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「どういう事デスカー!?
これは……!」
公都『ヤマト』の西側新規開拓地区、
いわゆる富裕層のエリア―――
その高級宿の一室で、一人の男が叫んでいた。
年齢は三十歳前後……
片眼鏡、八の字のヒゲをした彼は、ヒステリックに
髪をかきむしる。
「ですが、ご主人様……
ドラゴンは元より、魔狼やラミア族、
さらに数多の有力者と思われる方々と―――
彼らが親交を深めている事がわかったのです。
任務としては大成功なのでは?」
細身の従者らしき男がおずおずと語る。
その言葉に彼―――
クルズネフ・ダシュト侯爵はさらに頭を
ガリガリと片手でかく。
チエゴ国留学組の引率者・責任者として任ぜられ、
ウィンベル王国まで来た彼だが……
その実、立場の弱い留学組の成果を恐れる勢力から
賄賂を受け取り、その落ち度を狙っていた。
さらに彼らを襲わせる事まで考え―――
魔物をおびき寄せる魔導具の腕輪まで準備したのは
彼である。
彼らを殺傷するような危険な目にあわせ、
それをウィンベル王国の責任とし、チエゴ国と
現在行っている、和平・同盟交渉を有利に
進めようとしていたのだ。
だが事態は、彼の思惑とは真逆に動いていた。
「ソウデスネー。
新生『アノーミア』連邦の一国―――
ポルガ国のディアス・ロッテン元伯爵まで、
人脈をつなげているとは。
任務そのものを考えれば、大成功デショー」
何せここ数日、ドラゴンを始めとして……
魔狼の代表としてリリィ、ワイバーンの代表として
レイドのパートナー、『ハヤテ』『ノワキ』が
イリスを通訳として―――
そして土精霊と称する少年も……
果てはラミア族の長、ニーフォウルまでもが
妻の親族としてロッテン元伯爵と共に、あいさつに
来たのである。
そのどれもが、子供や仲間と親しく接してもらった
という、留学組へのお礼と賞賛であった。
「そ、その通りでございます!
それに例の留学組の件については、
もう切った方がよろしいかと。
どうせ真っ当な理由ではありません。
彼らとて、公には出来ますまい」
「(そんな事はわかってイルンデスヨー!!)」
自分の従者の言葉を聞きながら、表面上は
冷静を装いながらも、内心は苛立ちで
埋め尽くされていた。
実は、従者が知っているのは留学組の失態を
虎視眈々と付け狙うところまでであり、
魔導具を利用して―――
留学組を魔物に襲わせようとしていた事までは、
情報を共有していなかった。
そして一刻も早く公都を離れたかったのである。
「(あの魔導具がいつまた『作動』するか
ワカリマセーン!!
さすがにまた空からの襲撃は無いデショウガ……
生きた心地がシマセン!!)」
留学組を襲わせる計画は一応達成したので、
彼は例の腕輪を回収し、機能を停止させようと
したのだが、
冒険者ギルド支部に『記憶魔法』を使える
職員がいた事で、『証』は必要なくなったのと……
高価な魔導具を紛失しないようにとの配慮で、
『厳重』に保管されているとの事だった。
返却を要請したが、『では公都を出立する時に』
と提案され、
なおもしつこく食い下がると、ギルド長から
『ただの腕輪だろ?
何かマズい事でもあるのか?』
とにらまれ―――
引き下がらざるを得なかったのである。
「しかし、ここは聞きしに勝るところですねえ。
料理も風呂も何もかも……
もしかするとあのウィンベル王国の王都・
フォルロワ以上かも。
しばらくここでのんびりするのもいいんじゃ
ないですか?
役得って事で、ねえ」
事情を知らない従者の何気ない言葉は、
侯爵の逆鱗に触れ、
「ふざけた事を言うんじゃアリマセン!!
遊びに来ているんじゃナイデスヨー!!
任務は済みマシタ!
明日、朝イチで帰りマース!!」
「え、ええ……?
