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九重×久住
⚠︎全年齢でも楽しめるように書いています。一応BLです。
鉄格子の向こう側で、久住は所在なげに白い指を遊ばせていた。
かつて多くの人間を翻弄したその男は、今や番号で呼ばれるだけの存在だ。しかし、面会室のアクリル板越しに目が合うたび、九重の背筋には正体不明の熱が走る。
「九重くん、また来たん? 暇やねえ、エリートさんは」
久住の口調は、取り調べの時と変わらず軽薄だ。だが、九重はその声を聞くたびに、自分の心の奥にある「正義」という名の守りが削り取られていくのを感じていた。
九重にとって、久住は「排除すべき悪」だったはずだ。
自分の手で手錠をかけ、法の下に引きずり出した。その瞬間の、久住の細い手首の感触が、今でも掌に残って離れない。
「……あなたの背景を、もっと正確に記録しておく必要があると思っただけです」
「嘘ばっかり。あんた、俺のことが気になってしゃあないんやろ?」
久住が身を乗り出し、アクリル板に額を寄せる。
九重は反射的に目を逸らそうとしたが、久住の瞳に宿る、底の見えない虚無に射すくめられた。
「可哀想に。正しい世界しか知らんから、俺みたいな泥濘(ぬかるみ)が珍しくてたまらんのやね」
久住の手がアクリル板をなぞる。まるで九重の頬に触れているかのような錯覚。
九重は、自分がこの男を救いたいのか、あるいは共に堕ちたいのか、自分でも分からなくなっていた。
「……黙ってください」
絞り出すような声でそう言うと、九重は衝動的に、アクリル板越しに久住の手がある場所へ自分の手を重ねた。
冷たい感触。伝わるはずのない体温を、必死に探してしまう。
「……僕は、あなたを許さない。でも、あなたが消えることも許さない」
その言葉に、久住は一瞬だけ、嘘を脱ぎ捨てたような顔で目を見開いた。
すぐにいつもの薄ら笑いに戻ったが、その唇は微かに震えているように見えた。
「……傲慢やなあ、九重くん。……好きやで、そういうの」
二人の間にあるのは、決して越えられない透明な壁。
それでも九重は、檻の中の「悪」に恋をした自分を、もう否定することができなかった。