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「叶わないと書いて叶です」
そう、叶わない。叶うではなく叶わないが由来の叶の名前
顔も名前もわからない母から産まれた孤児であった僕の名前。
「叶…か、」
珍しい名前なのか、口馴染みのない言葉なのかあまりピンときていない表情をしながら、繰り返し「カナエ」と唱えていた。
「そうです、私は叶といいます。」
吸血鬼は、僕の方を見た。
「なるほど、良い名だな」
思っていた言葉と違う言葉が返ってきた。今までに何度も名前を聞かれその度に、「叶」の名前の意味を同時に教えてきた。教える度に、哀れみの目を向けられたり、バツの悪そうな顔をされたり、同情をしてくる人が大抵だった。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
そんなことを言われるのは初めてで正直動揺を隠せずにいた。もしかしたら、意味をわかっていないのかもしれない。
そうだとしても、嬉しいことには変わりなかった。
「ラグーザ様のことはなんとお呼びしたらいいでしょうか」
「さっきも言っただろ、好きに呼んでくれてって」
そう言われても……。
服装からわかる通り魔族の中でも位の高そうな雰囲気を醸し出している。それなのに接し方は、ぞんざいであって、位の違いを見せつけない。不思議な吸血鬼だなと思った。
「そうですね……」
指を顎に当てながら考える。
「呼びやすい愛称の方がいいですよね」
などと、独り言を言いながらいくつかの案を思いついた。
吸血鬼は、にやにやしながらこちらを見ていた。
少し時間が経った後に
「葛葉なんてどうでしょうか?」
時間とともにずれた眼鏡を片手でかけ直しながら言った。
「おお!中々良い愛称だな。」
満足そうな顔をして僕が提案した愛称を受け入れた。
「ちなみに由来は____________」
そう言うと葛葉は照れくさそうに笑い顔を赤くして
「ありがとな」
と僕と目を合わせずに小さく礼を言った。
ーーー
それから僕の少し変わった日常が訪れた。
葛葉は、僕の思っていた、いや、思い込んでいた、人格とはまったく異なっていた。
人間よりも純粋な葛葉は、誰よりも僕のことを思いやってくれる最初の友となった。
仲良くなるのに時間はかからなかった、彼は今まで出会ったどの人種であれ、人間よりも優れていた。
吸血鬼である彼は、多彩な高い知能と身体能力を持ちを合わせていた。すなわち、彼は強かった。
「葛葉は、貴族なんですか?」
彼と話すことに、最初の頃こそは、抵抗や罪悪感が多少あったものの、数週間が経てば薄れていった。
「ああ、俺は悪魔の世界に住む貴族の吸血鬼だ。」
すっかり僕への警戒心が薄れた葛葉が僕の部屋にあるアンティーク調の椅子に深く腰掛け言った。
最初の頃は、何もかもが不思議で質問攻めの日々だった。葛葉は、不定期に僕の部屋に来ては、雑談をして帰って行った。来るのは決まって昼間の休憩時間か、魔物のでない望月の晩だった。
最初にした質問は
「葛葉は、どうしてこちら側の世界に来たのですか」
という、素朴な疑問だった。
葛葉はこう答えた
「王室から逃げ出した、巫を捕まえるためだ」
彼はあちら側の世界の罪人である巫を捕まえる任務を任されたのだという。元々、王室専属の巫であったらしい。その罪人は、人間を殺し、新鮮な血を集め、巫の力を利用して、おぞましい人間とも吸血鬼とも言えぬような、怪物を作り出し、人間のいるこちら側の世界にその怪物を放った。最近強力な魔物が増えているのはそのせいだと言った。
「葛葉がその任務を受けた動機はなんだったんですか」
葛葉は、ぱちぱちと居心地のいい音を鳴らす暖炉の火をじっと見つめていた。
僕はその葛葉の横顔を見ていた。
