あ、今家にある紙が無くなったら自殺しよう。ひぐらしがなく夏。俺は唐突に、しかしなんだか妙にすっきりとした気分で自分の最期を決めた。
今思えば紙があったってなくたって、ずっと自殺したい思いがあったから。
人より美人に生まれて、恵まれてるとか言うけど、俺は寂しかった。
俺は、俺の周りを取り巻いてちやほやしてくる人よりも、ただ隣にいて笑ってくれる人が欲しかったし、もっとした行動とか、俺の気持ちを見てほしかったし。
それが自殺したい理由かって言われたらちょっと違くて、人のせいにして死ぬってのもなんだし、感性が死んだ俺の人生になんの楽しみも無いからって答えになるんだけど。
まぁ、理由なんて何でもいいと思う。
最終目的は死ぬこと。それだけ。
それから、俺は自分の家にあった紙を、とにかく何かを書けるものを集めて机に広げた。
ノートは数冊だけだったけど、物心ついた時から今まで絵を描いてきた人生だから、ただの白紙はあった。
パッと見ても、200枚はゆうに超えているようにみえる。
別に多いわけでも無いけど、沢山あったって仕方ない。
しかも、一応紙資源として持ってきたカレンダーを見ると、俺の誕生日までは、後大体8ヶ月。
200枚なら、毎日1ページ消費して丁度、むしろちょっと少ないくらいかも。
でも俺はめんどくさがりだから、ちょっと少ないくらいで誕生日までに全部消費できる可能性が高い。
こう考えたら今の時間が無駄になるけど、誕生日までにって決める必要は、本気で自殺したい人にはないのかもしれない。でも俺は別にアホみたいに辛く無いし、大きいイベントって言ったら誕生日くらいだし、何も無い日だと怖くて死ねないでしょ。
だから、俺は今日から紙を消費してしまくって、誕生日までに死ぬ。
もし描くものに困って、途中でこの計画を投げ出して未遂に終わったら…。なんて心配はしないし、そんなことはない。未遂で終わるとしたら、それは気持ちの問題が100%だろう。
だって、描く素材だけは無限にあるんだから。
「ヨンボガ、もうちょっと左側向いて」
俺の恋人、イ・ヨンボグは、最強に筆を動かしたくなるような顔をしている。
大学の外庭を歩いていた時、ベンチに座っているのを見て、あまりにも妖精みたいだったから一目惚れした。
大きくてまん丸い目、頬に散らばるそばかす、尖った真っ赤な唇。
人間離れしすぎてて、2次元と3次元の間くらいを意識して描かないと、ヨンボグの恐ろしい程に整った顔は表現出来ない。だから逆にどんな瞳の色をしようが髪型をしようが、なんだって絵になるんだけどね。
「やー、今日も最高にかわいいね~」
もう何回言ったかも分からないのに、毎回ヨンボガは嬉しそうに頬を赤らめる。絵のモデルになってもらってるから表情はあまり動かして無いけど、嬉しいのが肌に伝わってくる。
付き合った頃から1mmも変わらない、天使のような性格。
優しくて、純粋無垢で、何事にも悪があるという前提が無い人。
故に、ヨンボガは今日も着々と俺の命が縮まっていることを知らない。ただ笑ってるだけ。それだけ。
でもそれでいい。知ったらこの子は、きっと全力で止めに来るから。
それからはほぼ毎日、俺は実物か写真フォルダの中にある大量のヨンボガを絵に描いた。
発色を変えて、髪型を変えて。
色んな試行錯誤をしている内に筆ならぬ線が手に馴染んできて、どこをどう描けばいいのかよくわかった。
描きすぎて、なんならもう妄想でもある程度のものは描けるくらい。
本人にはお前ばっかり描いてるなんて恥ずかしくて言えないから、昔描いた景色や花の絵の下にスッとしまってあるけど。
寒くなっても暖かくなっても、俺はヨンボガを描いて過ごした。
実物と作品の違うとこほど言えば、写真のヨンボガは太陽のように笑っているのに、俺の描くヨンボガは何故か泣いていることが多かったところ。
ヨンボガに対して加虐心なんてものは微塵もないけど、なんだか泣いてる方が俺の心との相性が良い気がしたから。
あー……..、寒い….。
毛布はすぐそこの机にあるし、すぐそこにスリッパはあるけど、時間が無い。
俺は誕生日の前日まで、ヨンボグを描き続けた。俺の机には今までを共に過ごした、たくさんの色のついた紙がつ積まれている。
作品が増える度に何度か見返したけど、本当にヨンボガ居なくてちょっと自分の執念に心がざわざわした。
でもそれも、今日でお終い。
3月20日。俺の誕生日になるまで、後34分。
太くて丈夫なロープを片手に、最期の1枚にヨンボグを描いていく。
しかし、いくら覚悟ができていたとしても自殺前になると平常心が保てないのは、人間である以上当たり前らしい。
髪、目、手、ここだっけ…?
ぐにゃんぐにゃんと視界が歪んでいるように見えて、描いていてもだんだんパーツの識別がしにくくなってきた。
動悸がすごくて、段々今どこを描いているかもわからない。
次第に涙も出てきて、何も見えなくなる。鼻呼吸が苦しくなって、酸欠で頭がガンガンする。
あー、俺の人生、200枚目の作品を描き上げることなく、199枚の紙を消費して死んでくのかな。
描き途中の作品がどんなのかさえわからずに死んじゃうのかな。
どうでもいい、どーでもいいけど、 まだ今月のガス代払ってないし、大学のレポートも出してないのに。
大きな溜息をついて、天井を見つめる。
でも手だけは止める訳にはいかなくて、止まらない涙なのかこぼした水なのか、もうよくわからない液体に筆を浸していると、予期せず甲高い機械音が耳に入った。
頭痛がしてよくわからないけど、多分インターホン。
自もちろん開けるつもりは無い。無かった。
けど、扉が勝手に開いた。
鍵は閉めてたし、画材塗れで狭いし、ピッキングしてまで入る価値の家じゃない。
だけどこんな事ができるのは、きっと唯一、俺の鍵の複製を持っている、あの子だけ。
「ハッピーバースデー!ヒョンジーン!」
いつものテンションをしたヨンボグは、その大きな声と共に玄関へ上がり込んだ。
彼はケーキでもクラッカーでもなく。
たくさんの紙を散らしながら、目元を赤くして俺の懐に飛び込んできた。
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