「やあ、リアム。調子はどうかな?」
学園を休んだとはいえ、特に調子が悪いわけでもない。そんな状態で王太子を自室に通すわけにはいかず、侯爵家の応接室に通してもらい、俺は急いで身支度を整えてやってきたところだ。
ナイジェルの案内で室内に入ると、レジナルドがにこやかに挨拶をしてきた。
調子は悪くないが、お前の顔は見たくなかったな……と心中で毒づきながらも俺は笑顔で頭を下げる。
「レジナルド王太子殿下……ご機嫌麗しゅう存じます」
「休んでいたから心配になってね。意外と元気そうで安心したよ。先輩、で構わないよ」
座って、と示すようにレジナルドは自分の前にあるソファを手で指した。
俺は、ありがとうございます、と言いながら指し示された場所へと座る。
「怪我は、昨日にノエル君が治してくれたのですが、両親が心配症で」
「ずっと隠してきた息子だからね……心配するのもわかるよ」
ふ、とレジナルドは笑った。特に馬鹿にしたようなものではない。
俺は自分から社交界にあまり出なかったりもしたし、色々と外聞を考えて両親ともにそういう話にしているのだろう。
「……今回は、ディマスが迷惑をかけてすまなかったね」
レジナルドがそう口にする。……俺は少しばかり吃驚してしまった。てっきり、今回のこともそれなりに愉しんでいるのだろうと思ったからだ。元凶はレジナルドではあるが、そう仕向けたわけじゃないことくらいは俺にも分かる。俺は、いいえ、と首を振る。
「いえ、まあ……レジナルド先輩が悪いわけじゃないので……ええと、ディマス様はその後いかがですか」
ノエルから様子は聞いているものの、会話の流れを切るわけにはいかず、俺がそう問いかけると、レジナルドは苦笑を漏らした。
「……相変わらずだよ。昔からああだからね、彼は」
うーん……昔からの知り合いで、ディマスは目に見えてレジナルドに好意を向けている。国家間の話をしてもグラーベと縁戚になるのはそう悪くないはずだ。
「……あの」
「うん?」
「レジナルド先輩は、ディマス様が……レジナルド先輩をお好きなことは……」
「……ディマスは分かりやすいからね。ただ私はディマスのことを手のかかる弟のようには見ていても、それ以上それ以下でもないね」
レジナルドはきっぱりとそう言った。これ以上は俺がどうこう踏み込めるところではない。が、割と俺は巻き込まれているわけで……。
「それは、その……ディマス様には仰ったんですか……?」
レジナルドは困ったような表情を浮かべて、笑う。
「あまりね……強くは言えない立場なんだよ、私は。ディマスはグラーベにおいて王位継承権こそ低くはあるが、大事にされていないわけではないんだ。妃腹だしね」
ディマスは俺にとって完全にイレギュラーで、その素性を詳しく知っているわけではない。何せゲームには出てこない人物だ。なので俺は伝え聞く情報しか知らなかった。自分で調べるということもしなかったし。
……確かに、レジナルドからしてみればディマスという存在は結婚を考えていない限り、少し厄介だ。妃腹と言えば、グラーベ王妃の子ということだし、それなりに重要視はされているだろう。そういう相手がレジナルドに友情で近づいているならば、それは良いことなのだろうが、ディマスの場合、明らかに恋心である。それもかなり強力な。こう考えていくと、やや自分の浅はかさが窺えてしまう。
「まあ、私も特殊な方ではあると思うよ。この年齢まで婚約者は決まっていないしね」
「ああ……まあ、兄も居ませんし……そういうことも、たまにはあるかと……」
レジナルドの婚約者が決まっていないのは、恐らくゲーム補正というやつだと俺は思っている。キースにしても恐らくそうだろう。その他の攻略対象者にだって、そういう相手は存在しない。しかし、実際の話をするならば、この世界において結婚適齢期はかなり早い。幼少から婚約者がいるのが一般的だし、本来であれば妃教育を考えると断然早い方がいい。何せ一国の王妃ともなれば誰もかれもが務まるわけではなく、対外国を見据えた教養と知識は必ず必須だ。
その中で、俺を含む関係者及び攻略対象者だけが婚約者がいない……というのは少々異常な話だが、そこは完全にスルーされているので、ゲーム補正としか言いようがなかった。
「キースの場合は……君が原因だろう?リアム」
「え?」
「彼は優秀だからね。私の家庭教師として王宮に来ていた時もあるんだよ。その時から君のことを話すときは常に蕩けるような笑顔だったからね」
お、おお……兄よ……そんな前から俺は狙われてたんかい。改めて他人伝手に聞くと若干恥ずかしいものだ。頬が熱くなるのを感じながらも、俺は誤魔化すように笑う。
「それはまた……なんとも……」
「君こそ、キースの求婚はうけないのかい?」
求婚って……いや、そうだな。結婚って騒いでるもんなぁ……うちの家族全員。いや、使用人も含めてだ。アンは「お衣装はどうします?」と最近頻繁に聞いてくる。ほんっと、外堀埋められまくりなのだ。
「い、や……最近まで、兄と思っていたので、そうなかなか……」
キースのことは嫌いではない。が、いますぐどうこう考えられるほど恋愛能じゃない。これがな!綺麗なお姉さまだったらちょっと違ったと思うけど……!俺はドがつくノーマルだ。レジナルドは俺の答えを聞き、ふむ、と考えるように首を傾げた。
「じゃあ、キースと結婚する気はないのかい?」
「へ?いや、まあ、なんというか……」
もうこの会話止めてほしいばかりの俺だ。
難しいんだよな、答えが。……てか、誰か聞いたりしてないだろうかこの会話。
ナイジェルは俺が入ると同時に下がりはしたが……この邸内、ほぼ全員がキース派なのだ。
「そう。ならば……」
すっとレジナルドが立ち上がる。
そのまま俺の座る前まで来ると、俺の片手を取った。
そうして、自分の口元に俺の指先を持っていく。
「私の妃になるかい?」
素晴らしい笑顔でそう囁いた。
…………男ですやん…………。
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