「ちょっ、『ちょりーっす☆みんなの瞳に顔面の暴力!可愛い女子はテイクアウトのビューティフルキング・須田美王、現着!!』……うわ、ガチでなっついこのセリフ……」
『自分で考えたチャラいセリフが欲しかってんけどなぁ』
「流石にそれは無いっすよ久東さん!」
「そう言えばホストなんでしたっけ、美王さん」
「yes!全然売れてなかったけど」
「あっちに人型怪異が居まして、現在琳さんが奥に連れ去られてます」
「おっけー吟くん……吟くん?」
「あー、その、色々ありまして……」
桃蘭の命が危険に晒されている最中、思い出話をするわけにはいかない。とりあえず、今の自分は焦音であること、精神的に不安定になると一時的に吟の魂が宿ること、そして焦音になったことで超異力が変わったことを話した。
須田はあまり理解していなさそうだった。当人でさえも理解できていないのだから、当然である。一応連絡機で繋がっている久東にも情報共有をしたが、久東も須田と同じ反応を示すばかりだった。
「えっと、要はこれから君の事は焦音くんって呼べばいいわけだ。改めてよろしく!」
「面倒な事に巻き込んでしまい申し訳ありません……」
「いやいや!”困ったことは下駄がい様”って、雪舟ニキあたりが言ってたっしょ?」
「何もかもが違いますね、詫び菓子定期」
「んで、桃蘭ちゃんがヤバいんだっけ。おふざけはこんくらいにして、可愛い女の子のために”甚だ脱ぐ”としますか!」
『いちいちツッコまんでええで、氷空に……焦音』
「以降はガン無視で行きます」
入院期間と家に監禁期間が人生のほとんどだったせいか、焦音には須田の発言の何がおかしかったのか分からない。
ことわざ的な何かが違ったのだと思うが、正直訂正してくれないと分からないのでやめてほしい。
*
「洞窟内って一本道でしたよね……?」
「あれ、そうだっけか?めっちゃ迷っちゃったわ!!だはー」
「五回も逆走してましたね。認知症のババアでもしませんって」
「五回もしたっけ?せいぜい二回くらいじゃない?」
「本当に認知症なのでは……」
一本道のはずの洞窟を、なぜか須田は五回逆走した。焦音と氷空の「そっち逆です」も無視して。聞こえていたのか聞こえていなかったのかは分からないが、とにかく大幅なタイムロスだ。おまけに通信機も落としたらしい。ドジすぎる。
「店長失格案件すぎるぜー!これは手柄で挽回するしかないなー」
今、桃蘭と人型怪異が戦っている洞穴の入り口にいる。人が一人入るくらいのごく狭い穴だ。須田もやる気になっているので、とりあえずは安心だろうか。
焦音は吟として過ごしていた時期が長いからか、全く焦音状態の超異力に慣れていない。吟状態の時、佐鳥からこんな超異力もありそうだ、と言われただけだ。慣れていない以前に、やったことがないのだ。
だからあまり戦えない。氷空と須田に戦闘を任せる形になるだろう……字面は最悪だが。
一斉に突入する。まず驚いたのは、あの入口の狭さから想像できないほど開けた空間が広がっていたことだ。
須田が小さく「怪異によって造られた空間の可能性がある」と呟いた。独り言のつもりだったのか、それとも情報共有のつもりだったのか計り知れないが、氷空も焦音も軽く頷いた。
須田は焦音らを入口の方へ追いやり、奥へ進んでいく。中央にたどり着くと、大きな両刃斧を一度振り回した。
すると、まるでカーテンが揺らぐかのごとく壁が曲がり、無機物に宿った生命が蠢く。
「これは……?」
「やっぱり異空間だね。実在しない空間が造られてる」
「実在しない?」
「本来なら、今君たちが居る場所の大きさと同じサイズの空間が広がってるはずなんだけど、今回は違う。つまりは、本来狭いはずの空間を”捻じ曲げて拡張している”。要はVR空間をイメージしてみて」
「はぁ……なんか凄いですね」
「そんだけ強い怪異ってことだね。にしても、久東さん人事へたくそっすわ、AとB逆のが良かったっしょ」
「人数不足のチームに強い人型を当たらせて、人数満ち足りてる上に最強ランキングワンツーがいるチームwith久東に弱い方の当たらせるとか。異動待ったなしですね」
「全くだ!全くすぎてAll!!」
「オール?連続二回までにしといた方がいいですよ」