は、はい!」
本来、任務であれば引率者として留学組と
一緒にいなければならないはずなのだが、
もはやそんな道理は彼の頭に残っていなかった。
「それじゃあ、コレで失礼シマース!!」
「お気を付けてー」
2日後―――
ダシュト侯爵様一行は王都への道中……
ドーン伯爵邸で一泊し、翌朝になって
去っていった。
見送りに来たのは、ドーン伯爵様と―――
私とギルド長・レイド君・ミリアさん。
「じゃあ、私たちもこのまま公都へ帰りますので」
侯爵様と同じく、片眼鏡で八の字のヒゲを持つ
伯爵様にあいさつする。
「おお、そちらも気を付けてな。
そういえばシン殿、例のレオニード侯爵家と
共同で立ち上げた結婚式専門機関だが……」
そこで彼は私の肩をガシッとつかみ、
「本っ当~~~~~に助かっておるよ!!
あんなの個人ではさばけなかったよ!!
無理だよ!!
いやもう本当に感謝しかない!!」
基本、押し付けてしまった感があるから、
素直に感謝されると却って気まずい。
「じゃ、じゃあ今はお忙しい事は……」
「そうだなあ。
せいぜい、各国の王族や有力者に対する、
献上品の選定を頼まれておるくらいか。
それでもまあ、各国の結婚式の相談に
乗っていた時よりは余裕だよ」
今のドーン伯爵領は特産品が盛りだくさん
だからなあ。
しかも原因はほぼ私だし。
「う~ん……
それならあの町長、もとい公都長に
やらせたらいかがでしょうか」
「トング準男爵か?
いや、しかしあいつは……」
以前、私やパックさんとトラブルを起こした事が
あり、それ以来王都に引きこもって出てこないと
いう話だったが―――
(37話 はじめての かんげい参照)
「適度に利益を与えた方が管理しやすいと
思いますよ。
それに、自分より偉い方々が相手なら、
問題を起こす事もないでしょうし」
「フーム、確かに……
それにシン殿の言う通りにして、間違った事など
無かったからな!
さっそくその通りに動こう!
では、失礼する」
そして伯爵様は、そのまま自分の屋敷へと
戻って行った。
「ずいぶんと信頼されているな、シン殿?」
「はは……」
筋肉質のアラフィフの男性が、ニヤニヤしながら
声をかけてくる。
「じゃあこっちも帰るッスか」
「アタシとレイドはワイバーンに乗って
帰りますけど……
ギルド長とシンさんは?」
黒髪の短髪・褐色肌の夫と―――
その妻である、ライトグリーンのショートヘア、
丸眼鏡の女性が聞いてくる。
「行きと同じく―――
カーマンさんが派遣してくれた馬車があるので、
それで」
「お前らは先に帰って、留学組を安心させてやれ」
それを聞くとミリアさんが、ダシュト侯爵様一行の
馬車が去っていった道を見ながら、
「……ところでギルド長。
あの例の留学組の腕輪なんですけど、
保管していたのに無くなっていたんですよ。
どこいったか知りませんか?」
するとジャンさんは、ポリポリと頬を人差し指で
かきながら、
「ああ、あれならダシュト侯爵様がすごく
返して欲しそうにしていたから、彼の馬車の
荷物に加えたぞ。
そういえばゴタゴタしていて説明し忘れて
いたな。
まあただの腕輪だし大丈夫だろ?」
そこで私も続き、
「あの魔導具、じゃなくて腕輪……
返す時に『元通り』にしたんですよ。
でも別に構いませんよね?