「俺は全ての吸血鬼の尊厳を傷つける罪人に」
罪を償わせるためだ____と言った。
その話を聞いて僕は気づいた。それは僕達、魔物狩りが狙っている魔物の元凶であった。
「ここだけの話、私も貴方たちの言う、巫を葬ろうとしています。」
「お前のような聖職者は、殺しなんかしてもいいのか」
確かにそう思うのは当然であり、それが正しい。
「確かに、神父のすることではありません。がそれとこれは別です。どっちにしろしていることは手段が違うだけで、困っている人々に手を差し伸べ助けているのですから。私は皆様が安心して暮らせるようにしたいのです。」
と都合のいい言い訳を並べて、善人を装い、貼り付けたような笑みを浮かべた。
「それがほんとに本心か?」
僕の心を見据えているかのような真紅の目で悪戯っぽく言った。きっと悪戯っぽく言ったのはわざとで暗い空気を作らないようにするためであろう。
少しの沈黙を置いた後、葛葉の見ている暖炉の火を見た。
「さぁ、どうなのでしょう。」
曖昧な返事を返した。
葛葉の言ったように、そんな善意からきた行いでは少なからずなかった。魔物狩りである人達の大体は僕が葛葉に言ったような理由だが、僕は違った。僕が魔物狩りをするのは、単なる名前のない醜い感情をぶつけるためだけだった。
誰にも話すことのできない。吐き出す場のない醜い感情。思い。記憶。それらが叶の腹の中で渦巻いていた_______
ーーーー
今日は、葛葉とチェスをしていた。これは僕の提案であった。昨日教会の物置を整理していたところ、前の神父が使ったであろうチェス台と駒が見つかった。
「葛葉」
そう呼ぶと彼は、こちらを向いた。
最近、彼はシャイな性格である事や照れ隠しにぶっきらぼうな言葉を使ったり、話す時に目を中々合わせてくれないことは、彼の性格からだとわかった。
「なんだ」
「葛葉って百合の花は平気なのですか?」
「ん、なんか問題あるのか?」
不思議そうな顔をした。葛葉は、なにかと顔に感情が出やすい。
「百合は、昔から魔除の花と言われているんです。だから、教会を囲むように白百合が植えられているし、魔物もそのおかげで教会に被害を与えない」
葛葉は納得したような表情を浮かべた。
「確かに、弱いやつは近づかない。何故かわかるか?」
「何故でしょう」
弱いものが近づかないという事は、強いものは近づいてこれるということ。裏を返せばそこに理由がある。強ものほど魔力が強烈になり、原型を留めているものが少ない。これは何か関係あるのか?
「俺の考えはこうだ。強いやつほど、魔力が多い。問題はその魔力が収まりきれる器かどうかだ、魔物は基本的に本能的に動くやつが多い」
葛葉がチェスの駒を話しながら進める。
「それは、何故か。魔力の量が収まりきれる器と比例せずに自我を保つのが難しいからだ。」
僕がチェスの駒を進める。
「それが百合の花に近づけない理由に関係があるのでしょうか」
葛葉が駒を持つ。
「だからこそなんだ。ルーズ・コントロールになりやすい少し強い魔物は冷静な判断が取れないため無謀に白い百合に飛び込む、そして反対に弱い魔物は弱いおかげで冷静な判断ができるため、近づかない、近づけないんだ。」
それが大体のここらにいる低級から中級の魔物だ。と言い駒を進めた。
「では、例外もいるんですね。」
「その通り」
葛葉が少し楽しそうに相槌を返した。
「その例外が、俺とかの上級魔物や巫なんだよ」
例の巫もそうなのか。
「それはどうしてですか」
「百合の花には、魔物に効くある力がある。さて、問題だ。少し強い程度の魔物は百合の花には敵わない、何故だと思う」
唐突に問題を出てきた。僕でもわかるようなものなのだろうか。それとも僕にも関係する?百合にある力。百合の成分。由来。
「聖母マリアの純潔の象徴」
