「小娘……今のは貴様がやったのか?」
「………………」
エルツァーレマイアは怒っていた。理由はもちろん、娘に危害を加えられた事、そして娘の幸せを奪った事。
爆煙を背にした魔王は、目の前の少女を観察する。不意をつかれたとはいえ、唐突に大きな物で殴られたのだが、その物体はどこにも無い。
「またしてもよく分からぬ力だというのか? やはりここは遥か未来……一体、世の中はどうなったというのだ」
臨戦態勢時は魔力で身を守っているその身を、易々と弾き飛ばしてくる魔法以外の力を使う少女達。
魔法至上主義の時代に生きた魔王の警戒心と不快感を高めるには、十分過ぎる存在である。
「……まぁいい。残る小娘を始末し、知らぬ世界を見に行くのもまた一興」
どうやら魔王の中で、興味が大きく膨れ上がったようだ。不敵な笑みを浮かべ、エルツァーレマイアを見下ろしている。
《みゅーぜ…ぱひー…てりあ……うえぇ…》
(待っててねアリエッタ。すぐに仇を取ってあげるから)
精神の中ではアリエッタが泣いていた。気絶してからすぐにエルツァーレマイアによって起こされていたが、なんだか危ないからと、既に交代していたのだ。しかし外の光景は見えるので、ミューゼ達が炎に飲まれる所も見てしまっていたのだった。
もはや語る意味は無いとばかりに、魔王が魔法を発射する。
「消えろ。【暴虐の──」
『【瞬速の黄】』
バシュッ
「ぐっ!?」
魔王が撃ち出そうとした魔法に何かが当たり、弾けて散った。
「何だ!?」
周囲を見渡すも、何も無い。
『ボッコボコにしてあげる!』
エルツァーレマイアが両手を広げると、その周囲に黄色い玉が無数に出現した。
それが何かは分からないが、嫌な予感がした魔王は、咄嗟に魔法で障壁を張る。
そして黄色い玉のいくつかが、その場から消えた。
「消っ──がぁっ!?」
喋ろうとした瞬間、大きな衝撃に襲われ、空中で体勢を崩した。その時魔王は一瞬だけ見えた。先程少女の周りにあった黄色い玉が、跳ね返るように離れ、虚空に消えていくのを。
「まさかっ!」
ハッとした魔王は、慌てて体勢を整え、全力で防御を固めた。当時の戦闘経験からか、判断が早い。
ガガガガガガッ
「なんっ…だっ……」
防御は間に合ったが、かなり強い衝撃が、絶え間なく続く。
エルツァーレマイアの周囲の黄色の玉が無くなっていく傍から、新しい玉が生み出されていく。それを行っている本人は、ただ立って魔王を睨んでいるだけ。
《ぐすっ、ぐすっ……》(なんか巨大なガトリング砲みたい……)
(なんだあの小娘はっ! これほど重い攻撃を絶え間なく続けるだと!? これが異界の力だとでもいうのか!)
