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◆◇◆◇◆◇◆◇
美容室を出た美緒は、その足で駅前へ向かう。
何をやっているのだろうか。
慧とは、ほんの三ヶ月程度の恋人のはずだ。それなのに、自分ときたら初めてのデートに、こうして美容院まで行って髪を整えている。
「なにやってるんだろう。慧君なんて、放っておけば良いのに」
溜息をつきながら歩いていたが、ふと、美緒の足が止まった。
ショーウインドを見つめる。
何を見るわけではない。美緒は、ガラスに映る自分を見つめた。
笑ってる。
頭で考えている事とは真逆で、顔には笑みが浮かんでいた。作り笑いではない。自然な笑みだ。
姿勢を正し、自分を見つめる。
自画自賛、というワケでは無いが、やはり自分はイケテると思う。
クリーム色のロングのキャミワンピースに、シフォン生地のトップスを合わせている。髪型も、先ほど美容室で夜会巻きにしてもらった。履き慣れない、リボンのついた黒いローヒール。
少し大人びた服装。もしかすると、慧とは合わないかも知れない。
「少し、気合い入れ過ぎちゃったかな」
そう思ったが、慧がこの格好を見てどんな表情を浮かべるのか、想像するだけで笑みが零れてしまう。
驚くだろうか、それとも、頬を赤く染めるだろうか。何パターンか想像し、美緒は再び歩き出し。
心が躍る。こんな気持ちになるのは、いつ以来だろうか。
『いってらっしゃい』
不意に、背中に声が掛けられた。
全身に悪寒が走る。美緒は振り返る。
『楽しんでね』
『少女』は後ろを向いていた。そして、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。
「どうして……?」
こんな事はなかった。『少女』は決まって、人生の岐路で登場してきた。そして、事あるごとに美緒の行動を非難してきた。それが、今日に限って美緒の背中を押してくれる。
『少女』は答えない。美緒の呟きは、問いかけは聞こえているはずなのに。ただ、『少女』は足を止めると、顔半分だけ振り返った。見覚えのある横顔。その横顔は、年相応の笑顔が浮かんでいた。
『楽しんでね』
もう一度、『少女』は言うと、ふっと消えてしまった。
「あっ――」
『少女』の言葉に勇気づけられたのは初めてだ。
昨日、那由多に言われた言葉がずっと引っかかっていた。
――止めておけ。お前、良くないよ。破滅の音が聞こえる――
あの時の那由多の言葉。彼の言う「破滅」が気になったが、今の美緒にはどうすることも出来ない。現状を変えられる程、強い人間ではない。周りに流され、皆と同じ方向に歩むだけだ。
だけど、もしその方向が間違っているとしたら?
雑踏に混ざりながら、美緒は歩を進めた。慧との待ち合わせの場所まで、もう少しだ。
『流れ』は無数にある。
友人の流れ、家族の流れ、組織の流れ。
『流れ』は『繋がり』と言い換えても良いだろう。
人は、その一つ、ないしは複数に身を置いている。もしも、自分の置いている流れ、繋がりが誤っているのだとしたら?
もちろん、美緒が身を任せている流れが正しいとは思えない。世間で言えば、間違っているのだろう。圓治との援助交際、克巳達としている『罰ゲーム』のこと。そのどれもが誤った流れだ。
慧達のいる流れは、どうだろうか。彼等の流れは、美緒とは正反対だ。まっとうな生活に、家庭、友人関係、どれも美緒には無いものだ。
赤信号で美緒は足を止めた。
自分は、何をやっているのだろうか。
一体、どうしたいのだろうか。
美緒には目標や夢がない。
刹那的に、その場その場の感情で生きている。
それが悪いとは思えないが、しかし、このままでは、いずれおかしくなってしまう。すでに、歯車は軋み始めているのかも知れない。
何が原因なのだろう。
最近の美緒は、自分でも違うと分かる。
中間テストの前と後、美緒は違っている。
それは屹度、佐藤慧という存在が、美緒の人生に現れたから。彼の出現が、美緒の人生に意味を与えてくれたのかも知れない。
気が付くと、信号が青になっており、点滅を始めている。
慣れないヒールにバランスを崩しながらも、美緒は小走りに駆けた。
早く渡らなければ。美緒は、あちら側に行きたい。慧の待つ場所へ行きたいのだ。