そっくりそのまま『お返し』するのが
礼儀でしょうし」
預かった物を返す時は原状回復させてから返す。
それが大人のマナーというものだろう。
それを聞いた夫妻は神妙な顔でうなずき、
「それならもんだいはないとおもうッス!」
「はいっ! なにももんだいありません!」
その後、2人はそのままワイバーンに乗って
空へと舞い上がり―――
「じゃー俺たちも戻るか。
良い事をした後は気分がいいなあ」
「そうですねー。
もしかしたら途中で侯爵様も気付くかも
知れませんが、その時はきっと喜んで
頂けるでしょう」
私とギルド長は、さわやかな笑顔で馬車へと
乗り込んだ。
数日後―――
王都近辺で魔物に襲われた彼らは、
瀕死の重傷を負うが……
偶然パトロール中のワイバーン騎士隊に発見され、
何とか一命を取り留める。
その際、発見された魔導具を巡り……
ウィンベル王国とチエゴ国の間で、水面下で
極秘交渉が行われる事になるのだが―――
それはまた別の話である。
「あ、シンさんとジャンおじさん。
どこ行ってたのー?」
高速馬車で、その日の暮れまでには公都に
戻る事が出来たが―――
透き通るような白いミドルショートの髪を持った、
12・3才くらいの少女と、ギルド支部へ行く
途中で出会った。
その横には、緑の髪を絹糸のように流す、
エメラルド色の瞳の、彼女と比べると少し年下と
思われる少年もいて、
「氷精霊様、戻って来たんですか。
土精霊様も一緒で……」
まるで姉弟のように出歩く精霊様たち。
仲良いのかな、と思っているとそこへお年寄りが
2、3人近付いてきて、
「おお、土精霊様。
今日も可愛らしいですな」
「髪を触ってもよろしいでしょうか?
ありがたやありがたや……」
少し困惑した顔の土精霊様に触ったり
拝んだりした後―――
彼らは去っていった。
「……今のは?」
「何か、ボクと話したり触ったりすると、
ご利益があるとか噂されているみたいで」
苦笑交じりに話す土精霊様の横で、放置された
氷精霊様は、
「わらわはそんな事なかったの。
どうしてなのかなー?」
アラフィフとアラフォーの男は顔を見合わせ、
「そりゃまあ……なあ?」
「普段の貴女を崇めよと申すか」
「えー? 何それー?」
不満な顔をする彼女に、ふと私はある事を
聞いてみる。
「そういえば、チエゴ国からの留学組に
会いましたか?」
「その関係で今まで出掛けてたんだよ」
私とジャンさんがその事について話すと、
「あ、それならボクの方から―――
彼女に紹介しましたので」
「ウン、会ったよ。
新しく来た子たちだよね。
何かいろいろと大変そうな感じだったけど」
思わず自分も土精霊様を拝みたくなる。
こういうところ、本当に優秀というか違うなあ……
「あー、じゃあシンはこの2人連れて、
『クラン』にでも行って来たらどうだ?
支部への報告なら俺一人で済むしよ」
「そうですね。
じゃあ、留学組と仲良くしてくれたお礼として、
何かご馳走しましょう」
こうして私はギルド長と別れ―――
2人の精霊様を連れて、いつも食事をする
宿屋へと向かった。
「ふーん、引率してる人の見送りねー。
しかしまた料理増えたんだね。
帰ってきてびっくりしちゃったの」
「店に入るなりミソラーメンとミソうどん
頼んでいたよね……
ボクはそっちの方に驚いたけど」
大人しく礼儀正しい土精霊様様と、
自由奔放という表現がピッタリな氷精霊様。
性格は正反対と言ってもいいくらいだが、
割と仲は良好そうだ。
いつの間にか合流した眷属の山猫が、
料理の匂いをフンフンと嗅いでいる。
「……ン?
そういえば、土精霊様の眷属ってよく
料理を口にしますけど―――
氷精霊様の眷属は何も食べませんよね?」
確か彼女の眷属はフクロウタイプで……
何も食べなくてもいいという話だったけど。
「それは性格によるかなー。
ココ、お肉やお魚の料理がたくさんあるから、
そのコに取ってはガマン出来なかったのかも」
「それはあると思います。
食い付きと言いますか、目の色が全然
違っていましたから」
という事は、フクロウが喜びそうな料理であれば
彼女の眷属も食べたかも知れないのか。
でもフクロウが食べたがる料理って何だろう……
「わらわのコは、そもそも人間の料理自体
慣れていないの」
「……ねえ、もしかして―――
ボクの知らないところで、人間にご飯
もらってたりする?」
土精霊様の問いに、フイッと顔を横に背ける眷属。
まあ猫だしなあ。
「そうそう、ミソにも驚いたけどさ。
甘い物も増えたよねー」
「アメと、これは―――
ジャムでしたっけ」
今2人が食べているのは、小さなパンケーキに
ジャムを挟んだ物だ。
手軽で保存の効く甘味としてアメを作ったが、
そもそも保存する間もなく、たいていは消費
されてしまう。
そこで各料理店や食堂から、保存は効かなくても
良いので、誰でも作る事の出来る甘味は無いか?
