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 ガルドは震えて、大きく息を吸って、椅子に座り直す。


「ガルド様……? 今日、学園がおかしいのはもしかして」

「ああ、その通りだ。私がそうした」 

「何を、なさったのですか?」

「それは……」


 ユーフェミアの問いになんて説明をしたものか迷う。しかし、その考えを中断する出来事が起きた。

 白い仮面をつけた人間が、影より現れたのだ。


「何者ですか……!」


 ユーフェミアはガルドの手を引いて、その場を大きく後退する。しかしガルドにはその仮面をつけた人間の制服に見覚えがあった。


「貴様、光の帝国の者か?」

「はい。ガルド様にお伝えしなければいけないことがあります」

「なんだ?」

「こちらをご覧ください」


 白い制服を着た者は空中を指で叩くと映像が現れた。

 甲高い音が廃墟に響く。

 数人で編隊された魔法省の魔法使いたちが地を削るようにして破壊の魔法を撒き散らしながら進む音だ。


 精霊の力で作った巨人たちが構造物内を動き回るには一糸乱れぬ動きで押し寄せる様は、見る人に爽快感をもたらすだろう。

 巨人達の肩に乗る魔法使い達は、火や氷といった魔法で遠隔攻撃を行い虐殺をしながら王宮へ進軍している。

 その場にいる人達に沸き上がる感情は恐怖で彩られていた。


『う、うわあああぁぁ!』


 暗闇に動く人影を巨人の肩に乗る魔法使いが使う索敵魔法が捉える。

 そこに映る人達の様子は様々だ。

 へたりこみ、巨人を見上げる者。

 未だに背を向け、逃げ続ける者。

 そして、手を上げて降伏の意を示す者。

 そんな人達に対して、彼らが示す行動は唯一つ。


「――――――」


 悲鳴が魔法の光に掻き消される。

 視線の先、魔法の刃のリズムに合わせて踊る人影の姿が一つ、また一つと減っていく。

 やがて、全ての人影が動かなくなった時、そこに残ったのは血と硝煙の臭いだけだった。


『ふん、平民風情が。つけ上がるからだ』


 編隊のトップにいた魔法省の人間の男が、巨人の肩に乗りながら鼻を鳴らして、そう吐き捨てる。殺し漏れ残しがないか、索敵魔法を再起動しセンサーを注視する。

 慣れた手つきではあるが、その動作は荒々しい。

 それが、彼―彼ら魔法省の苛立ちを表していた。

 ガルド王子による国家洗脳。それによって自分たち貴族と魔法省の権威と立場は失墜してしまった。もやは国はガルドのものだ。しかしそんなことは認められない。


「そんな、酷い」

「ユーフェミアと同じく精霊に愛された者は魅力による洗脳が聞かなかったか。私が指揮を取る。キルゲ・シュタインビルドさんに戦力の派遣を頼めるか?」

「はい。もちろんです」

「ならば貴殿らは反抗勢力を好きにして良い。私はここで防衛陣を敷く。攻撃は任せた。殲滅してくれ」

「お伝えします」


 そう言って光の帝国の滅却師は消えた。 


「ガルド様……! 一体何が起きているのですか!?」

「それを話している暇はない。今この瞬間にも魔法省と貴族達は民を無差別に虐殺をしている。私はそれを止める。君はどうする? 虐殺をするか? それとも私とともに止めるか?」

「理由はわかりませんが、まずは虐殺を止めるのが最優先です」

「ならばユーフェミア、君には姉上とそのメイド達の保護を頼みたい」

「姉上……確かアニスフィア様ですか?」

「そうだ。姉上は魔法が使えない。魔学による武器て冒険者として最高ランクだが、それでも虐殺軍相手に狙われれば厳しいだろう。あの人はもし虐殺を目にすればすぐに止めに行ってしまうだろうからな。だから護衛してくれ。虐殺軍の殲滅は私と光の帝国の部隊で必ず遂行する。今更だが、私を信じてくれ」

「わかりました。ご武運を!」


 ガルドはユーフェミアを姉の元へ向かわせると、魔力のメダリオンを取り出し、洗脳が及んでいるすべての範囲の人間に通信魔法を繋げる。 


「ここからは、私が指揮を取る。反逆者を完膚なきまでに叩き潰す」



 始めは、ただの蹂躙戦だった。

 洗脳された国民は平民と魔法使い問わず素人同然で排除は問題なく行われた。様子が変わったのは、それが始まって少ししてからだった。

 集団戦での心得もない、ただ闇雲に攻撃を仕掛けて反抗してきた者達の動きが変わったのだ。


 誘い、待ち伏せ、予測し、対応する。

 統率された動きと、洗脳魔法から逃れた魔法省と貴族の反ガルド連盟の反応が次々と消えていく事実から、ガルドが指揮とりはじめたのだと彼らは理解した。


 それは、予定通りであったため反逆軍の司令官は即座に部隊を一度退かせたが、それまでに決して少なくない数の戦力が削られた。

 作戦に支障は出ない程度ではあるが、傷を負わされたのだ。

 天下の魔法使いが、たがが平民と異端者の部隊によって。薄汚い平民ごときに。


「くそっ、何が我に従えただ…っ!」


 その事実が、反逆者達を憤らせる。

 一時膠着した戦局は、しかし、その後、ガルドの罠を看破した司令官により、再び反逆者側に傾く。

 容赦なく、躊躇いなく敵を破壊していく反逆軍に、ガルド側の勢力はジリジリと削られていった。撤退する平民と魔法使いの洗脳混成部隊を反逆軍は容赦なく殲滅していった。

 もはや、勝敗は決した。

 いかに頭が優秀だろうと、手足がこれではいかんともしがたい。平民なぞ恐るに足らず。

 反逆軍側の勝利は揺るがないだろう。

 しかし、反逆軍の魔法省や貴族達の憤りは収まらない。むしろ、こんなにあっさりと蹴散らせる程度の連中に後れを取ったという事実が彼等をさらに憤慨させる。


「殺してやるぞ、ガルド……!」


 このままでは気が済まない。

 興奮した反逆軍は、ガルドがいるであろう王宮を目指して快進撃を続ける。

 逃がさない。見つけだして目にものを見せてやる。屈辱にまみれた魔法省と貴族たちは、敵を殲滅後、即帰投という命令を忘れて、廃墟内に巨人を走らせる。しかし、どれだけ探してもガルドの反応は見られない。


