「いったい今のは―――」
短い茶髪の、細マッチョといった風体の青年が、
今の試合について振り返る。
そこへ、白髪交じりの歴戦の戦士といった感じの
ギルド長が、
「打ち合わせ通りだったって事だ。
俺でまずけん制し、シンがお前さんの目を
引くような動きをして……
本命のニーフォウルが仕掛ける。
見事にハマってくれたってワケよ」
もちろん、私の『能力』について正直に話す
わけにはいかず、上手くごまかしてくれている。
当然、彼の能力も『元通り』にしておいた。
試合会場となった訓練場はまだざわついており、
帰り支度をしている客もいるが、ほとんどは
模擬戦後の余韻に浸っていた。
「シンおじさん、転んだだけ?」
「またヘンな事してたねー」
だから黙りなさいお子様ども。
あれは戦術だから! わざとだから!
「だがよぉ、シン殿のあれ……
俺は『反射魔法』を発動させたはず。
もしかして完全に無効化されちまったのか?」
ノイクリフさんが疑問の目をこちらに向ける。
「……あー、シンは多分何もしてねぇと思う。
だってアレ、『攻撃』だったか?」
「む、それは……」
ジャンさんの言葉に、思わず彼は視線を下げる。
さらに補足するように、一緒に戦ったラミア族の
長が、その紫に近い濃い青色の髪を手ぐしで
すきながら、
「私もあれには面食らったが……
予め仕掛けた水魔法で、地面が濡れている事を
利用して、うつ伏せで滑っていく―――
まあ、攻撃とは言い難かったのではないで
しょうか」
「常時発動でも無い限り、スキを見せりゃ
そこで終わる。
これも立派な戦術だぜ?」
カラカラとギルド長が笑い―――
つられてノイクリフさんも苦笑する。
「じゃあ、そもそも『抵抗魔法』を使って
無かったってのか……
それを警戒し固執した、俺自身が敗因を
作っちまったと」
彼はハー……と大きくため息をつく。
「じゃあ、応接室へ行きましょうか。
お腹も空きましたし、食事を用意して」
「シン殿」
と、私が模擬戦用の檀上から降りようとした時、
声をかけられ、
「今一度。
俺と戦ってくれねぇか?
今度はシン殿と一対一。
俺の『反射魔法』とあんたの『抵抗魔法』―――
どちらが強いのか試してみてぇ」
え……?
私が動揺して、ジャンさんとニーフォウルさんに
助けを求める視線を送ると、
「いいんじゃね?
今回、あっさり終わっちまったし」
ギルド長は何気なく了承し、
「まあ、私も……
興味深いところではありますが」
ラミア族の長も、特に反対する事なく―――
「え、ちょ」
待って、と私が口にするより早く、ジャンさんが
大きく片腕を上げ―――
最上段のギルド関係者席を指差し、
「レイド、ミリア!!
今から再戦だ!
シン対ノイクリフの一対一!!」
彼の大きな声は会場中に響き渡り、
観客席がざわつく。
「い、今ギルド長、何て言った?」
「まだ試合やるってのか?」
そして、レイド夫妻の声が拡声器から発され、
「え、ええと……
今回、もう一度模擬戦を行うッス!!」
「次は一対一!
冒険者ギルド所属、シルバークラス、シン対、
ノイクリフの再戦です!!」
その発表に、試合会場は静まり返り―――
ジャンさんとニーフォウルさんが降りて、
檀上が私とノイクリフさん、2人きりになる。
その途端―――
観客席から歓声が沸き起こった。
「おー?
