コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第3章 覚悟を決めること
朝日が上った。
目が覚めた。今日も1日が始まる。
毎日は苦痛じゃなかった。月日が流れていくなかで、私とリアムは自然と付き合うかたちになった。
その日々はとても楽しい。楽しいけれど、時々不安になる時がある。それは部屋をでてきた理由を思い出すときだ。
私は…「殺すため」にここに来た。それを忘れてはいけないと思う。不安になるけど、動かなければ、そう思う。
それはある一日だった。いつものリアムの大声ではなく、静かで軽い鳥の鳴き声で目が覚めた。その日最初に思ったのは、リアムのことだった。
いつもより日差しが強い。
時計は8時を指していた。横でリアムが顔を布団で覆ってねている。リアムがまだ起きてない。そんなことははじめてだ。
それにしても、今日が午前中に予定のない日でよかった。
私は起き上がっておいてあったパンと山菜を調理した。いつもはリアムが毒キノコの毒をぬいて上手に調理してくれるが、私にはやり方は分かっていてもそれぼどの勇気がなかった。
山の食材を扱ったことがほとんどないのと、料理が苦手ということで出来上がる頃には9時だった。
「リアム?どうしたの?もう九時だよ!」
疲れているのかもと思い、少し躊躇しながらもリアムの体を揺すって起こす。
まだ完全に慣れていない生活のなかで、リアムがいないと生きていけるわけがなかった。
「ん…」
目覚めたリアムの顔色が、悪いような気がした。
「ごめん…、」
リアムは立って、洞窟の奥へ行く。
「え?どこ行くの?」
「…ちょっとやること、忘れてた。大丈夫すぐ戻るから。」
リアムはそのまま走っていってしまった。数分後、リアムは戻ってきた。
「ゾラ、ご飯食べたの?」
「ううん、作っておいたから食べよう。」
するとリアムは口元を軽く撫でて、いいや、ごめんね、と答えた。
「ちょっと出掛けてくる。」
おかしい、な。
私はそれを察知する。
リアムは一人で洞窟を出ようとした。
「まって!どうしたの?…私も一緒に行く!」
リアムの手をつかんだ。
「え…やだよ。」
私は、怯えた目をしているリアムを見て、少し焦った。
つかんだ手が震え、目は見開かれ、息も荒い。
怖がっている。
長い間寝ていたはずが、目の下のくまが目立つ。
「最近…一緒に出掛けてないでしょ?それに、なんだか心配で…」
そう、何があったのか心配で仕方がなかった。
重い空気が流れる。
私は、しっかりリアムを見つめ、一瞬も目を離さなかった。透き通った青白いの肌をしっかりつかむ私の手は、自然と力がこもって、赤くなっていた。
「っ…わ..、わかったよ。」
私たちは久しぶりに2人で散歩した。私はリアムの心配も忘れかけて、楽しんでいた。
歩いていて数分、急に隣にいたリアムが座り込んだ。
「え…!?」
リアムは苦しそうに手を地面に押し付ける。がさ、と掴まれた土と葉が音をたてる。ぇ…と私が口にするとほぼ同時にリアムの顔がさあっと青ざめていった。
葉がバリッと音を立て、リアムの手に握られる。リアムは苦しくて仕方がないように心臓に強く強く手を押し付ける。
「大丈夫!?体調悪かったの!?」
「はぁっ…ごめん、大丈夫だから…」
「大丈夫じゃない!帰ろ!」
「っ…うっ..」
リアムは嘔吐した。呼吸は荒く、ボロボロ泣いていた。目はどこか虚ろだった。
「…帰ろ、早く!」
「ごめんね…」
リアムは立ち上がろうとした。
「っ…!!!」
リアムは立ってすぐにしゃがみこんだ。どうやら腹痛もあるらしく、下ろした胸の手を腹の辺りを強く押さえていた。
「動けないかも…」
リアムは苦しそうに、そして申し訳なさそうに言った。
「とりあえずかげまで行こっか。」
私はひょいとリアムを持ち上げ、日陰に行く。
「お腹、痛いの?」
「…」
虚ろな瞳に、私の姿は映らなかったらしい。声もおそらくは届いていない。
「熱は、ない。しばらく休んでよう。」
リアムは目に涙を浮かべ、汗を大量に流していた。呼吸はずっと荒かった。
でも、かげで休んでいるとだんだん顔色が良くなっていった。
「リアム、調子は?」
「……少しよくなった。」
「動ける?」
「ん、…」
リアムはゆっくり立ち上がって、荒く息をしながら崖にもたれ掛かった。上下する肩を見ているのが辛い。
「ちょっと、待って。」
リアムがゆっくり呼吸を整える。苦しそうな顔。それがだんだん疲れている顔になっていく。
「っ…いける。」
リアムと私はそこから家まで、やっとのことで帰った。
洞窟に着くと安心したのか、さらに胃液を吐いた。
リアムはそのまま洞窟の奥に行き、閉じこもった。来ないで……と、弱々しい声で言われると、どうしても行けない。
小さな小さな泣き声が聞こえた。やはり疲れているのか、と、考える。
昨日の夜から、何かおかしいと思っていた。帰ったとたんに倒れかけていた。私が手をとって支えた。
その手は冷たく、小刻みに震えていた。