「これが社会の闇……?」
「……例の怪異、出てきてませんね」
今の所、空間が怪異によって造られた架空のものであるとしか分かっておらず、そもそも怪異はともかく桃蘭すらもいない。これは明らかな異変であった。
「空間いじれるってことは、やっぱ自分に有利なように改造してるみたいだ。となると……どっかの壁に隠れてんな」
そう須田が言った刹那、彼の立つ地面がぼこっ、と浮き上がった。
店長、流石の反応速度でそれを軽々と避ける。すると、まるで噴水のように吹き上がった地面から一人の男が出てくる。
サイケデリックを体現したみたいな見た目だった。真っ黒い髪、そしてスーツ。ビビッドカラーのネクタイと虹彩が特徴。ズボンのベルト等のアクセントに全てビビッドカラーを使っているが、リップのみ真紅の色をしている。
一目見て怪異だと分かった。入口付近で様子を伺っていた二人も、思わず飛び出す。須田はそれに特段言及しない。もう出てきて良いみたいだ。
「”敗失”。やらかしやらかし」
「桃蘭ちゃんは何処に行ったのかな、怪異の……あー……イケてるお兄さん」
「誰?」
「存在の有無をよく討論している女性」
「……もしかして『~アル』っていう語尾のことですか??」
「よくわかりましたね。ひらめき王にでもなったらどうです?」
「ああ。食捕象対のあの女。分多そのうち下から」
言い終わる前に、またもや地面が噴水のごとく湧きあがり、流血している桃蘭が出てきた。
「々中手ごわい女だった。この僕が喰えないとは」
「琳さん!」
相手は須田に任せて、桃蘭に駆け寄る二人。幸い桃蘭は大きなけがを負っていない。足に打撲と内出血、それから頭を軽く切っている。
しかし、どうやら彼女の最も大きい負傷は外傷ではないらしく。
「吟、氷空。あいつ……毒を持ってるアル」
「毒?」
「そう、毒アル。あのリップと、それから液状化した壁。あれに触れたら……痺れる感覚があって……」
「ーー最終的に、足が動かせなくなった、アル」
「激やば案件じゃないですか、それ」
「取り巻きの蝙蝠は、私が一体倒したから、あと一体アル。でも、本命のあいつがどうしても強くて、ずっと防戦一方だった」
「あれ、そう言えば蝙蝠いない……」
「また地面からこんにちわして来ますかね」
「おっけー、氷空くんは一回桃蘭ちゃんを洞穴の外まで運んで、簡単な手当しといて。焦音くんはステイ」
「分かりました」
「須田さん、私まだ……戦える!」
「んー……いや、今回は引いてもらって。これ以上可愛い女の子の顔に傷つけたくないしね!」
確かに、桃蘭は一見して深手を負ったわけではなさそうだが、毒がかなり回っているのは素人でも察せた。
彼女の顔色は普段と二回りくらい悪かったし、喋る速度も落ちていた。息を吸う回数も増えていた。
これも毒の影響かもしれないが、桃蘭はまだ戦い足りないんだろう。もっと戦果を挙げたいから、多少無理してでも参加したい。それを止める理由を少し茶化したのは、須田なりの心遣いなんだと思う。やはりホストだ。
その気持ちを察してか、桃蘭は氷空に担がれて不承不承といった感じで引き下がった。
「琳さんが無事でよかったです」
「無事ではなさそうだけど、とりあえずはね。……にしても、ちょっと不穏だなー」
「何がでしょうか?」
「……あの怪異が桃蘭ちゃんを逃がしたことだよ。なんか文字起こし鬼だるかったけど、桃蘭ちゃんを捕食対象って言ってたよね。大事なご飯をなんで逃がしたのかなって。あの地面の中に入れとくだけでいいくない?」
「確かに」
「ニンゲンが分かるわけない。物獲が減って念残だけど、”網一尽打”にしてくれる!」
すると、怪異の持つリップがドリル状に変形した。真っ赤な色が災いして、血のように見える。
狙うのは須田の方だ。強い方を先に落とすらしい。が、あまりに単調で直線的な攻撃に、須田は余裕で対応する。しかし反撃を与える隙があるわけでもない。手数が多いからだ。
このチャンスを無駄にはしたくない。今攻撃を与えられるのは自分しかいない。狙われていない方が奇襲してくるという動きは効果的だと、散々須田に言われてきた。そう分かってはいたが、動けない。
