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「君の命は、もって1年だろう」
「えっ……」
告げられたのは、雨の日のことだった。
大病院の診療室は、外の不快さを全く感じない。
でも、その時、外気と同じような暑さと湿度を感じたように、ジワッと全身から汗が浮き出た気がした。
第3話 やりたいことはなんですか?③
隣には両親もいる。
すでに聞いていたようで、私から視線を逸らした。
「どういう……ことですか?」
理解が追いつかず、再度説明を頼んでしまう。
「これが、明日菜(あすな)さんの体を輪切りにしたものだと教えたね?」
先生はパソコンの画面を見せてくれる。
たしか、MRIって言ってた。
「ここが肝臓」
「このシミのようになっているのは、わかるかい?」
「はい……」
「これが、ガンと呼んでいる部分だ」
「何度も入念に様々な検査を確認し、有名な医師にも診断してもらったのだが……」
夏休み最後の部活で倒れ、病院に運ばれた。
その時は、少し重い熱中症だった。
それから検査に引っかかる部分があったからと、再検査。
これが先週のこと。
「できれば早急に患部を摘出したい」
「すでに一部転移しているが、これ以上の拡大をさせないためだ」
「薬とか、飲むんですか?」
ガンと言えば薬。
テレビでよく見る。
抗ガン剤を飲み、副作用で変わった姿も。
「それも治療のひとつ」
「医療も進歩してきたが、ここまで進行しまっていては……」
「死ぬんですか?」
「年間約98万例が新たにガンと診断され、年間約37万人がガンで亡くなっている」
「また肝臓ガンの5年後の生存率は30%程度であるのだが、いわゆる末期だと10%もない」
「明日菜さんは、その中でもガンの進行は希少なくらい進んでしまっていている。無症状なのが不思議なくらいだ」
「そう、ですか……」
「しかし……」
「完治したという話もある」
「そうなのか!?」
「あ、あなた……!」
「先生!! どのようにしたら……!!」
「いえ、これは夢のような話だと思ってください。普通は話すようなことではありませんから……」
迷っているように、大きく呼吸をする先生。
「余命2ヵ月との診断から完治した者、明日菜さんと同じように肝臓ガンから完治した者など、いくつかの例を聞きました」
「どれも、医者が治療したわけではありません」
「誰が治したんですか?」
「患者自身です」
「もちろん医師も手助けしたはずですが……」
「具体的な方法はわかりません」
「ただ、『生きたい』という希望の力が強かったのだと、私は考えています」
「……生きたい……」
「まぁ、根拠もない希望を持たせてはいけませんが……」
「個人としては、そのような奇跡を信じたいです」
リビングのソファに、両親と座っていた。
帰宅してから、まだ口を開いていない。
「……明日菜は、どうしたい?」
「…………」
「先生は、治療をするもしないも、どうやっていくかも、よく考えてって」
「母さん、そんなに急くことはない」
「先生も、急がず考えることをすすめてくれた」
「でも!」
「……決めなくちゃ、いけないの?」
「父さんは、そうして欲しい」
「何もしないというのでもいい」
「保留でもいい」
「素直に、明日菜の気持ちを言ってくれ」
「父さんは、明日菜の心を最優先する」
「…………」
「……お母さんは、そんなことないみたいだけど」
「明日菜が私たちの子どもだからだ」
「しかし、まずは自分の心を大切にしなさい」
「……うん」
「決めるまでは、今まで通りの日常を過ごすようにと先生は仰っていたが、どうする?」
「よくわかんない」
「では、明日も同じように学校へ」
「もし、気持ちが変われば休めばいい」
「……うん」
それから、大樹が帰ってくるまで、私たちはじっと座っていた。
そして、その夜。
『保留』という答えを出した。
保留という決定。
不思議なことに、それは落ち着きをくれた。
でも、それはただ「考えない」と決めただけ。
とりあえず、言われた通り、日常生活を送ることにした。
通り過ぎていく時間が長いほど、薄れていく現実。
余命のことは頭にあっても、どこかヒトゴトのよう。
でも、それはやはり「考えたくない」だけだった。
1週間が過ぎた日のこと。
いつものように学校にいた。
余命宣告などされなかったように。
とりあえず、部活は休ませてもらっている。
「明日菜!」
昼休み。
飲み物を買いに行こうと廊下に出ると、 学(まなぶ)が声を掛けてきた。
「あのさ……」
「なに? あっ、イチゴ牛乳買ってきてくれるの?」
「具合悪い?」
「いたって健康だよ?」
ガンなんてウソのように。
全力でなんでもできる体調だった。
「先週も聞いてきたよね?」
そう、余命宣告を受けた翌日。
「なんか、ツラそうだからさ」
「大丈夫だよ。昨日食べすぎちゃったかな~」
「自分のことだろ。他人のように言うなよ」
そう……。
ヒトゴトではなくて、自分事。
それなのに、私は、今でもヒトゴト。
やばい。
この場から、早く離れたい。
怖い……。
「早くしないと、昼休み終わっちゃうから」
「明日菜!」
学は、腕をつかんでくる。
「大丈夫だって言ってるでしょ!!」
学の手を振りほどく。
喧騒が一瞬で消え、周囲の視線が集まる。
視線は鋭いナイフで刺すように。
心の中を見透かすように。
怖い。
苦しい。
無理。
私は、走って逃げだした。
人の視線が、生きている実感をくれた。
ただ、皮肉にも、
それは逃げ道を失くすことだった。
第4話へ続く