「僕は実は違う世界からやってきたんだ。」
男女一組となり夜の番を初めて数分、焚き火で湯を沸かしながらリーダー格の男がぽつりぽつりと話し始めた。
「それはアレかな?転移物とかってやつ?」
「知っていたのか。ペイノウンなら僕の素性も初めから分かっていたのかい?」
転移物。世界が異形と人間で膠着状態になった際に神が放り込む異物。あらゆる世界、あらゆるモノが放り込まれる。この世界にとっての異物が投入されるために毎回世界が変わる特異点となる。新しい力、新しい知識、新しい価値観。国家以上に違うところから来ている異物が世界をまるごと掻き回す。
「いや…薄々考えてはいたけど確信はずっと持てなかった。確信が持てたのはった今。…あとペイで良いって言ってるでしょ。」
返事は返しながらもペイノウンと呼ばれた女は帳簿を書く手を止めない。
「そうか、バレバレだったのか。」
「テツって苗字を自称しててタタラって変な名前じゃ隠せるものも隠せないよ。」
タタラと呼ばれた男は目線を逸らし、質問を続ける。
「みんなは…打ち明けたとして僕を恨まないだろうか。」
帳簿から顔を上げ、ペイがタタラを向く。
「なぜ、そう思うの?」
「みんなが魔王討伐隊に血反吐を吐く思いで選ばれた。その思いは誰にも負けないはずだ。むしろ一番恨んでいるとすれば今回選ばれなかった者だろう。」
タタラは手元の火かき棒で焚き火を崩し、新たな木の枝を放り込む。
「そこに唐突に現れた才能と素質を保証された僕が掻っ攫った。僕ならそれは…耐えられない。」
ペイは帳簿を火に当ててインクを乾燥させる。
「みんなは知っても大して怒らないと思う。何か思っても同情か哀れみが先に立つと思う。」
インクの線をなぞり、乾き度合いを見る。少し早かったようでペイの手にうっすらとインクが指先についた。
「転移物は必ず世界が動く原因になる。過去で全く行動しなかった転移物は行きつけの酒屋で溢した話が術士に伝わって世界を動かしたらしいし。」
紙をパタパタと振り、もう一度線を指でなぞる。
「あなたがここまで来たのはあなたの行動の結果であって、努力が足りないとさっきの軍崩れの人みたいな末路をたどりながら世界規模の事故を起こしていたと思う。」
帳簿をペラペラとめくりながら内容をざっくりと見直す。
「むしろあなたが考えるべきは選ばれなかった上で実力不足な人のこと。水は低い方に流れる。そう言う人はあなたの素性を知るとどうなるかは…ね。」
ペイはようやく帳簿から目を離した。
「もしこの行軍が成功して、魔王を打ち倒せたとして…その後はあなたは…その…」
「何?」
言い淀むペイに体ごと向け、目をまっすぐ見て問い返すタタラ。
カラカラカラカラ…
数瞬の静寂の中、宝石が嵌め込まれた鈴の音が響く。問答は夜の番とともに有耶無耶なまま終わりを迎えた。
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