「くそ……!」


 ようやく僅かに冷静さが戻った男が諦め、命令に従い帰投しようとした。

 その時だった。


「―――?」


 暗闇で何かが動いたような気がした。

 本隊に合流しようと巨人を反転させようとしていた男は、それを止めて索敵魔法を全開にしながらセンサーに集中する。

 僅かな変化も見逃さないと言わんばかりに魔法ウィンドウを睨み付ける男。

 その男の目に光が映った。


「あ?」


 強い光ではなかったのに、それは男の目に焼き付いて離れない。

 光、――いや。


(青い、光?)


 それが、反逆軍の男の最後の思考。

 最後の自我になった。


「ふん、呆気ない」


 部下達からの報告と、自分達が優勢だと一目でわかる戦局図を眺めていた反逆軍指揮官は、つまらなさそうにそう言い捨てた。


『見事な采配でしたな』

「つまらん世辞はいい。当然の帰結だ」


 通信機越しに聞こえてきた部下にそう返し、再び戦局図に目を落とす。

 敵を示すシグナルは、全て消えていた。


「残るはガルドだけ、か」


 敵方の動きから、ガルドの出現は手に取るように分かった。

 今回の作戦自体、ガルドに反旗を翻すものだったので出現そのものには指揮官は驚いたりしなかった。


 しかし、現れたときには些か驚かされていた。

 質も量も悪い、僅かな平民と低位の魔法使い手勢を上手く使い、反逆軍側に損害を与えたのだから。

 成程、洗脳魔法を国に浸透させるだけのことはある。素直に指揮官は感心した。同時に甘い、とも。

 ガルドは、反逆軍をを真っ向から潰しにかかってきた。


 やれる、と勘違いしたのだろう。

 大きな勘違いだ、と指揮官はその時そう思った。

 はたして、結果はご覧の通り。

 多少戦術に覚えのある頭がいようと、腕も覚悟も足りないゴロツキ紛いの平民と低位魔法使いが、幾多の戦場で腕を鳴らした本物の軍人魔法使いに敵うべくもなかった。


「所詮は、この程度か」


 大層な演出で国家を洗脳したが蓋を開ければこの通り。

 そこらの三流テロリストと変わらない自らの実力を履き違えた凡骨でしかなかった。

 そう反逆軍の指揮官はガルドのことを評価した。


「総員、王宮へ突撃だ。恐らく我々以外は全て洗脳されているだろう。皆殺しだ」

『了解!!』


 その瞬間、反逆軍を囲うように影がうごめき、白い制服の人間たちが現れる。そして空中に眼鏡をかけた男があるいてくる。


「反逆者を皆さん、ごきげんよう。さようなら」


 そこでようやく男が動いた。マントに隠れていた細い右腕をゆっくりと掲げてゆく。

 何をしようとしているのか警戒する反逆軍の指揮官の部下達の前で白い制服の男キルゲ・シュタインビルドは天を指すかのように右手を空に向かって伸ばす。


「皆殺しィィデス!」


 パチン、と。

 掲げられた右手の指が軽い音を立てた。

 そして、次の瞬間。

 爆音が辺りに響いた。

 一瞬、何が起こったのか誰にも分からなかった。


「何が……」


 そう呟いた瞬間、自分達の頭上を覆った影に全てを理解する。

 反逆軍を囲む白い制服達が一斉に攻撃を始めたのだ。反逆軍の部隊が集結している場所に青い光の矢が殺到する。

 ぞわっ、と全身の毛が粟立つ。

 迫り来る死の予感に、指揮官は慌てて指示を飛ばす。


「総員、防御魔法を……!! ぐおっ!?」


 自身の肩を突然痛みが襲った。

 見れば、隣の男が自分の肩に魔法ナイフを突き刺していた。

 自分の反逆軍の者が。


『指揮官!』

『貴様、何をやって、ぐぅ!』


 駆け寄ろうとしていた部下達だが、同じく横合いから飛び出してきた味方に邪魔をされる。何が起こっているのか、分からなかったが今は考えている余裕もない。何とか絡み付いている人間を引き剥がそうとするが体勢が悪く引き剥がせない。


『おのれ、貴様! ガルドの仲間か!?』

『司令官、逃げ――』


 怒号や必死な声が飛び交う。

 そして、その声ごと巨大な青い光が全てを押し潰した。爆音。そして、それに続く大きな地響きによってパラパラと天井から埃と細かい破片が降ってくる。しかし、それらを気にすることなく王宮の壁に静かにもたれ掛かっていた。


 両腕を後ろに回して腰の所で手を組むような体勢で、何かを待つように閉じられていたガルドの瞳がゆっくりと開かれる。


「終わったか?」

「はい、ご覧の通りですよ。なんとも呆気ない」

「反逆者を炙り出すのは良いが被害が大きいな。立て直すのもなかなか骨が折れそうだ」

「ご安心ください。我ら光の帝国がご支援しますよ。末永いお付き合いをよろしくお願いします」

異世界侵略部隊隊長キルゲ・シュタインビルトの華麗なる活躍

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