シン、今回はもう一戦やるんだ」
「今度は一対一か。
まあ、先ほどの試合はちょっと
締まらなかったしのう」
「ピュ~」
黒髪の、セミロングとロングの妻2人は
特に問題視する事なく―――
「ン? まだやるのかな?」
「確かに双方―――
まだ体力はあるでしょうけど」
上空では、透き通るようなミドルショートの
髪をした少女と、グリーンの髪をした少年が
見下ろし……
氷精霊と―――
土精霊……
2人の精霊も、事の成り行き見守っていた。
「シンさん、今度は一対一でやるんだ。
予定には無かったけど……」
「でもこれで―――
『ナルガ家の牙』・ゲルトさんを倒したほどの
実力……
それをより詳しく見る事が出来ますわ……!」
赤茶の髪から狐耳を生やした少年と、パープルの
長いウェービーヘアーの少女が言葉を交わす。
留学組も事の展開に戸惑っていたが、そのまま
観戦する事を選択した。
「それでは、本日二度目―――
特別の再戦!!」
「両者構えて……
―――開始っ!!」
レイド夫妻の合図で、私とノイクリフさんは
身構える。
しかしどうしたものか。
そもそも彼の『反射魔法』は、文字通り
カウンターなのだ。
それも魔力に反応するもの。
だとしたら、魔力ゼロの私に反応するものは
何も無い。
それだけに、どう決着を付けたら良いものやら。
「何難しい面してんだ。
思いっきりやりゃあいいんだよ」
檀上から降りた下の方で、セコンドとして
ギルド長が声をかけてくる。
「お、思い切りって言いましても」
「大丈夫大丈夫。
お前さんの『抵抗魔法』は無敵なんだからよ」
ジャンさんは何か―――
うまくフォローする方法でもあるんだろうか。
ともかく、すでに試合は始まってしまった。
私はノイクリフさんと対峙する。
「(『反射魔法』はそもそも発動しない……
警戒すべきは、身体強化だけ。
それなら魔力だけ無効化させれば―――
でも彼は私の『抵抗魔法』と勝負をつけたいと
言っているんだし。
……ってアレ?)」
そこで私はある事に気付き―――
ギルド長の方へ目をやると、ニッと笑って
返してきた。
考えてみれば、『抵抗魔法』は別に
攻撃魔法では無し―――
それがどうやって『反射魔法』と優劣を
つけるのか?
つまり、前提が破綻している。
という事は―――
どのような形であれ、決着さえつけてしまえば
どうにでもなるのでは?
なるほど……
ようやくジャンさんの意を察した私は、
「おりょ?」
「歩いて行くのう。
それも無造作に」
「ピュウ?」
家族、そして他の観客の目の前で―――
私はノイクリフさんへと歩いて近付き始めた。
「!? 何の真似だ?」
対戦相手は片手の手の平をこちらへと向ける。
恐らくそれが、発動させるための手順というか
トリガーなのだろう。
そこで私は、彼と距離3メートルくらいのところで
小声でつぶやく。
対象は目の前の男性一人にして、
「(身体能力を上げる―――
魔力・魔法など
・・・・・
あり得ない)」
そして私は次の瞬間、歩きから走りに切り替え、
ダッシュで突き出されていた彼の片腕を取る。
「!?」
体は内へ回せ、武器は外へ回せ―――
基本に忠実にそのまま腕をねじると同時に、
彼は背中をこちらに見せる事になり……
私がしゃがむと、うつ伏せにならざるを得ず、
そのまま『捕獲』する姿勢になった。
「はい……?」
多分、初めて体験する体術だったのだろう。
自分の下で対戦相手は間の抜けた声を上げる。
「え? いや何これ、ホント」
ジタバタするノイクリフさんを抑えたまま、
私は最上段のレイド夫妻に視線を送ると、
「―――そ、それまで!!」
「勝負あり!!
勝者……シン!!
