オールモブ(捏造社長)視点です。
イメージとしては『鬼ごっこ。』と同じくたぬき親父。
必要措置なので許してください。
そろそろだろうか、と腕時計に視線を落とす。もう少しで正午を回る。彼らの様子を見て午後からの予定も組みたいし、三十分以内には来てほしいところだ。
朝一番の若井の仕事の変更がどうしてもできなかったから、伝えるのはそれが終わった後、若井から大森に伝わって、今頃は藤澤の部屋に行き状況を確認して、大森の元に若井が戻った頃だろうと予測をつける。
あの二人はどのような様子で来るだろうか。そもそもここに来るだろうか。来なければ全てはそれまでで、タイムリミットは明日に日付が変わるまでだ。
流石に来ないとは思えないから、いくつか大森の現状の候補を頭の中で挙げ、怒り心頭で来てくれた方がマシだなと溜息を吐く。憔悴、または崩壊していたら立て直す方法を見つけるまでに相当な時間を要するだろう。打開策になりそうな手をいくつか思い浮かべるが、どれも全くの力不足だ。
天才肌故なのか、時として傲岸不遜のに見える一方で酷く繊細な一面を持つ大森のメンタルケアは、いつも藤澤の役目だった。明確に役割分担をしたわけではないだろうに、なるべくしてそうなった二人だった。
有り余る才能を持て余し、音楽という形で発露しなければ死んでしまう。大森元貴はそんな男だ。生き急ぐ彼の横に立つのが若井で、取り零した多くのものを拾い上げて包み込むのが藤澤だった。特に付き合うようになってからは、大森自身さえ気付いていなかった隙間や歪みを藤澤が埋め続けていた。本人に自覚があるかは分からないが、ぴったりと寄り添ってきた。
世界を俯瞰し、いっそ冷徹なまでに世の中を眺めるのに、それでいて子どものような純粋さで世界に希望を抱いている。一歩間違えば孤立してしまう彼の魂を救い、一人の人間たらしめたのが音楽で、命の息吹ともいえるそれを作り出すためには若井と藤澤の二人が不可欠だった。
「社長、大森さんと若井さんがいらっしゃいました」
来訪を伝えてくれたチーフマネージャーに、ここに呼んで、と伝える。
第一関門はクリアした。さぁ、どうやって切り出してくるだろうか。若井はともかくとして、読めないのが大森だ。頭のいい彼はこちらの出方を伺うだろう。その気力が戻っていれば、だけれど。
こんなことになるなんて、とやりきれない想いを深い呼吸に変えて吐き出す。
単純にMrs.というグループのマネジメントをするのが楽しかった。いくらでも夢を見させてくれた。夢を夢のままで、理想を理想で終わらせない、才能にあふれたグループ。彼らのマネジメントができることに感謝すら覚えている。彼らがどこまで進むのか、彼らの道をどこまで拓けるのか、それを試されていることさえ誇りに思っていた。
だけど、変わることがないと信じていた世界は突如として変貌し、終わるはずのない日常は突然に終わった。
なにが起こるかわからないのだから、何があっても仕方がないと諭すことが正解だろうか。やりきれなくても飲み込むしかないことは今までにもいくらでもあっただろう、と宥めることが最適だろうか。
でもそれは、藤澤の願いを蔑ろにすることになる。
自分が辞めてもMrs.を存続させてほしい――大森の音楽を世界に伝え続けてほしい、大森と若井がやりたいことをやれるようにずっと支えてほしい、大森と若井が笑っていられるようにしてほしい、二人にはしあわせであってほしい……。
自分のことを全て後回しにして、ただ二人のしあわせだけをこいねがった藤澤の想いどうにか応えてやりたかった。