と頼まれたのだ。
幸い、果物やシュガーは揃っているので……
フルーツジャムを提案してみたのである。
まず果物と砂糖を水に入れて1時間ほど放置。
砂糖の量は果物に対して半分ほど。
それで沸騰させた後、弱火にして10分ほど
煮込み続け……
果物の色が変色してきたら、さらに砂糖を
また果物の1/4ほど入れる。
とろみが出てきたところで火を止め、その後
冷えるまで放置。
最後にまた沸騰するまで煮詰めて表面に浮いてきた
アクを取り、後は冷えるのを待って完成だ。
この後、ビン詰めにして密封したり、ビンごと
熱湯につける事で殺菌され、保存期間も長く
なるのだが―――
今回は保存度外視でいいと言われているので、
この手順は外す。
そっちはもう少し余裕が出てきたらやってみよう。
「コレめっちゃ甘い!
イスティール……さんも、これ見たら
羨ましがると思うの」
そういえば確か……
氷精霊様は、イスティールさんにくっついて
行ったんだっけ。
「ああ、彼女は元気でしたか?
気合い入れて料理を覚えていきましたが」
「うん! あっちでも好評だったよー。
イスティールさんの仲間も美味しいって
言ってた」
故郷でみんなに振る舞ったのか。
だからあれだけ頑張っていたんだなあ。
「イスティールさん……?」
そこで土精霊様が何やら考え込む。
「ん? 知り合いですか?」
「知り合いといいますか……
え、ええと―――
それでどんな感じでした?」
別に他の精霊が知っていてもおかしくは
無いだろうけど……
慌てるように少年は彼女に聞き返す。
「あー、みんな元気だったよー。
それでね、また一人この公都に来てるんだ。
一度料理とか見てみたいって」
それを聞いて土精霊様の顔色が変わる。
何だろう、苦手な人でもいるのだろうか。
……ちょっと待て今何て?
「えーと、イスティールさんと同じ故郷の人が、
今この公都に来ているんですか?」
「そうだよ。わらわと一緒に来たんだから」
それは真っ先に言うべき事なんじゃないかなあ、
と思う私に―――
土精霊様は『こういう子ですから……』と、
諦めの視線を送ってくる。
「それで……その方は今どこに?」
「冒険者ギルドにあいさつに行くって言ってた。
そういえば遅いなー」
多分何かトラブルを起こしているか……
身元不明という事で時間がかかって
いるんだろうなあ。
ちょうど、チエゴ国の侯爵様がやらかしてくれた
直後だし。
「じゃあ、迎えに行こうか。
氷精霊様も一緒に」
「はーい」
「よ、よろしくお願いしますすいません」
元気良く答える少女と、申し訳なさそうに
頭を下げる少年。
私は取り敢えず下手人を連れ―――
ギルド支部へ行く事にした。
「いたっ!!
お前どこで何やってたんだよ!?」
目的地に着くとすぐさま応接室へ案内され……
部屋に入ると座っていた男が迫ってきた。
茶色の短髪で、身長は私より少し高いくらい―――
細マッチョという感じの、20代そこそこの
青年が、怒りとも呆れともつかない声をあげる。
「えー?
何で怒ってるの、ノイクリフ?」
「お前が一緒に冒険者ギルドにあいさつに行くと
言いながら―――
そのまま消えちまったからだあぁああ!!