シンの勝利です!!」
何が起きたのか、観客席は静まり返っていたが、
「シンの勝ちだー!!」
「おおー!! やっぱり強ぇな!!」
結果を確認したかのように会場内が湧き起こり……
そこで私は手を離し、彼の体を引き起こす。
気付かれないように小声で、『元に戻す』のも
忘れずに。
「(この世界では―――
身体能力を上げる魔法・魔力は
・・・・・
当たり前だ)」
起き上がったノイクリフさんは、手を握ったり
閉じたりしていたが、
「参ったなー……
今の人間って―――
いや冒険者って、こんなに強いのかい」
観客席ではメルとアルテリーゼが、
実況のように解説し、
「ふむ。
『抵抗魔法』が―――
見事『反射魔法』に勝ったようですね、
アルちゃん」
「そうじゃのう、メルっち。
確かにあのノイクリフの魔法も強かったが、
それより強い魔力の魔法は、防げなかった
という事じゃ」
「ピュ、ピュウ~」
おおー、と周囲の人間が感嘆の声を漏らす。
「あのギルド長、そしてラミア族の人の攻撃を
いとも簡単に跳ね返した『反射魔法』を……」
「文字通り事も無くひねっていましたね。
なるほど……
これがあのナルガ辺境伯家と―――
互角以上に渡り合ったという実力ですか」
留学組も目をぱちくりさせながら、試合の
結果に対して驚きを隠せないでいた。
その後、応接室へ―――
ギルド長と私と家族、ノイクリフさん、
レイド夫妻、そして氷精霊様と土精霊様で
集まり……
試合後の軽食を兼ねて、交流する事になった。
「いやあ、再戦要求までして……
恥かいちまったぜムグムグ。
イスティールの言う通り―――
あんたの魔法は桁違いだ!」
試合後に用意してあったオジヤを食べながら、
対戦相手が私の健闘を称える。
しかし私はいったいあちらで、どんな評価に
なっているんだか。
「運とタイミングが良かっただけですよ。
それに、ああ来るとは思わなかったでしょう?」
彼は食器から頭を上げて、
「ああ、確かにな。
まるでどこかに散歩でも行くように歩いて
来やがるんだからよ。
ギルド長とあのラミア族に仕掛けたのを
見てなお、ああいう行動に出られるって
いうのは―――
クソ度胸にも程があるぜ」
「ま、何事も初めてっていうのは……
初心者ってこった。
しかしイスティールといい、お前さんの故郷には
そういう魔法の使い手が他にもいるのか?」
ジャンさんの問いにノイクリフさんが
視線を向けて、
「さすがにウジャウジャいるわけじゃねーけど、
他と比べると―――
珍しい魔法の使い手は多いかもな。
しかし、イスティールも様々な料理をここから
持ち帰ったけどよ。
まだまだ食った事の無いモンがあるなんて
驚きだぜ。
特にあの、ミソラーメンってヤツ?」
そこで一緒にオジヤを食べていたレイド夫妻が、
「ありゃー、イスティールさんが帰った後に
出来たものッスから」
「土精霊様の協力もあって、最近ようやく
量産出来るようになったんですよ」
彼女がいた時はそもそも、味噌の原料となる
大豆そのものが無かったし、それは仕方がない。
「精霊様が……か。
精霊様から見てどうだい?
この公都は」
一緒にオジヤを食べていた2人に話が
向けられると、
「面白いところだと思うの」
「何もかもが新鮮で―――
今まで、見た事の無い『光景』です」
それを聞いていたメルとアルテリーゼが、
「そうでしょうそうでしょう!
シンはいろいろな物を作ってくれるからねー」
「ドラゴンである我も―――
初めて見る物ばかりであったからのう」
「ピュー!」
ラッチも続けて鳴き声を上げる。
これはまあ、母親につられてのノリだろうけど。
「そういえばノイクリフさんは、これから
どうするんですか?」
「あと2・3日は滞在させてもらうつもりだが……
そうだ! あの味噌とかは?
買う事は出来るのか?」
味噌について聞き返され―――
思わず周囲が困ったような微笑に包まれる。
「購入する事も出来ますが、興味があれば
作り方や料理を覚えていった方がいいですよ」
「ああ、イスティールが言ってたな。
『ガッコウ』ってところで教えて
くれるんだっけ?
金ならあるから、よろしくお願いするぜ」
こうして、イスティールさんと同じく―――
彼の料理特訓が決まったのだった。
―――その夜。
イスティール同様、ノイクリフには―――
冒険者ギルド支部の職員寮の一室があてがわれて
いたが……
その部屋には、彼の他に12・3くらいの少女と、
10才前後の少年の姿があった。
「どうだった?