どこまでもやさしいあの子の心をなんとしても護ってやりたかった。その願いや優しさを、全て打ち壊したのが藤澤だと、本人ばかりが無頓着なのはいただけないが。
あの子の目には随分と合理的な人間に映っていたようだけれど、人並みに、人並み以上に三人のことを大切に思っている。
とにもかくにも当事者たちがどうしたいのかを確かめるしかないと、静かに入室した二人に視線を向けた。
「……どこにいるのか、知っていますよね」
開口一番低い声で吐き出された大森の言葉に、演技ではなく素直に驚いて目を見開く。
思っていた以上に大森は立ち直っていた。自分の足でしっかりと入室した時点で多少の衝撃を覚えたが、正直なところ泣き喚くと思っていたし、無言で殴られる可能性も考えていたから拍子抜けと言えば拍子抜けだ。
それと同時に、藤澤がいかに大森のことを理解していたかを思い知る。きっと元貴は何の前振りもなく僕の居場所を訊くと思います、と穏やかに笑っていた彼の予想に寸分の狂いはない。傷つけちゃうけど……若井がいるから持ち直すはずですという言葉も、全くもってその通りだ。
視線をこちらに向ける大森に寄り添うように立つ若井も、こちらを射抜くように見つめてくる。幼馴染であり戦友の二人は、欠けてしまった最後のピースを取り戻さんという気概を滲ませていた。
「……知ってはいるよ。でも教えられない」
「なぜですか」
「藤澤の願いだからだ」
ぴく、と無表情の大森の眉がわずかに動いた。そのまま黙ってしまった大森に代わり、今度は若井が口を開く。
その姿に、きっと若井は真っ直ぐにぶつかってきますよ、と小さく笑う藤澤の表情が脳裏に浮かぶ。
「辞めた理由は?」
あぁ本当に、あの子ほどこの子たちを理解している人間はいないだろうね。
誰よりも、この世の中の誰よりも、この子たちのそばにいたかっただろうに。
「プライバシーに関することだ。口外はできない」
真っ直ぐにぶつかってくるなら、真っ直ぐに返すだけだ。
「俺たちのメンバーです。話くらいさせてください」
「藤澤がそれを望んでいない」
話をしたら決意なんて簡単に崩れちゃうから、ごめんなさい、全部お任せしていいですかと、困ったように泣くものだから、憎まれ役の片棒を担いでやるしかないじゃないか。
「……警察に捜索願を出します」
硬い声で告げた大森に視線を移す。脅しではなく本気で言っているのだろうことが伝わる眼差しに、こちらも真剣な目で見つめ返す。
「こちらが居場所を把握している以上、事件性がないと判断されるだろう。そうすれば警察は動かず、いたずらに世間を騒がせるだけだ」
誘拐の恐れもなければ、居場所だって把握している。イタズラと捉えられてもおかしくない。
それでも捜索願を出すなら止めはしない、と視線で伝えれば、それが悪手だと悟ったのか大森は小さく唇を噛んだ。けれどすぐに、
「すぐに発表をしなかったのはなぜですか」
こちらの期待したとおりの質問を投げ掛けた。
もしもそこに疑問を持たなかったら、藤澤の真意を知ろうと動かないんだったら、明日に日付が変わった瞬間、こちらから発表するつもりだった。
第二関門突破……、きみにとっては大きな誤算だろうね、藤澤。きみが思うよりもずっと、二人はきみを愛しているんだよ。
何も言わずに姿を消して、拒絶するように情報を遮断したところで、この二人が黙って受け入れると本気で思っていたのかな? そんなことをしてこの二人が心から笑ってしあわせだと言うと思ったのかな?
