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「くっ、貴様…何をした?」
慌てて腕を振り、火を消した。ローブが少しだけ燃え落ちた。
警戒の色を強める魔王。そして困惑するパフィ。
「えっと……」(アリエッタの絵が発動したのよ? まさか興奮してるのよ?)
パフィのナイフには炎の模様が描かれている。その効果が発揮するのはアリエッタが触れている時、もしくは虹色になっている時だという事は、状況的に分かり始めている。そして虹色になる時は、怒るか喜ぶか、何かに感情が揺さぶられている時だという推測にもたどり着いている。
ただ間違いないのは、アリエッタの目が覚めているという事。
「よく分からないけど、通用するみたいなのよ」
「何その雑な結論」
パフィの近くに立っていたネフテリアが、ジト目になっている。
「む、貴様は先程吹き飛ばした筈ではなかったか?」
「さぁ……よく分からないけど、何か大事な事を見落としているような気がするのよね……」
「テリアも雑なのよ」
ネフテリアは今の短い戦いの中で、妙な違和感を感じていた。しかしまだそれが何なのか分かっていない。
「よく分からんが、抹殺する事には違いは無いな。謎は死んでから、ゆっくりと考えるがよい」
「!」
流石魔王というべきか、話している最中に魔法で矢の形をした炎を複数生成。タイミングと狙いを少しずつずらし、2人が避け難くなるように放った。
間を抜けるのは難しい。ならば外側に大きく逃げる方が確実と、退避した。
「まずはこっちだ」
「っ!?」
魔王が先に狙ったのはパフィ。何故か火を着けられたという危険性の事もあるが、何か情報を持っていそうなネフテリアは、運が良ければ殺す前に何かを知る事が出来るかもと、一応後回しにしたようだ。
炎の矢よりも速くパフィの元へと到達し、至近距離で掌に魔力を込める。
しかし魔法を放つ前に、何かに気付いた魔王は横を見た。
「チッ…邪魔を」
「いっけえええ!!」
横から黒いモノが急激に伸びてきて、魔王を退けた。ミューゼが伸ばした木である。しかし現地の木を使っているので、違う何かに見える。
「ほう……闇の使い手か」
(やっぱりラッチの同類なのよ?)
案の定、魔王が勘違いした。
偉そうな口調で闇だのなんだの言っているが、別にラッチのように何かをこじらせている訳ではない。生きていた時代がそういう雰囲気の世代だったというだけで、彼にとっては標準かつ常識内の口調なのだ。
伸びた黒い木に、魔王の炎の矢が当たり、小さな爆発を起こして燃え上がる。
「まだまだっ!」
その燃えた木を操作し、横薙ぎに振るって魔王へ攻撃した。
「ふんっ!」
対して魔王は魔力の衝撃波を放ち、木を弾く。
その様子を見ていたネフテリアが、眉をひそめて考えを巡らせていた。
(ミューゼとパフィは魔王と互角? それとも魔王が手を抜いている? いやでもちゃんと殺しにかかってきてるし。様子見かな?)
いくらミューゼの魔法が珍しいとはいえ、相手は実際に1人で国を滅ぼした程の実力者。巨大な炎を生み出したのも間違いなく見ている。しかしミューゼ達は実際に魔王の魔法を防ぎ、決定打にはならずとも攻撃を当てている。
今も目の前で、ミューゼの黒い蔓を魔王が避け、魔法で焼き切っている。魔法の見た目だけなら、ミューゼの方が魔王っぽい。
そこへパフィも加わった。ミューゼが光る実の成る木を出し、立体物が少し見やすくなった事で、足場を得たのだ。
伸びる前の蔓に飛び乗り、構えたまま魔王へと急接近。跳んで魔王の迎撃を躱し、背後に着地すると、魔王の注意がパフィへと向く。そこへ真上からミューゼの蔓が襲い掛かる。
「ちっ、やるな」
舌打ちしながら避け、そのままパフィへと接近する。しかしパフィには、真っ正面から衝突する気は毛頭無い。
「【フルスタ・ディ・リーゾ】!」
武器と一緒に持ち歩いていた餅米を瞬時に精製、餅を鞭のように伸ばした。
魔王は初めて見るそれを警戒し、大きく回避行動をとる。
牽制にも見えるパフィの行動だが、格上相手に単純な手は通じないことは、身を以て知っている。
「まだまだ! 【ジェラシーグリル】!!」
餅を操りながら、手に持ったナイフを餅に添えた。すると、餅に火が着き、燃え盛る鞭となって魔王へと向かう。
「なんだとっ!? がぁっ!!」
パフィの能力を知らない魔王に、焼き餅が直撃した。
「なんだそれは……異界の魔法か?」
「ラスィーテの能力なのよ。料理なのよ」
「料理…だと?」
魔王が信じられない物を見る目でパフィを見る。
そうなるのも無理はなく、1200年前は他リージョンとの交流が少なく、魔法のリージョンはその能力柄、魔法至上主義となるのが当たり前だった。特に軍事国家ともなれば、それが顕著になってくる。
そんな時代の人物が、本来攻撃性の全く無い日常行為である『料理』で物理的に攻撃されたとあっては、間違いなく混乱する。