「これに関係していたりしますか?」
古くからの言い伝えであること以外知りもしない百合の花畑の意味。
「及第点ってとこだな」
「正解を教えてください」
「正解か、まぁ、俺の憶測だと思ってくれていい。俺でもよくわからん。噂で聞いた話だ
白百合は、俺の生まれる前から厄介な低級魔物を近づかせないように、色々な場所で使われている。白百合は、聖母の純潔の象徴として使われていた、そのために、純潔でないものは何かしらの力によって強制的に消される。しかし、例外がいる、それが俺達上級。俺たちは、確かに魔物であり魔族しかし、人の形をしている人と同じような知能を持っている。なぜかは俺もわからんが、白百合は人の形を保てる上級魔物には効果がない。それは俺でもなぜかわらない。
だから俺は白百合に近づいても大丈夫なんだよ」
葛葉は喋り疲れたのか小さく溜息を吐いて、椅子の背もたれによりかかった。
「葛葉でも、よくわからないことなんですね」
ーーー
最後に駒を叶が進めた。
「ああ」
勝敗は葛葉の勝利。
「負けてしまいましたか」
「弱いねぇ〜」
わざとらしく煽ってくる。チェスなどのボードゲームで負けた事は今まで無かった。誰も僕に勝てる人は居なかった。しかし、葛葉は容易く駒を進めあっという間に、僕は負けてしまった。
「葛葉は、チェスが得意なんですか」
椅子にもたれかかったままの葛葉に問いかける
「ん、まぁな、なんせ何百年と生きているもので。」
「それはそうですね。」
暖炉の火の音が二人の沈黙をうめる。
「そういえば、葛葉って何歳なんですか」
思いついたように言う。
「わかんねぇ、百行った時から数えてない」
「じゃあ、百はいってるんですね。」
段々と日が沈んできた。もう少しで、夜が来てしまう。
「吸血鬼じゃ、若い方だぞ」
「葛葉って、あちら側ではなんて呼ばれてるのですか」
葛葉が少し顔を赤くした。自分の事を聞かれるのはあまり得意ではないらしい。そして、言い訳のようなことをごにょごにょと言った後に
「サ、サーシャ」
「サーシャ!素敵な呼び名ですね」
「親しい奴らしか呼ばない名だ」
そう言われて僕も葛葉のことをサーシャと呼びたいと思った。少しでも葛葉に親しい人物になりたかった。
「葛葉、私もサーシャと呼んでもいいでしょうか」
恐る恐る試しに聞いてみる。
葛葉は、数秒考えた後
「好きにしろ」
といって許しをくれた。
もう、窓の外は暗くなって日が沈んでいた。
「そろそろ、時間ですかね」
魔物が目を覚ます時間が迫ってきていた。
「ああ、そうだな」
にゃあ_____。
扉からロトが入ってきた。魔物狩りをする時間になると毎回ロトが僕を呼びにくる。
物心ついた時には、既にロトがそばにいた。 そう考えるとかなりの長寿の猫なのだろう。しかし、全く長寿と思わせるような素振りを見せない。歳をとっていなような、不思議な猫。
魔物狩りをはじめたのは、18歳の時。
その時から、いくら止めてもロトが魔物狩りに着いてくるようになった。毎回着いてきては、どこかに身を隠し、僕は倒し終わるとどこからか鳴き声が聞こえると共に僕の前に出てくる。
「ロト、少し待っていてください。銃の準備がまだできてないんです。」
にゃあ___
一声鳴いてロトがそこに座って毛繕いをはじめた。
その様子を見て、足早に自分の部屋を出て、地下室へ準備をするために向かった。
ーーー
「おい」
黒猫は、毛繕いを続ける。
「お前、普通のねこじゃないだろ」
黒猫は毛繕いをやめた。
【第一章】二 彼の目的
作者 黒猫
この物語は作者が考えたものであり、本人様と関係ありません。
コメント
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めっちゃ好きですめっちゃ好きですめっちゃ好きです