◻︎不思議なデート
数日後。
アキラと遊園地で待ち合わせたのは、平日のお昼前。
誰かとどこかで待ち合わせるということが、とても久しぶりでそれだけで、ドキドキした。家族には夜までアルバイトだと言って、晩ご飯も簡単に準備をしてきた。
意味なんてないと思いながらも、約束の今日までに美容院に行ったり新しい口紅を買ったりした。それは、とっくに忘れていた初めてのデートに出かけるような、ウキウキで緊張する気分だった。
約束の時間に、遊園地のチケット売り場に着いた。
《時間だよ》
〈はい、到着しました〉
《最初はどこから行く?》
〈メリーゴーランドからでどうですか?〉
できれば知り合いには会いたくないから、遊園地の奥にあるメリーゴーランドにした。私はペガサスに乗った。音楽に合わせてゆっくりと回転が始まる。
《ここのメリーゴーランドって、都市伝説があるって聞いたんだけどナオちゃん知ってる?》
〈初対面の人に“ちゃん”付で呼ばれると、照れますね〉
《そう?僕のこともアキラって呼んでよ、今日は初めてのデートなんだからさ》
〈じゃあ…、アキラの言ってる都市伝説って、ここにはたくさんあるみたいだよ〉
《そうなんだ、その中に願い事が叶うのもあるといいね》
〈うん、あるよ、きっと〉
音楽が終わると、ゆっくりと回転が止まった。
《次はどれにする?》
〈ちょっと待って、喉が渇かない?〉
《何か買ってこようか?》
〈うん、私はコーラにする〉
《僕はアイスコーヒーだ》
紙コップの中の氷が、少し火照った体に気持ちいい。
〈氷が美味しい、冷たくて〉
《僕のアイスコーヒーは氷が溶けちゃったよ》
〈あら、残念!じゃあ、次のアトラクションは?〉
《あ、あれにしよう、名前がカッコいいやつ》
〈ジェットコースターだね。私最前列ね!〉
《マジか、僕は後ろにしとく》
人数の加減で最前列には座れなかったけれど。
〈わりと迫力あったね!〉
《わりと?僕はもう足がガクガクしてるんだけど》
〈少し休む?〉
《そうしようか?》
〈あっちの木陰がいいな〉
《あー涼しそうだね》
何かのショーをやるためのステージがあり、その後ろにある木陰を目指した。いくつかのベンチが設置されていて、一休みするにはちょうどいい。
〈おお!風が気持ちいいね〉
《ほんとだね、これでナオの膝枕があれば、ぐっすり眠れそうなんだけどな》
〈はい、どうぞって言いたいけど、誰かに見られたら、ね?〉
《だよね、我慢しまーす》
そこでしばらくいろんな話をした。子供の頃のこと、学生時代のこと、好きな食べ物のこと、それに、これから始めようと思ってることなんかを、とりとめもなく話した。ただ一つ、お互いの家族のことだけは、口にしなかった。
〈そろそろお腹空かない?〉
《いいね。なに食べる?》
〈とりあえずレストラン行ってオススメとか聞いちゃお!〉
《そうしよう》
遊園地の真ん中にあるレストランに着いた。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?あ、空いてるお席へどうぞ」
窓際の園内が広く見渡せる席に座った。
〈なんにする?〉
《入り口のところに書いてあったからハンバーグ》
〈じゃあ私もそれにしよ。あ、ねえねえ、ここ花火大会があるみたいだよ〉
《あ、ほんとだ。せっかくだから見ていこうよ》
〈そうだね、そうしよう〉
今日は遅番の仕事だと、家族には言ってあるし晩御飯の準備も済ませてきた。いろんなことを済ませないと家を留守にできない主婦は、浮気をするのも楽じゃないな、と思う。
《うまかった!さすがオススメだけのことはある》
〈うん、美味しかった。じゃあ、花火大会までゆっくり過ごそうか?〉
《そうだね、まだアトラクションも残ってるし。あ、そうそう、花火を高いところから見ることができるらしいよ、買っとく?観覧車のチケット》
〈まだ残ってるかな?〉
《買ってくるよ》
〈私も行く〉
花火を見るための観覧車のチケットは買えた。それからは暗くなるまでゆっくり遊んだ。初めてのデートなのにそんな感じはしないくらい、気を許せた。
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