自信。とにかくそれがない。今までやったことがないから。今まで動いたことがないから。
扉の奥で吟が殺された時も。殺し返そうとしたんだ。でも、それはあくまで妄想でしかなくて、身体が動かなくて。思い返せばいつもこんなことばっかりだ。
話しかけようとしたけど妄想に終わる。寮に入ってからそんな毎日だ。年代も生きて来た環境も、何もかもが違う人と同室に割り振られて。一緒に命を懸けて来た仲間なのに。
ずっと気がかりだった。氷空はなんらかの宝石があしらわれた銀色の指輪を左手の薬指に付けている。いや、普段は外している。彼がその指輪をはめる時は、戦闘が行われる日なのだ。
普通に考えておかしいと思った。せめて逆だ。戦闘で壊れてほしくないから、戦闘の時だけ指輪を外す、の方が筋が通っている。しかしそうではない。その理論で言えば、彼はその指輪が壊れることを望んでいるのだろうか。
ふいに、須田の声が聞こえて不穏な想像は幕を閉じた。
「……そっか、これ液体だからいけんじゃん……!」
「ど、どうしました?」
「ふふふ、僕の真髄を見ときな!!」
底抜けに明るい須田の声を聴いて安堵する暇もなく、また空間がうねり出す。しかし前回とは違って、黄色い光を発している。
むしろ怪異側が焦っているらしく、しきりに須田に攻撃しようとしているが、それはまるで効いていない。攻撃を避けるのではなく、受けているが食らっていないようだ。というのも、攻撃された部位が金色にコーティングされているのだ。
須田の超異力は錬金術だと本人から説明された。しかし錬金術というものは、様々な物質をかき集めてそれを融合させ、新しい物質を作るというものなのだがそうではなく、本当に金を作り出すらしい。つまり、錬金術で言うところの様々な物質をかき集めるパートで、その物質たちを金に置換するんだそうだ。極論を言えば、触れたものを黄金に変える力ともいえる。
そして、黄金に変えたい物体の性質が黄金に近ければ近い程、簡単に黄金に置換できるらしい。
例えば、花を金に換えるのと鉄を変えるのでは話が違う。同じ金属である鉄の方が変えやすい。
性質が金に遠いやつをたくさん変換すると疲れてしまうのだそうだ。だから、本人は斧を金でコーティングする程度しか扱っていないのだが……どうやら今回は違うらしい。
気付くと、今まで液状化していた壁が続々と金色に染まっていく。目に悪かった空間がさらに視力を落とすことに加担してきた。思わず目を瞑る。しかし、一瞬にして辺りが暗くなったことで、慌てて瞼を持ち上げる。
そう、あんなに輝いていた空間は途端に洞窟としての色を取り戻したのだ。
その最中、特段輝いている箇所がある。目を凝らすと、須田が持っている斧、そして何か。
「どろどろした液体って要は金だからね!」
「違うと思いますけど……」
「今のはね、壁の液体を金にした後に吸って、その金でスノボーと斧作ったのさ」
「えっと……はい?」
「言葉通りの意味に決まってるっしょ!」
なんだかよくわからないが、作った液状の金でスノボーと斧を作ったらしい。材料として使ってしまったという理由で、その液体を除去したことで空間改造を無効化したようだ。しかしなぜスノボーなんだろうか、某ポケットサイズのモンスターのキリ番と被るから……という天啓が頭に降ってきたが、気にしないことにする。
「金の斧に、金のスノボー。金の量が多けりゃ多い程自由度が上がるってわけよ、これ以上空間改造したら”敵に砂糖を送る”ことになっちゃうぜ!」
「……倒面だ。ま、いっか。どっちみち様貴らは僕らで倒さなきゃいけないし」
途端に、すっかり狭くなった洞穴に巨大な物体がいくつも生成された。
バランスボール位のサイズの目玉、物干し竿位の腕、そして人間サイズのテディベア。
洞穴自体はやっと三人入るくらいの広さだ。元々怪異のリップでさらに狭かった。端的に言えば窒息、もしくは圧死の危険性が上がった。
「え、何」
「きっつ……んだこれ」
「ふぁいと、おー」
隙間から怪異が人一人居れるサイズの横穴を掘っているのが分かった。彼が圧死しては元も子もないからだろう。
「須田さん、錬金でなんとか出来ないですか……!」