シンさんと戦った感想はー?」
氷精霊からストレートな質問を受けたノイクリフは
顔を上げて、
「あの強さは本物だ。
俺の『反射魔法』が発動すらしなかった。
いや、魔力すらかき消された気がしたぜ。
ラミア族とやらはともかくとして―――
あのギルド長といい、いつの間に人間は
こんなに強くなったんだか」
茶色の短髪を指先でつつくようにして、
率直な感想を語る。
「……ここに来たのは、調査のためですか?」
土精霊が問うと、ハー、と息を吐いて
「ここに攻め込もうとかそんなんじゃねえよ。
だいたい、調査ならイスティールのヤツが
一通り終わらせている。
俺は『再確認』ってところだ」
「再確認?」
氷精霊が聞き返すと、彼は腰かけていた
ベッドから立ち上がり、
「魔王様が―――
公都へ来たがっているんだ。
だから『確認』に来た。
戦力の『確認』―――
現状の『確認』……
安全性の『確認』にな」
その答えに、土精霊はホッと一息つき、
氷精霊は彼の頭上にフワッと浮き上がる。
「それでー?」
「正直、拍子抜けといったところだ。
ドラゴンやらワイバーンやら魔狼やら……
ラミア族、獣人族、ゴーレムに至るまで。
それが支配にも威圧にも頼らず共存して
いるんだぜ。
300年前の苦労は何だったんだ、
って気分よ」
やれやれ、という感じでノイクリフが両手を
広げると
「ここだけ、特別なのだと思います」
「まぁな。
イスティールだって、ここに来る途中で
盗賊どもに襲われたって言ってたし……
ただ―――」
土精霊の指摘に、彼は振り返って
「ただ……?」
「どちらにしろ、魔王様の理想に一番近い
場所だという事に変わりはない。
つまり―――
魔王様に来て頂くのに、何の問題も無い。
もちろん、それなりの護衛は付けるがね」
彼は部屋に備え付けられているテーブルの上に
手を伸ばすと、飲み物を用意して2人に差し出す。
少年と少女が、その透明な液体を口にすると、
「あ、コレ果実水ってヤツだね」
「ボクもこれ好きです。
サイダーよりこっちの方が……」
酸味のある果実を入れてほんの少し味付けし、
また塩やシュガーを入れて味を微調整したもの。
ノイクリフもそれを一気に喉に流し込み、
飲み終えたコップをテーブルの上に置くと、
「ここは『新世界』だ。
この飲み物一つ取っても―――
新しい発見に満ちている。
そりゃあ、魔王様に見て頂きたいさ」
嬉しそうに語るノイクリフに氷精霊が顔を近付け、
「でもさー。
今の魔王ってすっごく小さくなっているよね?
どんな設定で来るつもりなのー?」
「ああ、確か……
外見上はボクたちよりも幼くなってしまったと
聞きましたけど」
そこで彼はベッドへと戻って座り、
「そうなんだよなー。
俺も一通り調べられたし……
あのギルド長が来た途端、解放されたけど―――
多分『真偽判断』持ちなんだろうな、
ありゃ」
特に驚く様子も見せず、姉弟のような精霊2人は
彼の方を向き、
「そもそも魔族自体、ほとんど忘れられている
みたいだから、そのヘンは大丈夫だと思うの」
「『真偽判断』なら詳しいところまでは
調べられないでしょうから―――
昔から面倒を見ている……
くらいにしておいた方がいいんじゃないで
しょうか?」
彼らのアドバイスにノイクリフは耳を傾け、
「ま、そうだな。
見た目は完全に子供になっておられるし……
『両親がいない子供をみんなで面倒見ている』
って事にしておけばいいか。
おっし!