「ふざけているのか?」
「私はいつだって真面目なのよ」
そう、パフィは至って大真面目。穀物を振り回して魔王と戦うのは、ラスィーテ人として常識内の出来事。そしてアリエッタの下着で暴走するのも、本人にとっては真剣に取り組むべき大事件であるからこそなのだ。
軍事国家を滅ぼす予定を控えていた魔王にとって、それは尋常ではない程ふざけた事に見えるであろう。価値観と常識の違いというものは残酷である。
そのせいで、魔王の表情がより険しくなった。
「ふざけた力をっ! やはり消さねばならぬな」
「まったく、過激なおっさんなのよ」
焼いてしまった餅は、単体ではもう完成してしまい、パフィの意思で動かす事は出来なくなる。少し焦げた匂いをまき散らす餅を手放し、カトラリーを構え直した。
そのタイミングで、魔王を中心に無数の魔力の弾丸が降り注ぐ。
「むっ?」
しかし雨のように降り注いだ魔法は、魔王には一切当たらない。
「何を……!?」
上を見上げた魔王の足下から、黒い棘が伸びた。一瞬早くその事に気付いた魔王は、横に跳んで身を躱す。棘にローブの端が引っかかり、少し破れた。
「……なるほどな。1人1人は未熟なようだが、油断ならんようだな」
距離を取った魔王が、感心したように呟いた。
「もうテリア様。ちゃんと当ててくれれば、当たってたかもしれないのに」
「……ごめんね。でも今のでようやく分かったわ」
杖を地面に突き立てているミューゼが、黒い木の上にいるネフテリアへと文句を言う。上からのネフテリアの魔力弾と、下からの木の棘による連携だったが、上手く足止めにならず、不満な様子。
しかし、ネフテリアは少し嬉しそうに微笑んでいる。
「何が可笑しい?」
「えっ……」
魔王に睨まれ、その眼力によってネフテリアの顔は強張り、足がすくんだ。
そしてそれは致命的な隙となった。
「【暴虐の爆炎】」
魔王がネフテリアに向かって拳程の大きさの炎の玉を撃ち出した。
それが何か分からないネフテリアは、木の上から後ろに大きく跳び、火の玉から距離を取る。しかし、
「死ね」
魔王のその一言と同時に、火の玉はネフテリアの方に向かって大爆発を起こし、ネフテリアの全身を包み込む。
炎に飲み込まれる瞬間、ネフテリアの口は笑みを浮かべていた。
「テリア!?」
「テリア様ぁっ!」
悲鳴をあげるミューゼとパフィ。しかし魔王はよそ見を許す程甘くはない。
「次は貴様等だ!」
両手を広げ、魔力の衝撃波を2人に放つ。
「っ!」
「あぁっ!?」
一瞬だけ耐えるも、防御に使った杖とナイフが弾き飛ばされた。その衝撃で、ミューゼは尻もちをつき、パフィは大きく体勢を崩す。
「今ので吹き飛ばぬとはな。しかしこれで終い──」
2人にとどめの魔法を放とうとした魔王の背後に、黒い人物が現れた。
「よくもネフテリア様をおおおお!!」
オスルェンシスだった。アリエッタを護りつつ、木の壁の端から様子を見ていたのだが、ネフテリアが炎に包まれる所を見てしまい、逆上して飛び出してきたのだ。
地面から現れると同時に、複数の影の鎌を造り、魔王へと繰り出す。
しかし全て空振りに終わった。
「フン……まとめて消えろ。【暴虐の爆炎陣】」
魔王は前方上空へと飛び上がっていた。そして両手に掲げた複数の火の玉を、下にいる3人へと放った。
「アリエッタ、逃げ──」
離れた場所にいるアリエッタに向けたミューゼの言葉は、拡がった爆炎と爆音に飲み込まれ、消えた。
「みゅーぜ? ぱひー?」
事態が飲みこめていない少女は爆風に耐える。フードがパサリと脱げた。
そして上空で拳を握る魔王を睨みつけた。
「貴様等の存在自体は気に食わんが、ここまで俺とやり合えたのだ。せめて俺なりの埋葬はしてやろう。【大地崩壊】」
1200年前に、魔法軍事国家を物理的に滅ぼした魔法の1つ。遠くに撃ち出す事の出来ない近接型魔法だが、大地に直接打ち込む事で、自分を中心に地面を隆起させ、町1つを瓦礫に変えてしまう程の大魔法。
空中で手に魔力を込めた魔王は、燃え盛る炎の近くへと急降下。山ごと崩壊させ、魔王と戦った者を強者であったという痕跡を残すという、本人なりの優しさ…そして破壊者としてのプライドだった。
魔力を纏う魔王の拳が、黒い大地に接触しようとしたその時、
ガンッ!
「ぐっ……はぁ!!」
真横から突然、巨大な青い塊がぶつかり、魔王の体を弾き飛ばした。
「なんっ……!?」
魔力を霧散させながら、なんとか空中で留まった魔王は、何事かと元いた場所を睨みつけた。
そこに、ぶつかった塊は既に無く、小さな少女が立っていた。瞳と髪を虹色に輝かせながら。
『よくも私の娘を吹き飛ばしてくれたわね! それにみゅーぜ達まで……! 絶対に許さないんだから!』
多世界を巻き込む最大最凶のトラブルメーカー、実りと彩の女神エルツァーレマイアが、ついに魔王の前に降臨した!