おかげで今まで、ここで足止めくらって
いたんだぞ!!」
そこには、やや疲れ気味の顔をした
ジャンさんもおり、
「あー、ちょうど確認は終わった。
イスティールの知り合いというのも本当だし、
害意も無い。
最近ゴタゴタしていたから用心深くなって
いたんだ、まぁカンベンしてくれ」
『真偽判断』持ちのギルド長がいれば、
危険の有無はわかるのだが……
彼が来るまでは保留していたのだろう。
「ごめんねー。
いい匂いがしたもんだから、ついそっちへ」
悪意なく答える氷精霊様に―――
彼は怒る気力も失せたのか、ため息をついて
うなだれる。
「その、何て言いますか……
お疲れ様です」
「いやまあ、あんたが謝る事じゃ……
ってもしや、シン殿かい?」
「え? 何で私の名前を?」
どこかで会った事ありましたか、と聞き返そうと
すると、彼は続けて
「ああ、イスティールから聞いていたんだ。
恐ろしく強い『抵抗魔法』の使い手で、
それでいて新しい料理や新技術の発案者―――
その上、腰も低い……
じゃなく礼儀正しい冒険者がいるって」
腰が低いのは仕方がない。
こちとら、向こうの世界ではただの一般労働者
だったんですよ。
「そういや、イスティールはこっちで
模擬戦をやったが……
お前さんも武者修行したいってクチかい?」
ギルド長が目ざとく反応すると、
「それもイスティールから聞いているし、
興味が無いわけじゃないんだけど。
俺は一対一の戦闘向きじゃないんだよ。
どちらかというと、複数を一人で相手に
するような―――
そんな戦い方に特化しているんだ」
「と言いますと……
広範囲の攻撃魔法とかですか?」
確かにそれなら、大勢を相手する戦いに適して
いるだろうが―――
そう聞くとノイクリフさんは考え込み、
「どう言えばいいのかな。
『反射』って知っているか?
それに近いんだ。
その強化版、とでも思ってもらえりゃいい。
あと身体強化もそこそこ使えるぜ」
反射魔法なら、オリガさんが使い手だった。
もっとも使わせる事なく、試合を終了させたけど。
(22話・はじめての てすと ふたりめ参照)
「フーム」
そこでジャンさんは両腕を組んで、
「人数はどれくらい相手出来るんだ?」
「そうさなあ、広けりゃ50人でも100人でも。
狭いところなら3・4人ってところか?」
何気なく彼が答えると、ギルド長が私の方へ
振り向き、
「おし、じゃあ―――
俺とシン、後1人くらい用意しよう。
それなら模擬戦を引き受けてもらえるか?」
「へー、いつ?」
あっさりと彼は承諾し、同時に私は展開に
ついていけず動揺する。
「3日後くらいでいいだろ。
それまではギルドの職員寮にでも泊まって
いってくれ」
そこで―――
透明のロングヘアーの少女が、ふわぁ~……と
大きくあくびをして、
「ねー話終わった?
わらわはもう、児童預り所行っていい?」
「誰のせいだと思ってんだあぁあああ!!」
ノイクリフさんの絶叫が応接室内に木霊し―――
一応、話はお開きとなった。
「……という事になってさ」
自宅の屋敷に戻った私は、夕食を家族と楽しみつつ
情報を共有していた。
黒髪の―――
ロングとセミロングの妻2人は食べながら、
「氷精霊が戻って来た事は知っておったが」
「ピュピュ」
「また対戦するんだ。
まー私とアルちゃんは前やったから別に
いいけど。
それでどんな人なの?」
彼女たちは前回……
イスティールさん・ジャンさん組とタッグ形式で
戦っている。
(91 はじめての ひきわけ参照)
その同郷の人との戦いという事で―――
興味を持ったようだ。
「しかし、3対1とはねー」
「ずいぶんと自信があるようじゃが……
イスティールといい、そこの者たちは
好戦的なのかのう?」
「ピュウ?」
彼女たちの問いに、私は軽く首を振って
「常識的な方には見えましたけどね。
どちらかというと、氷精霊様に振り回されて
いるような感じでしたし」
「まーアレ相手はね」
「それで3日後と言っておったが……
後一人、誰にするのじゃ?」
「ピュ?」
家族の質問がもう一人の対戦相手に移る。
「ああ、それは―――
ちょうど今、公都に来ている……」
そこで私は候補者の名前を挙げ、、
夜は更けていった。
「それでは皆様!
