◻︎アキラの提案
コンビニのアルバイトは、夕方から夜にかけてのシフトが多くなった。その方が少しだけ時給がいいのと、帰りの遅い夫を待つために無駄な時間を過ごすこともないからだ。
___また残業?
さっき届いた、夫からのメッセージにため息が出る。夕方のこの時間は、コンビニに立ち寄るお客さんは多い。仕事帰りのサラリーマンやOLが、晩ご飯やスィーツ、お酒を買って行く。
「ありがとうございました!」
にこやかな笑顔だけは、作れるようになった。お店に来てくれるお客さんには、感謝しかないのだから。
「ねぇ、こっちの方が美味しそうじゃない?」
「それもいいけど、この新発売のカクテルも気になるよ」
「じゃあ、両方買って行きましょう。今夜はゆっくりできるんでしょ?」
「あぁ、出張と言ってあるから大丈夫だよ」
夫と同年代に見える男性が、その腕を若い女の子の腰にまわしたまま買い物をしている。会話の流れを聞いているだけで、吐きそうになった。
___この二人、不倫カップルだ
カゴには、何種類かのお酒、おつまみ、それから精力剤?サンドイッチやおにぎりが入っていた。食べ物や飲み物を買ってこれから、ラブホテルか彼女の部屋へでも行くのだろう。
「4288円になります。おしぼりと割り箸は、いくつにしましょうか?」
「4つずつくれる?」
「はい」
精算を済ませながら、言い慣れたセリフを口にして、ひたすらコンビニ店員としての仕事をする。
___少し前までなら、こんなカップルを見てもなんとも思わなかったのに
夫が浮気しているという事実を知ってしまった今は、この目の前の男性の後ろに自分と同じようなサレ妻の影を見てしまい、商品を持つ手が震えてしまう。
「ありがとうございました」
なんとか平静を装い、送り出す。この二人は自分とはなんの関係もないのだと思うのに、こういうことを自分の夫もやっているのかと想像するだけで、過呼吸になりそうだ。
「小沢さん?大丈夫ですか?」
同じシフトの大学生が、声をかけてくれた。
「あ、うん、ちょっと貧血かな?お客さんが落ち着いたら、少し休ませて」
「はい、大丈夫ですよ。なんなら今からでも。お客さん、減ってきたし」
店内には、3人のお客さんだけになっていた。
「じゃ、ちょっとだけ…」
スマホを手にして、奥の休憩室へ入った。同じような境遇のあの男性とやり取りするために、最近始めたサイトにアクセスして、メッセージを送る。
〈夫と似たような男と若い女の不倫カップルを見ていたら、体調が悪くなってしまいました〉
すぐに返事がきた。
《それは、キツかったですね。大丈夫ですか?うちの嫁も、今日は遅くなると連絡があって“またかー”と凹んでいるところです》
〈そちらも?もう、このままではおかしくなってしまいそうです。相手の女を見つけて刺してしまいたくなります〉
《待って!そんな女のために自分の人生を台無しにしてはいけません》
そんなことは、わかっている。でもどうしたらこの煮えたぎるような感情を、抑えることができるのかがわからない。
それからも、私はこのアキラという男性といろんな話をした。
《不思議ですね。ずっと前からの友達のような気がしてきました》
アキラという名前のその人が言う。
〈そう言われてみれば、私もそんな気がしてきました〉
それぞれの事情について何度もやり取りするうちに、古くからの親友のような気がしてきた。
《どうします?ナオさんの気持ちを収めるために、復讐ってやつをしてみますか?》
そのSNSで私は、親友の名前を拝借してナオと名乗っている。
アキラからの突然の申し出に、戸惑ってしまう。
〈でも、それじゃあ……〉
不倫されたもの同士が、傷の舐め合いをするようで私はその提案に躊躇した。
《わかってますよ。だから、こうしましょう》
アキラは不思議な提案をしてきた。私は、そのアキラの提案に乗り、隣町の遊園地でアキラとデートをすることになった。