テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「今日、ここにいる全員がいなくなります」
朝のホームルームで、担任の藤野先生はそう言った。
教室が一瞬静まり返り、すぐに笑いが起きた。
「先生それドッキリ?」「怖っ」「今日エイプリルフールじゃないけど?」
先生は笑わなかった。
黒板に白いチョークで、日付を書いた。
7月14日。
「覚えておいてください」
それだけ言って、ホームルームは終わった。
その日の3時間目。
隣の席の山崎がいなくなった。
最初に気づいたのは俺だった。
「……あれ?」
机も椅子もある。
でも、山崎がいない。
トイレかと思った。
けど、授業が終わっても戻ってこない。
俺が「山崎どこ行った?」と聞くと、前の席の佐伯が眉をひそめた。
「誰?」
一瞬、冗談かと思った。
「山崎だよ、隣の」
「隣、空席だけど」
心臓が変な音を立てた。
出席簿を見た。
山崎の名前はなかった。
集合写真を見た。
昨日まで確かに写っていたはずの場所が、不自然に空いている。
消しゴムで消したみたいに、背景だけが残っている。
その日の放課後。
クラスは33人から、32人になっていた。
でも、誰も減ったことを知らない。
次の日。
朝、教室に入ると空気が重かった。
一番後ろの席が、また空いている。
「なあ、ここ誰だったっけ」
誰も答えられない。
昼休み、また1人消えた。
トイレに行ったまま戻らない。
スマホの連絡先からも消える。
LINEの履歴も、写真も、存在ごと。
俺だけが覚えている。
いや__
本当に、覚えているのか?
黒板を見る。
昨日書かれた日付の横に、小さな文字が増えていた。
残り29人
誰が書いた?
先生は今日も笑わない。
「言いましたよね」
それだけ。
その日の夕方、俺は気づいた。
教室の後ろの掲示板。
クラス目標のポスター。
そこに、俺の名前がない。
「……え?」
出席簿を確認する。
俺の名前が、ない。
心臓が凍る。
「俺はいるだろ?」
前の席の佐伯に肩を掴む。
佐伯は驚いた顔で振り向く。
「誰……?」
その瞬間、頭の中にノイズが走った。
思い出せ。
山崎の顔。
他の消えたやつらの顔。
思い出せ。
忘れたら、終わる。
黒板を見る。
残り1人
教室にいるのは、俺だけだった。
机も椅子も整然と並び、33人分。
窓の外は静かで、グラウンドには誰もいない。
廊下にも、人の気配がない。
世界が、教室ごと削除されている。
そのとき、思い出した。
7月14日。
今日は、俺の転校日だった。
中学1年の夏。
いじめられて、俺はこのクラスから“いなくなった”。
誰も止めなかった。
誰も覚えていなかった。
俺は、いないことになった。
だから今日。
俺は、この教室を“覚え直し”に来た。
消された側の気持ちを、思い出させるために。
先生が、教室のドアの前に立っている。
「思い出しましたか?」
先生の顔が、ぼやける。
いや。
俺の視界が消えている。
黒板の文字が、最後に書き換わる。
0人
俺は、笑った。
「これで、全員いなくなったな」
次の瞬間、教室は空っぽになった。
誰の記憶にも残らない、ただの空間。
でも__。
7月14日。
新しく入学してきたクラスのホームルームで、担任が言う。
「今日、ここにいる全員がいなくなります」
今度は、誰が覚えているだろう。