当ギルドの『模擬戦』を行います!
お相手は、あの『イスティール』さんと同郷の
ノイクリフさん!
3対1の変則戦を自ら申し出た猛者です!!」
そして当日―――
冒険者ギルド支部の訓練場、関係者だけが入れる
最上段の席で、レイド君が試合内容について
アナウンスしていた。
「そして、その対戦相手は……
当ギルドのギルド長にしてゴールドクラス、
ジャンドゥ!
そして当ギルド所属のシルバークラス、
シン!!」
ミリアさんの紹介で、ひと際大きな歓声が上がる。
そのまま彼女は続けて、
「そしてもう1人!
今回初参戦!
ラミア族の長! ニーフォウルさんです!!」
名指しされると同時に、彼は舞台となった
一段上の試合場へと上がる。
蛇である下半身の威容もさる事ながら―――
筋肉質である上半身の上に、戦士のような風貌の
顔が乗っている。
「ニーフォウルさん、こんなに背が高かった
でしたっけ?」
普段から身長180cmはありそうな人
だったけど、今は2メートルを超えていそうな。
「ああ、これは戦闘向けのものです。
狩りの時も、高所の目線を取れるというのは
有利ですので」
どうも、下半身である蛇の部分を普段より
伸ばして、高くしているらしい。
思わずその顔を見上げてしまう。
短いが濃い青色をした髪は、娘であるエイミさんと
対照的なイメージを思わせる。
多分エイミさんは母親似なんだろうな、と思って
いると、
「あなたー、頑張ってー!!」
「お父さん、カッコいいー!!」
彼の妻と娘から、黄色い声援が送られる。
ブラウンのややショートが母エイミさんで、
ロングの髪が娘エイミさんだ。
その横で―――
ロマンスグレーの短髪と灰色の長髪をした
老夫婦が、孫のように10才くらいのグリーンの
髪をした少年を中心に置いて観戦していた。
旧ロッテン伯爵夫妻とアーロン君だ。
こちらに気付くと微笑んで手を振る。
「今回は3対1、かつ無手での試合となります!
それでは両者構えて―――」
「……開始っ!!」
レイド夫妻の合図で観客席が一層沸き上がる。
というか本当に娯楽に飢えていたんだなあ。
その一方で熱気に飲まれている一団もいた。
チエゴ国からの留学組だ。
赤茶の髪とシッポを持った狐耳の少年や、
パープルの長いウェービーヘアーの少女の姿も
見える。
初めて見るからか、緊張気味のようだ。
私から彼らに手を振ると反応して、
「あっ、シ、シンさん!
頑張ってください!」
「魔力がほとんど無いという話でしたけど、
戦えるんでしょうか……」
心配そうにするアンナ伯爵令嬢に、イリス君が
答える。
「でも、ティーダ君のお父さんを模擬戦で
下したり―――
マウンテン・ベアーを一撃で倒すほどの
人と聞いているから」
そこで他の地元の子供たちが入ってきて、
「ヘンだけど強いよー、シンおじさん」
「ウン。結構戦えるんだよ。
ヘンだけど」
やめなさいお子様ども。
留学組が『こんな時どんな顔をしたらいいか
わからないの』状態になっているから。
「シンー、ケガしないようにねー」
「ほどほどにするのじゃぞー」
「ピュ!」
メル、アルテリーゼ、ラッチの―――
家族からの声援を受けて何とか持ち直す。
「じゃあ、俺から行かせてもらうか」
そこで不意に、ギルド長が一歩前へ出たかと
思うと……
「おっ?」
一瞬で対戦相手の目前まで距離を詰め、
「ふんっ!!」
右ストレートをノイクリフさんに叩き込む!