魔王が防戦一方である。むしろ戦いにもなっていない。
しかし魔法の事がよく分からず、状況が上手く把握できないエルツァーレマイアは、割と容赦ない思考へと走っていく。
(うーん。やっぱ黄色だけじゃ軽くてダメねぇ。一番速い色だけど、質量がほぼ皆無だから、防がれると弱いわぁ)
エルツァーレマイアの彩の力は、色にそれぞれ意味がある。その中でも黄色は速さを司る色で、空気よりも軽く、やろうと思えば光よりも速く動かせる色なのだ。
今は黄色の玉に、ほんの少しだけ重さをつけているが、鳥の羽以下の質量となっている。だが、いくら軽くても目視出来ない程の速度でぶつければ、その衝撃は凄まじいものとなる。さらに玉1つの大きさは人の頭程度。大砲の玉を秒間数発単位で連射しているようなものである。
(重さの青を混ぜようかしら。いいよね。別に手加減したいわけじゃないし。貫いちゃえ貫いちゃえ)
軽い気持ちで、魔王の最期が決まってしまった。
黄色の玉を連射しながら、手元には先端を青くした黄色の円錐が生み出される。青は重さを司る色で、指先程の青色の部分に、今は山1つ分の重さを込めている。それを黄色と合わせて音速級で飛ばすつもりなのだ。もう魔法の障壁ごと貫通する気満々である。
魔王が頑張って防がなければ、魔王の向こうにある山すらも貫通し、その飛行物体の衝撃波だけで、向こう側に滅びをもたらす可能性だってあり得る。シャダルデルクの一部の命運は、魔王の防御魔法に委ねられようとしていた。
『よーし、いくわよー』
何も考えてないトラブルメーカーは、黄色の連射を止めないまま、凶悪な円錐を構え、狙いを定めた。
メキメキメキッ
『ほへっ?』
撃とうとした瞬間、黒い木が地面から生え、魔王へと伸びていった。
驚いたエルツァーレマイアは、狙いを大きく外し、円錐を明後日の方向へと飛ばしてしまった。関係無い所でシャダルデルク特有の黒いソニックブームまで発生してしまっているが、放った本人は全く気にしていない。
そんな予定外の事は発生したが、黄色の玉の連射は止まらない。新しく生み出されなくなったが、無くなるまでは止まらないようだ。
当然魔王は動けない。前方に全力で防御を展開している魔王の下から木が伸びていき……魔王のお尻にブスリと刺さってしまった。。
「っのお゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
その時丁度、黄色の玉が撃ち尽くされ、魔王は無事生還したのだった。お尻以外。
(まさか)『みゅーぜ!?』
消えかかった煙の中から、焦げひとつ無いミューゼが飛び出した。アリエッタに向かって一直線である。
「アリエッター! ごめんね怖かったよねー! もう大丈夫だよー!」
「みゅっ! うえぇ~、あぁ~」
《みゅーぜ! みゅーじぇらぁ~~! うわああああん!》
抱き締められ、力いっぱい撫でまわされ、エルツァーレマイアから変な声が漏れていた。中ではアリエッタが嬉しさのあまり、大泣きしている。
「無事杖を見つけたようですね」
「はい。パフィは?」
地面から顔を出したオスルェンシスは、上を指差す。
上空には、ネフテリアと一緒に空中を飛びまわるパフィの姿が。
「まーだナイフが熱いのよぉっ!」
「そりゃあれだけ火で炙られたんだもん! 持てるように冷ましたんだから誉めてっ」
2人で騒ぎながら、ナイフで魔王に斬りかかった。
「ほがあっ!?」
騒々しい不意打ちに驚き、魔王が変な悲鳴を発した。お尻を貫かれたままなんとか身をよじって躱し、その反動でまた悲鳴をあげる。魔王とあろうものが涙目である。
しかし躱しきれずに、片足に傷を負った。しかも今のパフィのナイフの影響で、切り傷が焼かれてしまう。
流石に魔王も集中力を無くし、浮かぶ魔法も途切れ、落下してしまった。しかし運よく木の途中で引っかかり、一命を取り止める。
「アリエッター! 大丈夫なのよー?」
《ばびいぃぃぃぃ! よがったよおおおお!! びえええええ!》
「ちょっパフィ急ぎすぎ! 高いから危ないって!」
「うぶっ!」
精神からの泣き声を聞いているエルツァーレマイアは、降りてきたパフィによって、柔らかいものに埋めこまれてしまった。しかも思いっきり締められ、魔王と対峙した時よりもずっと命の危機に陥っている。
ギリギリのところでネフテリアに救われ、そのまま再び可愛がられるのだった。