「いや、材質違いすぎっしょ……。仮にできたとて、俺ダウンしちゃうから。君をあいつとタイマンさせるのは流石に」
「じゃあどうすれば」
「君の超異力って相手の武器奪えるっしょ?それであのドリルをバシッとやっちゃいなよ」
「え、でも僕使ったことないですよ」
「やってみ?案ずるよりnot案じるの方が激安だし!」
「う……。もし僕が失敗したら大問題ですよね」
「まぁまぁ。そこをどうカバーするかが僕の見せどころ。舐めんなよ店長!」
明るい声色の須田に押され、焦音は怪異に向き直る。
武器を奪うように念ずる。そう、あの記憶を呼び起こして。
教典で殴られて亡くなった弟。思わず顔をしかめた。思い出したくもない記憶であることに間違いはない。でも、それが自分の力になるのなら。いや、みんなの。怪異討伐部隊の力になるのなら。幾らだってあの記憶を呼び覚ましてやる。
「……あ?」
怪異の体勢が変わった。手が空いている。即ち、今まで持っていた武器が取られたことを示す。出来た。成功した。
ものすごい音が聞こえた。嫌な予感がする。ドリルの音だとは思う。
ドリルとは一直線に進むものだ。そして、怪異と焦音は一直線上にいた。つまり、焦音に向かって一直線にドリルが進んできている可能性が高い。
「焦音!」
その声に吸われるようにして、身体が動いた。衝突音がして振り返る。見ると、ドリルは壁に強く激突しており、その軌道上にあった目玉が、まるで穴の開いた風船みたいにしぼんでいた。スペースが開けられたのだ。
「ナイス焦音!できんじゃん!才能ってやつかー!」
「あ、いえ、大したことしてないですし」
「いやいやいや。僕の嫌な死因ランキング第2位・圧死の回避してくれた功績はでかいよ?」
「まぁ嫌ですね……。ところで、一位は?」
「正式名称は知らないんだけど……、”地面から出て来た鋭い何かに突き刺さって死ぬこと”かな?」
どこかで聞いたことのある死因だったが、焦音には思い出せなかった。
*
「氷空」
「はい?」
「ヒーローって何だと思うアル?」
「……アカデミア?」
すっかり弱った桃蘭からの質問に、氷空は困惑した。
もっと「中国アタック!食らえ小籠包!」とか言うと思っていたが、そんなこともなく、無言で処置を受けていた。
道中、須田が落とした通信機も見つけた。まだ通信は繋がっており、久東に事情を説明すると「あの女たらし後でしばくわ」と言っていた。ご愁傷様である。あとでおすすめの詫び菓子を教えてあげよう。
とにかく、桃蘭は精神面でもかなりショックを受けているようだった。人型と一対一で戦って、到着まで耐えられているだけで凄いとは思うのだが、そう伝えても曖昧な返事しか来なかった。
「ヒーロー……に、なんかなれてない気がして」
「さっきからアカデミアなんですよね……」
「氷空さんはどう思いますか、私、気になるアル」
コスプレ前後で口調が変わるのが彼女の特徴だったのに、すっかりその境界線も薄れている。相当なショックだったようだ。
「うーん……まぁ悪を倒すものなんじゃないですか?」
「そう」
「なんですかその返事」
「いや、ありがとうございます。……じゃあ、仮に、ですよ。まだ人を食べてない怪獣が居たとします。他の個体は人を食べています。そうなった時、氷空が町を守るヒーローだったら、どうしますか?」
「なんかみんな敬語になっててつまんねぇアル……。そうですね、俺だったらそいつ倒しますよ。だってどうせ人食いますし。まだ血吸ってない蚊がいたとしても誰だって潰しますよ」
「……どうも。助かりました」
「心理テストか何かですか?」
「そんなところです。後で他の人にも聞いてみようかな。……おかげでよくなりました。怪我の手当、得意なんですか?」
「いや、特段得意でもないと思いますけど」
「そうですか。天性の才能なんですかね?」
「あのー、いつもの口調に戻っていいアルよ?」
「あ、いえ。また少し経てば治るので。お気遣いいただきありがとうございます。戻りましょうか」
「その状態で戦えるとは到底思えないんですけど?」
桃蘭は少し間を置いた。考えているわけでもなく、意図した間のようだ。
「ヒーローは遅れてやってくるものでしょう?」
彼女の瞳に、以前のような輝きはもうない。