じゃあ明日から、料理を教えてもらうと
しますかねっと」
そのまま彼はベッドに全身を投げ出すと―――
精霊たちにおすすめの料理やお菓子を聞き始めた。
「……何だ、こりゃあ?」
翌日―――
ノイクリフは『ガッコウ』で、目の前の
『料理』について困惑していた。
色からして、ただのお味噌汁がお椀の中に
入っている。
しかし……
「この白いのは?」
「豆腐というものです。
味噌と同じ、大豆から作られているんですよ」
私は彼からの質問に指差しながら答える。
せっかく大豆が手に入ったので―――
醤油はともかくとして、いろいろと作ってみる
事にしたのだ。
もちろん、地球では豆腐作りなどやった事は
無かったが……
大学時代に受けた化学の授業もあって、
『にがり』については知識があった。
海水を煮詰めていくと、塩の結晶と水分に
別れていく。
煮詰め続ければ水分も蒸発して塩だけになるが、
その途中で塩の結晶と水分に別れた―――
その水分の方が『にがり』。
その『にがり』と、煮詰めた大豆の汁、
つまり豆乳から作られたのが豆腐という事は
知っていたので……
思考錯誤の末、ようやく完成したのである。
そして、味噌汁の中には他の具も混ざっており、
「……この茶色の柔らかいモンは?」
「油揚げです。豆腐を薄く切って油で
揚げたものですね」
「細くて白いモンも入っているが」
「もやしですね。大豆から出来ています」
もやしは、大豆を光に当てないようにして
発芽させれば、栽培出来るので―――
大豆の生産が軌道に乗るのと同時に試していた。
「なあ、ダイズっていうのは魔法植物なのか?」
ノイクリフさんの質問に、思わず吹き出しそうに
なる。まあこの世界、どの生き物も魔力を持って
いるらしいけど……
「確かに用途は広いですが―――
方法と手順さえ守れば、誰でも作れますよ」
「イスティールが持ち帰ったコメとやらは、
俺が出て来る頃、そろそろ収穫出来るって
話だったけどよ―――
この大豆も持ち帰れば、また忙しく
なりそうだぜ」
基本的に一ヶ月もあれば、たいていの作物は
収穫出来るからなあ。
元から水と食料はチート級に豊かな世界だった
けど、少し手を加えるだけであっという間に
普及しそうだ。
こうしてノイクリフさんは味噌とその他の
大豆加工食品を覚え……
3日後に公都を後にした。
「おおー、立派なお屋敷になりましたね」
「はは……お恥ずかしい。
ラミア族の皆さんの意見を取り入れまして、
氷室やら作業場やら作りましたら、こんな事に」
大きな、三階建てのお屋敷を前に―――
ロマンスグレーの紳士が苦笑する。
ノイクリフさんが公都から帰った翌日……
私は家族と一緒に、先代ロッテン伯爵様の
別荘へ来ていた。
完成間近という事で、そのお披露目に
呼ばれたのだ。
場所はラミア族の住処である湖から、
徒歩で10分ほど。
近くの村までは東へだいたい20分くらい。
当初は、村と湖の中間地点に作ろうという
話だったが、ある事情で湖寄りに作られていた。
「下の通路は間もなく開通します。
人間が通るには少し厳しいですが……」
ラミア族の長であるニーフォウルさんが、
申し訳なさそうに話す。
ちなみに奥さんと娘、アーロン君は水中洞窟の
方にいるとの事。
後であいさつに来るそうだ。
「大丈夫ですわ。
いざという時の通路ですもの」
灰色の長髪をした、先代伯爵の妻が微笑む。
実は、伯爵様の別荘を作るにあたり―――
水中のラミア族の住処とつなげてはどうか?