こちらに全部任せると言った以上、文句は言わせないよ。
にこ、と口元に笑みを乗せる。怪訝な顔をする二人に指を三本立てて見せた。
「三日間、猶予がある。テレビやラジオの収録が今日を含めて三日間はない。その間に、どう発表するかを二人で決めなさい」
二人の後ろに立っていたチーフマネージャーが目を見開く。
「伝える方法も内容も一任するし、きみたちが出した結論が真実になるように根回しは請け負うから」
大森と若井が顔を見合わせた。不信をそのまま表情に乗せた大森が、
「なにを考えているんですか?」
と、棘のある口調で言った。
「……最適で最善な結末になることを願っているんだよ」
二人にはなにも言わないでほしい。酷いことした自分のことをさっさと切り捨てて、次のステージに行ってほしい……自分の代わりはいるはずだから。
藤澤はそう言って泣きながら笑ったけれど、到底そうは思えなかった。
藤澤の代わりなんてどこにもいない。二人にとってもMrs.にとっても、それだけは絶対に。だからと言って、引き留めるだけの材料がこちらにはなかった。藤澤の抱えた絶望感は、こちらが口出しできるようなものではなかった。気休めでも大丈夫だと、慰めるのは憚られた。
退所を許可しなければ藤澤が潰れてしまう、そう考えての判断が誤っていたとは思わないが、最善だったとも思えない。
だから、待っていた。選択権を与えた今、必ず大森は藤澤を見つけるために動き出す。自分から藤澤を奪うことを許さない。たとえそれが藤澤自身だとしても。
「フェーズ3として二人で活動してもいいし、それぞれがソロでやっていくならバックアップは惜しまない。藤澤が事務所を辞めたこと、それだけは覆らないが、どう伝えるかは好きにしなさい」
じっと視線を向けてくる大森に微笑みかける。こちらができる抵抗は、これが最大限だ。
もしかしたらこの抵抗が藤澤を傷つけることになるかもしれないけれど、三人が三人で居られないこと以上の不幸があるとは思えなかった。三人でいること、三人で音楽をやる以上にしあわせなことなどきっとない。
しばらくの沈黙の末、考え込むように俯いていた大森が顔を上げた。
「わかりました。明日中には結論を出します」
驚いた若井が大森を見遣るが、大森の目に絶望の色がなかったことを感じ取ってなにも言わなかった。信頼し、信用しているからこそなにも言わないのだろう。その関係性が眩しく、羨ましくさえある。
踵を返してドアの前まで進んだ大森が足を止めて振り返った。
「……社長」
「うん?」
「涼ちゃんは無事なんですね?」
無感情だった大森に初めて人間らしい感情が見えた。
「……事件や事故に巻き込まれたわけではないよ」
安心しなさい、と続けるはずのこちらの言葉を最後まで待たず、大森はさっさと部屋を出て行った。
二人の背中を見送ったチーフマネージャーがこちらに歩み寄り、不安げに顔を曇らせる。
「藤澤さんのシナリオにはありませんでしたが……よろしいのですか」
藤澤の決意も覚悟も知るチーフマネージャーのことだ、彼を心配しているのだろう。だけど同時に、こうすることが最適解だと言うことも理解している。うちのスタッフは皆、彼らが彼らであることを願ってやまない。
「大森が見つけることができれば大森の勝ち、隠れきれたら藤澤の勝ち、ってことでいいじゃないか。それに……、見つかったところで連れ戻せるかは別だろう」
最終関門、そして最難関だ。藤澤を襲った絶望を、大森と若井が崩すことができるかは別の問題だ。
だけど、それでも、かくれんぼは一人じゃできないじゃないか。
鬼がいて、初めて成立するんだよ。そうだろう? 藤澤涼架。
続。
敵だけど味方で、味方だけど敵な社長。
そろそろ答えが見えてきましたよね?笑
コメント
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藤澤さんまたなんかされたとかでは無さそうですかね...? でも社長が知らないところでなんか脅されたりしてても嫌ですね...😭 何があっても探す、大森さんの愛に驚いてます😆
私もほぼ検討がつきません🫣💦 なので💛ちゃんの絶望、分かるまでヒヤヒヤです😭 でも、🍏は本当に作者様の書かれるように、♥️くんだけでは成り立たず、💙💛がいてこそだと私もしみじみ想いました🫶
たぬき親父今回も❤️💛が幸せに慣れるように頑張ってますね! 頼んだよ!←