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窓の外で、秋の風がカーテンを揺らしていた。
杠は机に突っ伏したまま、溶けきらないコーヒーを睨んでいる。
もう何度目だろう。香りは立っているのに、口に含めば苦味だけが残る。日常は平凡で、静かで、それなのに胸の奥底はいつもざわめいていた。
――思い出すのだ。あの人を。
姉の飯名由鶴。すべてを超越する天才。
幼い頃、杠は姉と同じ机に向かい、同じ課題を与えられていた。しかし結果は常に一方的だった。由鶴は数分で解き、杠は夜を徹しても追いつけない。
親戚は、教師は、隣人までもが姉を褒め称えた。
「由鶴ちゃんはすごい」「神童だ」「未来の光だ」
その言葉の影で、杠の名が呼ばれることはなかった。
最初はただ、羨ましかった。
けれどやがて、それは歪んだ感情へと変わった。
「どうして自分ばかり置き去りにされるのか」
「どうして自分には目もくれないのか」
――そして、いつしか姉を恨むようになった。
転機は、突然訪れた。
政府。
国民の幸福を守ると謳いながら、人体実験や人材収容を行っていた。
由鶴は――その才能が「政府に障害をもたらす」と判断された。
ある日、白い部屋に連れ込まれた姉の姿を、杠は記憶の底に焼き付けている。
首には爆弾装置。両手は鍵のない手錠で繋がれ、動きを封じられていた。
それでも姉は、笑っていた。
「ねーみて杠、おねーちゃんかっこよくない?」
あの時も、同じ調子で。
看守に連れて行かれる直前、振り返った笑顔が焼き付いて離れない。
杠はその瞬間を忘れない。
「これは、俺のせいだ」と心の底から思った。
あの時、姉を憎んでいなければ。
あの時、あの感情がなければ――。
監獄での由鶴を、杠は想像することしかできなかった。
鉄格子に囲まれた薄暗い房。
爆弾首輪が冷たく光り、両手は鎖で塞がれている。
だが彼女は変わらない。
ユズル「てとー、また来たの?」
テト「あなたは収監されているのですよ、33番」
ユズル「あははっ。そーだっけ?」
テト「当たり前です」
ユズル「もー。相変わらずだね、テト」
敦賀豊斗。由鶴幼馴染でありながら、今は政府の看守として由鶴を監視している
仕事に忠実で妥協はしない。だが、由鶴にかかれば言葉ひとつで足元をすくわれる。
強がってみせても、由鶴の言葉には常に翻弄されていた。
由鶴は檻の中でも笑っていた。
人をからかい、挑発し、余裕を失わなかった。
けれどその笑みの奥に――弟にだけ向けられたものがあるのを、杠は知っている。
世界は、何事もなかったかのように進んでいる。
――自分は、今こうして平凡に生きている。
――姉は、今も檻の中にいる。
あの日、自分が抱いた憎しみ。
あの日、姉を突き放した視線。
それらがすべて、由鶴を檻の中へ追いやったのだと、杠は信じていた。
けれど最後に残るのは、あの笑みだった。