と提案したのだ。
元より、水中しか住処の洞窟に行く手段はなく、
それは安全性・防御を考えられて、あえて
そうしていたのだが、
前回のヒュドラの襲撃を受けて―――
(59話 はじめての らみあ参照)
水中以外に脱出経路を持つ必要性が、彼らの間で
議論されていたのである。
そこで、長の妻の祖父母である夫妻が、
湖の近くに別荘を建てるのを機に―――
そこと繋げる案が浮上。
つまりこの別荘は、ラミア族の非常用の避難経路
でもあるのだ。
「ラミア族しか通れないんだっけ?」
「いや、違う。
ただ途中、いくつか水中に潜らなければ
いけない作りになっているから、人間『だけ』
では難しくなっているって事」
メルの質問に私が答える。
この通路は私のアドバイスで―――
このように、水中を泳がなければ通れない通路を
途中いくつか設置してもらったのだ。
人間やラミア族以外の生き物は、脱出する時は
彼らに手を引いてもらって水中を進む事になる。
「じゃあ、早く中に入りましょう。
まだまだ外はお寒いでしょうから……」
「そうさせて頂くかのう」
「ピュー」
この屋敷の主の奥さんである、レティさんに
促され……
中へ入ろうとしたところ、その屋敷の中から
勢い良く、使用人と思われる人間の男性と、
ラミア族の女性が同時に飛び出してきた。
「だ、旦那様!」
「長! 大変です!」
使用人の人は知らないが、ラミア族の女性―――
彼女はタースィーさんだ。
その焦りの表情に、一同に緊張感が走る。
「どうしたのだ!?」
「何があったのだ?」
ディアス様とニーフォウルさんが身構える。
「そ、それが……!」
「とにかくこちらへ!」
案内するように2人はまた屋敷の中へと
戻って行き―――
私たちもそれを追いかけるようにして、
屋敷の中へと急いだ。
「何、コレ?」
「うにょうにょして、気持ち悪いのう」
「ピュウ~……」
たどり着いた先は、例の脱出用の地下通路で、
照明の魔導具で照らされた土の天井には―――
「植物の……根、ですかね?」
根というか蔓といか、太さにして直径3cm、
長さは数メートルくらいのそれが、何本も
うねっている。
「食人根と呼ばれるヤツか……
運が悪かったな」
ニーフォウルさんが片手で髪をかきながら、
困惑した顔で答える。
「以前、食人植物と戦った事がありますが……
やっぱり危険なんですか?」
私の問いにラミア族の長は、
「いや、ここまで大きくなったヤツはもう
自力移動は出来ないし、近付かなければ
どうという事は無い。
問題は、反射的に攻撃してくる事だけなのだが」
そこで彼は小石を拾い、根に向かって投げると、
「むっ!」
どうやって感知しているのか不明だが、
ムチのように打ち返してきた。
「ふむう。
切ってしまうというのは……」
同行した元伯爵様が、見上げながら孫娘の
夫にたずねるが、
「いえ、切る事は何とか出来ると思いますが、
あの根はまた生えてくるのです。
燃やすにしろここでは危険ですし……
通路を迂回させるしかないかと」
彼の話によると、こういう場合はもう
運が悪かったと諦める方が早いらしい。
地上は普通の大木として生えているだろうが、
そこを切り倒しても土中の根はそのままだし、
身軽になれば却って移動してしまう恐れも
あるのだとか。
「ええ……せっかく開通出来ましたのに」
ライトブラウンの長髪をしたラミア族の女性が、
ガックリと肩を落とす。
私は、『うーん』と考え込み、
「要はコレに、別の場所に移動してもらえば
いいんですよね?」
その提案に、ニーフォウルさんは振り向き、
「そ、そういう事ではありますが……
いくらドラゴン様がいらっしゃるとはいえ、
あの根を動かしたままというのは、簡単には
いかないかと」
「いや、まあ……
以前の食人植物にも、大人しくしてもらった
事がありますので」
その言葉に、彼と屋敷の主、ラミア族の女性は
きょとんとした反応を見せる。
(使用人とレティさんは待機してもらった)
「アルテリーゼに引っこ抜いてもらいますから、
その後を土魔法で修復してもらう―――
という事は出来ますか?」
タースィーさんは目を白黒させながら、
「えっと……
ここは地上からそう深くもないので、
手間はかからないかと」
それを聞くと私はそのまま、動き回る
根っこの方へと近付いた。
何か言いたそうにしている周囲は、メルと
アルテリーゼが『まぁまぁ』『任せておけばよい』
となだめ……
それを背後に、私は眼前の根を前にしてつぶやく。
「(このように巨大で、素早く動き回る
植物の根など―――
・・・・・
あり得ない)」
私の小声でのささやきが終わると、
「えっ?」
「おお……!」
あれほどビュンビュンと空を切るように
振り回されていた根は、ダランとただ天井から
ぶら下がるだけになり―――
「じゃあアルテリーゼ、地上からこれ引っこ抜いて
どこかへ埋め直してきて。
あ、タースィーさん。
アルテリーゼについて行って手伝って
もらえますか?」
「は、はい……?」
「ニーフォウルさんは、この木が
引き抜かれた後の天井の修復を」
「あ、ああ」
私はポカンとする家族以外の一同に、
今後の行動を次々とお願いした。
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