(私はアリエッタじゃないんだけどなぁ……泣いてるから急に変わり辛いし)
エルツァーレマイアは、ここで初めてアリエッタの『泣き虫』に困らされたのだった。
「ところでネフテリア様。どうして自分達は無事だったのでしょう?」
「そうなのよ。全然熱くなかったのよ」
全員間違いなく爆炎に飲み込まれていた。特に空中にいたネフテリアは、近くに身を隠す場所も無かった筈である。
しかし、こうなる事が当然だと主張するように、ネフテリアは肩をすくめ、話し始める。
「それはよく考えたら、もう分かってた事だったのよね。わたくしも魔王が怖くて忘れてたし」
「分かってた?」
「理由は簡単。魔王が夢だからよ」
一瞬眉をひそめたが、3人はすぐにその理由の意味を思い出した。
『ああーーーーーっ!!』
「ね?」
「確かに、実家で聞いた話と一致します。これが干渉しないという事ですか……」
「うあああ……今まで真面目に戦ったのが恥ずかしい……」
「で、でも、アリエッタだけは危険なのよ」
夢と現実は物理的には干渉しない。触る事も壊す事も出来ない。ただしアリエッタと、アリエッタに触れた者、そしてアリエッタの絵が描いてある物は干渉する事が出来る。これが現在判明している夢に対する情報。
慣れない現象であるのと、魔王が怖いという理由で、全員今まで忘れていたのである。
さらにアリエッタの力が関わる攻撃以外は、お互い全て回避していたのも、気付かなかった原因でもある。
そのせいで、これまでのシリアスな戦闘行為は、ここにきて完全に無駄となってしまった。
「貴様等ああああ!!」
「あっ」
すっかりほのぼのとしていた一同に向けて、なんとか地面に降り立っていた魔王が激怒し、咆哮した。
「……ローブでよく見えないけど、プルプルしてるし内股よね、アレ」
「お尻を押さえてるのよ。穴でも空いたんじゃないのよ?」
「穴は最初から……いえ、なんでもないわ。痛そうね」
残念な事に、魔王の怒りはもう届かない。哀れみの眼差しを向けられ、一瞬で感情を爆発させた。
「うおおおああああああ!!」
「おっとぉ。わたくしとシスは別行動。ミューゼはアリエッタちゃんを絶対に守ってあげて。杖とナイフが無事なら絶対に勝てるから」
「了解なのよ」
ネフテリアがテキパキと指示を出し、1人でその場を離れた。オスルェンシスも同じく別方向に離れていく。
防御も一切干渉しないのであれば、魔王の魔法は防御魔法でも絶対に防げない。身体もすり抜けるので、ネフテリア達は魔王の攻撃で負傷する事は絶対に無い。
しかしアリエッタの近くにいると、生身で干渉してしまうアリエッタを巻き込む恐れがある。それならば別の場所から攻撃して、魔王の気を逸らす方が安全と考えたのだ。
今の所、魔王の攻撃を本当の意味で防ぐことが出来るのは、アリエッタの絵が描かれた杖を媒体とした魔法のみ。
「コロス……コロシテヤル!」
魔王が凄まじい形相で叫び、魔力の輝きを全身から解き放つ。精神的な威圧感はあるものの、干渉という恐れを無くしたミューゼ達にとっては、ただ光っているだけという結果になっている。
「よーし気合十分! どんな魔法でも絶対に防いでやるんだから!」
「それじゃあ私は……どうしたのよアリエッタ?」
なんだか静かに考え事をしていたエルツァーレマイアが、ポーチに手を突っ込んでいる。
(今の私はアリエッタ~♪ ここはアリエッタらしく行動しないとね~)
なんとアリエッタの筆を取り出した。
とりあえず戦っているという事は理解しているので、筆を使ってアリエッタっぽく何かするつもりのようだ。
「【縫い蔓】!」
ゴバァッ
そうこうしている内に、魔王の攻撃が始まっていた。しかしネフテリア達には一切効かず、ミューゼの蔓によって防がれる。
接触して爆発する魔法は、物理的な壁があれば簡単に接近を防ぐ事が出来る。加えて植物は成長再生する特性がある。爆発中も急速再生させる事で、爆炎の威力を完全に殺す事が可能となるのだ。
「【木の壁】……どうしたの?」
「ええと、アリエッタが……」
炎が描かれたナイフで魔王に簡単に攻撃できるパフィが、後ろから動いていない事に気付いたミューゼ。何かあったのかと振り返ると、そこには……
「えっ、なにそれ……」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!