しかし、次の瞬間―――
「うおっ!?」
と、ジャンさんの体が上へと吹き飛ばされた。
そのまま彼は体を丸め、後方宙返りのように
回転すると、こちら側へ着地する。
吹き飛ばされた地点には、ノイクリフさんが
片手の手の平をこちらへ向けて立っていた。
「ほ~う。
右の突きは見せかけ―――
左の突き上げが本命だったのかい。
なかなかやるね。
イスティールから聞いていた通り……
いやそれ以上だよ」
思わず、ギルド長の元へニーフォウルさんと
一緒に駆け寄る。
「ジャンさん!」
「ジャンドゥ殿!」
彼は姿勢を立て直すと、
「反射魔法―――
なんてもんじゃねぇぞアレ。
まるで倍返しだ。
しかも常時発動か……!?」
以前、オリガさんとの戦いの時は―――
15分もしない内に決着はついたが……
その言葉にラミア族の長と一緒に、彼の方へ
視線を向ける。
「あーあー。
別に常時発動ってわけじゃねーぞ?
ただ俺の場合……
半日程度は集中して使えるってだけだ」
それはもう常時発動と変わらないのでは。
私はニーフォウルさんと顔を見合わせる。
一方、上空では―――
精霊コンビが試合を見下ろしていた。
「『対鏡』のノイクリフ……
相変わらずエグい魔力と精神力だねー」
「やっぱり魔族の人でしたか。
それなら、この勝負意味が無いのでは」
土精霊の言葉に、チッチッと氷精霊は
人差し指を振り子のように動かし、
「それがそうでも無いんだよねー。
まあ見ているの」
地上では、ラミア族の長が構え、
「では、発動させずにおけば―――
攻撃手段はあるという事だな?」
「それはどういう……」
と、私が聞き返すよりも先に、彼の姿は
空へと舞い上がった。
正確には、彼が立っている部分がせり上がり、
天井近くに達したのだ。
「土魔法か。
これでいったい―――」
ジャンさんが見上げながらつぶやくと同時に、
ニーフォウルさんが飛び降りる。
いや、これも正確ではない。
飛び降りるかのように、彼は天井近くにまで
達した足場を―――
ほとんど垂直に『滑って』きたのだ。
「んん?」
さすがにノイクリフさんも目を丸くする。
ラミア族は土魔法と水魔法が得意と聞いているが、
ほぼ垂直の壁を、水魔法でコーティングして
滑りやすくし―――
そのまま速度を上げる。
そして着地したと思ったら、ベクトルを平行に変え
対戦相手へ猛スピードで突っ込んでいった。
「うぉう!」
ノイクリフさんの顔から余裕が消え―――
避けようと姿勢を整える。
ブン! とニーフォウルさんの尾が空を横切り、
その上で対戦者が宙をさ迷う。
「あっぶねえ!」
と、そこへ―――
今度は縦回転するように、巨大な蛇の尾が
ノイクリフさんを捉え―――
「……のヤロっ!!」
「うおぉっ!?」
彼が手の平をニーフォウルさんに向けると、
それが発動条件になっているのか、ラミア族の
長の巨体が吹き飛ばされた。
「お父さんっ!?」
「あなたっ!!」
娘と妻の心配そうな声が会場内に響き―――
空中で彼はクルッと姿勢を変えて、シッポ部分から
着地する。
安堵の声が聞こえる中……
私は急ぎ彼へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、ニーフォウルさん」
「ギルド長の見せかけも通用しない相手。
生半可な手では倒せないと思っていたが……
まさかこれほどとは」
会場席では、シンの妻2人が試合を見ながら
「ありゃー、何かキツいねアルちゃん。
この試合どう見ますか?」
「そうじゃのう、メルっち。
あの反射魔法も厄介じゃが―――
何より魔力に対する反応速度がエグい。
アレを崩すのは至難の業じゃろうなあ」
「ピュー」
解説のように語る彼女たちに、周囲も耳を
傾けていた。
試合場では、ノイクリフさんが手招きして、
「さてと……シン殿。
あんたは来ないのかい?」
ジャンさん、ニーフォウルさんと来て―――
順当に行けば自分だろう。
「仕方ないですねえ」
そこで私は、2人に耳打ちして相談する。
「ふむ、ふむ……
2人を乗せるのは構わないとして―――
もう一度アレをやるんですか?
