春の風が吹き抜ける朝。
並木道に咲いた桜の花びらが、舞い落ちてくるたびに、
今日という日が現実なのだと改めて感じさせられる。
大森元貴は、少しだけきつくネクタイを締め直した。
まだ新品のスーツに袖を通すのは、今日が初めてだ。
(……ついに、この日が来たんだ)
制服姿の自分が、卒業式の日に交わしたあの言葉——
「先生、俺、必ず……戻ってきますから」
その約束を胸に抱いたまま、彼は大学生活を駆け抜けた。
教育実習では何度も悩み、くじけそうになった。
けれど、あの時の若井の眼差しが、いつも前を向かせてくれた。
(俺は、先生のような教師になる。今度は、隣に立つために)
今日から始まる“教師としての新生活”。
元貴は深呼吸をして、勤務先となる高校の正門をくぐった。
初めて訪れるはずの校舎だった。
なのに、どこか懐かしい匂いがした。
まだ始業前で静かな廊下を歩きながら、
案内された職員室の場所を確認する。
(どんな先生たちがいるんだろう……俺、やっていけるかな)
不安と緊張がないわけではない。
けれど、夢だった「教師になる」という目標をついに手に入れたその誇りが、
足取りを力強いものにしていた。
その頃——
職員室の中では、すでに何人かの教員たちが新年度の準備に取りかかっていた。
その一人、若井滉斗は、自分のデスクに座って書類をめくっていたが、
ふと気配に気づいて顔を上げた。
廊下を歩いているひとりの若い男性。
見慣れないスーツ姿。少し緊張した面持ち。
(……あれ、新任の先生かな?)
そう思いながら何気なく視線を送ったそのときだった。
——心臓が、跳ねた。
後ろ姿。
肩幅、歩き方、髪の癖。
何よりも、その背中に漂う空気に、懐かしさを感じた。
「……大森?」
無意識に、その名前が口をついた。
すると、歩いていたその人物がピタリと足を止め、
驚いたように振り返った。
「……若井、先生……?」
目が合った瞬間、時間が止まったように感じた。
少し大人びた表情。
けれど、間違いなく、あの日の大森元貴だった。
「……ほんとに、お前……」
若井は立ち上がり、近づいてくる元貴を信じられないように見つめる。
「教師に、なったのか」
「はい……ちゃんと、なれました。……ここに、戻ってこれました」
その声には、どこか震えが混じっていた。
目尻には、滲むような涙の光。
若井は言葉を失いながらも、笑ってしまった。
「……まさか、こんな形で再会するなんてな」
「偶然じゃ……ないですよね」
「……いや、これはもう、運命だな」
2人はしばらく見つめ合い、そしてふっと笑い合った。
その時、元貴は声を詰まらせながら、
けれどしっかりと若井を見て言った。
「……ただいま、若井先生」
涙を堪えながらの、まっすぐな言葉。
若井もまた、深く頷いた。
「……おかえり、大森」
教師と生徒だった 2人の足音が、
同じテンポで廊下に響く。
交わした言葉より、
並んで歩くその背中が、
すべてを物語っていた。
END
——Epilogueへ続く。
コメント
6件
泣けてしまいました…! epilogueが気になります!|д゚)
なはぁぁぁ😭 終わっちゃった… 始まりも終わりも最高でした…!!!🥹✨ 続き気になっちゃう…👀
元貴おめでとう!この先も、もっと読みたいな…