。」
声を潜めるでもなく、ただ平坦に。それがかえって真実味を帯びさせた。フランは表情を変えず、ただ頬杖をついた。
「誰かが動いている、と。」
「ああ。俺以外にも……少なくとももう一つの痕跡がある。」
そこまで言って、アマリリスは口をつぐんだ。核心を語らない。その加減が、ここでの彼のルールだった。フランは追及することなく、ただ片手でカップを磨きながら続けた。
「それなら、あなたの肩の荷も少しは軽くなるかもしれないね。」
アマリリスは目を伏せ、苦笑を零した。
「軽くなるかどうかは……まだわからない。相手がどんな奴らかも知らない。」
フランはしばし黙り、やがて柔らかな声音で言った。
「正体が何であれ、同じ敵を狩ってるなら無駄じゃないわよ。世の中には理由もなく消えてほしい存在がある。あなたがそれを減らしているのも事実。なら、他に誰かが動いてても悪いことじゃない。」
アマリリスは答えず、ただカップを傾ける。苦味が舌に広がり、胸の奥で小さな波を立てた。背後の席で椅子が引かれ、客の一人が会計を済ませて店を出ていく。扉のベルが軽やかに鳴り、すぐに静寂が戻った。その音が、妙に遠く感じられた。やがてアマリリスは低く呟いた。
「……お前は怖くないのか。こうしている間に、化物がこの街を喰っているかもしれない。」
フランはゆっくりと首を振った。
「怖いわよ。でもね、恐怖に囚われすぎると、みんな正しいものを見失う。だから私はこの場所を守る。恐怖に追われるんじゃなく、恐怖を忘れるひと時を作る。それが私の役目だよ。」
その言葉に、アマリリスは目を細めた。フランの声は淡々としていたが、そこには揺るがない芯があった。彼は再びカップを見下ろし、微かに笑った。
「……そういう強さは、俺にはないな。」
フランは軽く肩をすくめた。
「強さの形は人それぞれさ。あんたは戦う強さを持ってる。私は守る強さを選んだ。それでいいじゃないか。」
時計の針が進む音が、二人の間に流れた沈黙を満たした。アマリリスは残りのコーヒーを飲み干し、カップを置いた。深く息を吐き、立ち上がる。
「……また来る。」
短い言葉に、フランは微笑みで応えた。
「ああ。いつでもおいで。」
扉を押し開けると、夜風が頬を撫でた。街の喧噪が再び押し寄せる。その中に足を踏み出すアマリリスの背を、フランは黙って見送った。その目には、戦場で生きる青年の背に対する静かな祈りが宿っていた。
〈キャラ紹介のコーナー〉
フラン・ギルガ
イカガール。
バンカラ街の路地裏にある喫茶店のオーナー。
妹が1匹いる。
皆に優しく誰とでも親しくなれる性格。
喫茶店をやっている事もあり人脈が広い為、フラン経由で知り合いに立ったイカタコも多いんだとか。また、多くの客の噂話を聞き「伝説の剣士」についてよく知るようになった。(あくまで与太話としてしか聞いてないが)
タバコは元々吸わず、酒も今は飲んでいない。本人曰く「ベロンベロンになった事ないから水でいいやとなった」らしい。
そんなフランだが出生や、店を始める以前のイカタコとの関係は知られていない。意外と謎が多い。
エルクス・M・コープ
イカボーイ。
不正者狩りのリーダー。
普段はスコープの部分を持ち歩き遠くの物を見る。
普段はヘラヘラしてるふざけたキャラだが、それは母父や仲間達が大逆事件によって虐殺された事への「自分の本性を隠す為にやっている事」だとアマリリスに打ち明ける。
不正者狩りへの指示は基本エルクスが出し、一部の外部に情報を提供する際は、公表する内容としない内容を判断する。
「M」というミドルネームはかっこいいからという理由で付けられていて特に意味はない。
料理が得意で食材の調達や料理はエルクスがこなす。(たまにミアに任せてとんでもないものができる)
持ち武器はリッター4Kスコープ。
フエノ・ミア(笛乃美愛)
イカガール。
不正者狩りのメンバー。
皆が口を揃えて「天然」と言うほどのド天然。
背が低いことを気にしているので厚底ブーツを履いている。
早くに親を失いエルクス達に引き取られた。
上2つのイジられると拗ねて口を聞いてくれなくなるが、好物のオムライスを持ってくると飛び掛かってきていつもの状態に戻る。
小さい見た目で小回りの菊戦い方をすればいいのだが、本人が脳筋なのでよく突っ込んでデスする。
エルクスとキヨミがあまりに可愛い可愛いと言うので不正者狩りのマスコットキャラクターであることを自身で認めている。
持ち武器はスプラローラー。
カザキ・キヨミ(華崎清美)
イカガール。
不正者狩りのメンバー。
真面目な性格でふざけている2匹に呆れることもしばしば。 ただ非常に仲間思いで2匹を庇って敵を逃したりと優しさ故に失う物も多い。
持ち前の運動神経で機敏に動き戦う。
仲のいい友達は不正者狩りに憧れている。だが他の友達を失っているトラウマから、自分が不正者狩りを行なっていることは明かしていない。
グルメで最近は体重が増え気味で少し不安。
持ち武器はノヴァブラスター。