速度も重さの分落ちますが」
「ま、やるだけやってみようぜ。
ダメだったらその時考えるって事で」
そこで私とギルド長は、ニーフォウルさんの
尾の部分に乗るようにして、
「んあ?」
と、対戦相手が間の抜けた声を出すのとほぼ
同時に、ラミア族の土魔法が発動する。
再び塔のように高い土壁が出来上がると、
「たた、高いですねえ」
「では行きますよ、2人とも!」
「おう! いつでもいいぜ!!」
そこでまたニーフォウルさんは、垂直の土壁を
ジェットコースターのように滑り―――
迫りくる攻撃に対しノイクリフは考えていた。
「(なるほどねえ。
後ろに回って、攻撃の機会を予測し辛く
したって事か。
ただねえ―――
俺だって魔族にその者ありと呼ばれた、
『対鏡』のノイクリフ……!
対集団戦に特化しているといわれる
その力は、見せかけじゃねえ。
もっと人数を多くして―――
四方八方から仕掛けてくるんだったな)」
集団相手に絶対的な自信を持つ彼は、真正面から
迎え撃つ事に決めた。
一方、ニーフォウル『組』にも動きがあり、
「ジャンさん、今です!」
「うおっしゃ!」
掛け声とともにまずジャンさんが上空へ
『離脱』し―――
私とラミア族の長はそのまま突っ込む。
上からの攻撃と地上突進……
これならどちらから対処していいか迷うはず。
しかし彼は何の躊躇も無く飛び上がり―――
まずジャンさんから『反射』させた。
「ぬうっ!!」
ギルド長は吹き飛ばされながらも、空中で姿勢を
立て直す。
そしてノイクリフさんが落下してくる先には、
私とニーフォウルさんがすでに迫っていたが、
「悪いが手数で押し切るのは悪手だぜ」
彼はこちらへ手の平を向ける。
そこで私は打ち合わせ通り、ラミア族から
『降りて』彼の前を走っていく。
今までニーフォウルさんの後ろに乗っていた、
その位置を逆転させたのだ。
今は私の後ろにニーフォウルさんがついてくる
形となり―――
「(……!
そういえばイスティールが言っていたな。
自分の魔法を完全に消し去ってしまうほどの
『抵抗魔法』の使い手だと……
面白ぇ!
どれほどの強力な魔力を持っているか
知らねぇが、やってもらおうじゃねーか!)」
彼は着地と同時に『反射』を発動させる
体勢を取った。
だがシンは、いきなりヘッドスライディングの
ように、頭から地上へ突っ込み―――
「(……?
いったい何を……
って『反射』が発動しない!?
な、何だ!?
何が起こっていやがる!?)」
ノイクリフが困惑する一方で、
シンの方は地面に突っ込みながら考えていた。
「(恐らく、魔力に反応する類のものですから、
魔力を全く持たない私は―――
存在そのものが『対象外』のはず。
まずジャンさんでけん制、私で発動出来ないと
動揺させ、そして……)」
そこで私は一呼吸置いて、
「(攻撃を反射させる魔法など、
・・・・・
あり得ない)」
小声でつぶやくと同時に―――
うつ伏せの私の上をニーフォウルさんが飛び越え、
「くっ!? く……!」
ノイクリフさんが片手を向けようとした時には、
すでに蛇の尾が彼の首に巻きついていた。
「マジかよお……参ったねえ」
彼の言葉を降参と受け取った、ラミア族の長が
片手を高々と挙げて―――
「勝負あり!!」
「この勝負―――
ジャンドゥ・シン・ニーフォウル組の
勝利です!!」
拡声器からレイド夫妻の、勝敗が決したという
宣言が入り―――
「やったわ、あなた!!」
「お父さん、スゴーい!!」
母エイミさんと娘エイミさんの、夫と父を
称える声を皮切りとして……
会場内は大歓声に包まれた。