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第20話 『猫又亭~本日もまったり営業中』
春の夕暮れだった。
空は淡い橙色に染まり、通りの影がゆっくり伸びていく。
猫又亭の窓からは、柔らかな灯りが外へとこぼれていた。
店の中では、いつものようにたまがカウンターを拭いている。
外では、風が少しだけ暖かくなりはじめていた。
ちりん――
扉の鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ――」
顔を上げたたまは、ほんの一瞬だけ目を丸くした。
扉の前に立っていたのは、あの青年だった。
黒髪は少し伸び、肩には楽譜の入った鞄。
以前よりも少しだけ背筋が伸びている。
だが、あの時と同じ優しい目をしていた。
「……お久しぶりです」
青年は照れたように笑った。
「風間 翼です」
たまはふっと笑う。
「覚えてますよ。もちろん」
窓際の席へ案内すると、風間は懐かしそうに店の中を見回した。
「変わってないですね」
「この店、変わるのは団子の味くらいですから」
「それは困るなあ」
ふたりは小さく笑った。
「猫又ブレンド、お願いします」
風間はメニューも見ずに言った。
「はい、少し苦くて心に優しいやつですね」
コーヒーを淹れる音が、静かな店内に響く。
湯気がふわりと立ち上る。
カップを差し出すと、風間はゆっくり一口飲んだ。
そして、目を細める。
「……やっぱり美味しい」
それは、あの日と同じ言葉だった。
しばらくして、たまが言った。
「その鞄」
「音楽、続けてるんですね」
風間は少しだけ照れた顔をした。
「ええ。あの日、この店を出てから……もう一度だけやってみようと思って」
彼は窓の外を見ながら話す。
「すぐに上手くいったわけじゃないです」
「何度もやめたくなりました」
「でも」
少し笑う。
「誰かのために音を作るって、あの言葉を思い出したんです」
たまは黙って聞いていた。
風間は鞄から一枚の紙を取り出した。
「これ」
たまに差し出す。
そこには小さなチケットが挟まれていた。
「風間 翼 ピアノコンサート」
小さなホールの演奏会だった。
「大きな舞台じゃないです」
風間は少し照れながら言う。
「でも、ようやく……人前で弾けるようになりました」
たまはゆっくりチケットを見つめた。
「すごいじゃないですか」
「……この店のおかげです」
風間は真っ直ぐに言った。
「それで」
風間は少しだけ躊躇してから言った。
「今日は、もうひとつ」
鞄から小さな箱を取り出す。
木でできた、小さなオルゴールだった。
猫の耳の彫刻がある。
たまは少し驚く。
「これ……」
風間は頷いた。
「曲、作りました」
「この店のための」
オルゴールを巻く。
カチ、カチ、カチ――
そして。
静かな旋律が流れ始めた。
それは、どこか懐かしい音だった。
やわらかくて、あたたかくて、
まるで夕暮れの光のような音。
風がカーテンを揺らす。
店の中に、その音がゆっくり広がる。
「この店に来た日」
風間は静かに言った。
「音楽をやめるつもりでした」
「でも」
少し笑う。
「音が、もう一度だけ鳴ったんです」
たまはオルゴールを見つめていた。
「素敵な曲ですね」
「ありがとうございます」
その時。
ちりん――
扉の鈴が鳴った。
「いらっしゃいませー!」
元気な声がする。
子どもの声だった。
「ここが猫又亭?」
小さな男の子が店に入ってくる。
後ろから母親が慌てて追いかける。
「すみません、急に……」
たまは笑った。
「大丈夫ですよ」
男の子は店の中を見回す。
「いい匂い!」
風間はその様子を見て、少し笑った。
「団子、ありますか?」
男の子が聞く。
「ありますよ」
たまは答える。
「この店の名物ですから」
男の子は嬉しそうに席へ座った。
その光景を見て、風間はふっと息を吐いた。
「変わらないですね」
「ええ」
たまは微笑む。
「ここは、迷った人が少し休む場所ですから」
外では、夕暮れが夜へ変わっていく。
店の灯りは、やわらかく通りを照らしていた。
風間は立ち上がる。
「また来ます」
「今度は演奏のあとに」
たまは頷く。
「楽しみにしてます」
ちりん――
扉の鈴が鳴る。
春の風が少しだけ入り込む。
風間は振り返って言った。
「ありがとうございました」
そして、夜の街へ歩いていった。
店の中では。
男の子が団子を頬張っている。
「おいしい!」
たまはカウンターの奥で微笑んだ。
オルゴールの音が、まだ静かに響いている。
誰かの迷いが。
誰かの夢が。
ここで少しだけ、軽くなる。
猫又亭の灯りは、今日も優しく揺れていた。
まるでこう言うように。
「また、おいで」
今日も猫又亭はゆっくり営業中
少し変になりましたが最終回です!
全然書けるんですけど
他の連載もしたいのでここで
終わりにします!
ここまで見て下さりありがとうございます!
リクエストなどあればコメントにて
では次の連載で(。・ω・)ノ゙
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