顔は本当に真っ青、真っ白と言っても良いほどだった。
「大丈夫?」と、そう聞いたとき、何も答えず私の肩にそっと顔を置いて泣いていた。
私は動くことができなかった。息さえもちゃんと出来ない。困惑で頭がいっぱいになる。
「ごめん、もう少しこのまま…。もう少ししたら、全て打ち明けるからさ…。」
全部、打ち明ける…か。私に自分の体を預けてくれているリアムに、嘘をついている自分が嫌いになっていく。
私は、人を殺す組織の一人なのです、と、そう言ってしまいたいのに、やはり言おうとすると喉がからからに乾いてしまう。
どうしても喉は震えてくれなかった。
私も一緒に泣いた。
こんな、こんなに重いものを背負って生きるなら、生まれてこなければよかったと思う。
リアムを抱き締め、久しぶりに大声で泣く。
リアムも、ついに声をあげて泣き出した。
泣き止んで、パッと見上げる空に、月が1つ。リアムと一緒に見上げ、柔らかく笑って、また涙を流した。しばらくともに泣いた。
リアムは数時間奥から出てこなかった。
嘔吐の音と泣き声だけが聞こえる。
ラジオを聴く。最近はdarknessの報道が多く、困ってしまう。そのうち居場所がばれそうだ。居場所がばれてしまえば、きっと私は終わりだ。息をする間に誰かに殺されてしまうだろう。
ラジオを聞く傍らずっと聴いていた苦しそうな声は、聴いているうちに止まった。
そして、代わりに小さな声が聞こえた。
「ゾ…ラ……」
声にならない声。私を呼び続ける、愛しい声。そんな声を聞いて、もう我慢ならなかった。私は、洞窟の奥についに進んでしまった。
ピチョン、ピチョンと水が落ちている。
そこに、リアムは無防備に寝ていた。リアムはまだ繰り返し私を呼んでいる。
いつも通りのはずの顔が、少し疲れて見える。大好きなリアムの寝顔なのに、なんだか悲しい。苦しそうに張りつめているような。
きっとこれは、ただの風邪なんかじゃない。リアムは心が疲れている。そんな声を聞く。
自分まで、どうしようもなく辛くて、やるせない。今すぐリアムを苦しみから解放してやりたい。
ただ見ているだけで、何も出来ない私が傍らにいても、迷惑、かな。
迷惑ならやめるべきだと思っている。でもそんなことは聞けなかった。
それでも、私が、傍に居たい…欲が溢れ出していることはよくわかっているのに、どうしても止まらない。止められない。
溢れて溢れて、いつ誰がつくったかも分からない堤防が音をたて崩れる。一人で居たいだろうリアムに、かまって欲しい、甘えて欲しいというのは迷惑だろう。
でもなぜか、すぐに入り口の方へ戻りたいのに、戻れない。
自然に涙が出てきていた。少し手で拭って、すぐに涙を止める。
私は、そっとその汗だくの首筋に唇を当て、ぐっと足に力をいれて立ち上がる。1歩ずつ、いつもの場所へ戻った。
私は何時間もただじっと座ってリアムをまった。ずっと、まっていた。眠くなったくらいの時に、現れた。
「っ…リアム…」
「ごめんね、一人でいたくて。」
気にしないで、そう言いたかったのに、本当は嫌だし、何より戻ってきたことに嬉しくて口からは何もでなかった。
「でも俺、これから…頑張るから!応援してね。」
きゅっと握っている拳は震えていた。
私はその震えを取り除こうと、リアムの手を両手で包む。
リアムはその手を額につけ、静かに泣いていた。
ありがとう、とそう呟いたリアムの声はかすれていた。
私も泣いた。ニコッと微笑み、肩に抱きつく。そしてリアムに言った。
「私は鍛練を終えると洞窟を出る。その時、大事な話をする。だから、聞いてね?」
リアムは、いいよ、と優しいはずの(尖ったように見えた)目で笑って私を暖かな手で抱きしめた。
その後、リアムは、何かを決意したような、尖った顔をしていた…、、なんていうことは、私が知るはずもなかった。
これで私はリアムのとなりに居られるのか。それは出来ない。どれだけ努力しても、結局はその人の人生で、誰も入ることは出来ない。
それでも、少しでもあなたの横で輝いていたい。
あなたに近づけるだけ近づいて、あなたのまわりを常に楽しいものにしていたい。誰かの幸せを、初めて心から願う。
次の日、リアムはいつも通りの時間に起きてご飯を作ってくれた。カエルやセミのくせに、美味しい料理だ。
リアムは何事もなかったかのようにいつも通り過ごしていた。よかった、と息をつく。
「ご飯、おいしい。」
「ふ、ありがとう。あ、そうだ、今日から少し外出時間長くなるけど、いい?」
「もちろん、いいよ。何するの?」
「ああ、町へ出るんだ。仕事の電話が入った。もしかしたら仕事につけるかもしれない。」
「よかったね!」
「うん、今から行くね、いってきます!」
「いってらっしゃい!」
人と付き合うことが、こんなにも苦しくて辛いものだとは知らなかった。人を想うことがこんなにも晴れ晴れとしたことだと言うことも知らなかった。
愛する人に嘘を吐かなくていいよう、私は、覚悟を決めなければならないのだ