「おお!玉のような赤子だ!目は紫だよ!レイラが危惧していたヴァンパイアの特徴には当てはまらないよ!」
吸血鬼のレイラはベッドに横になり、その美しい赤い目で、愛おしそうに我が子を抱き上げる夫を見る。
「バーン。結局、貴方が危惧していた長い耳にもならなかったわね」
レイラは意趣返しにエルフであるバーンが気にしていた事を告げる。
「ははっ。そうだね。ハーフエルフでも耳は長いと聞いた事があったから心配だったけど、どうやら杞憂だったようだ。
髪も赤色でどちらにも似ていないけど、美人なのは君似だね」
「貴方も十分美形よ」
この夫婦は意趣返しをしたり褒め合ったりと、忙しいようだ。
「調子はどうだい?」
バーンナッドは食用の植物を森から取ってきて、キッチンに立つレイラへと渡しながら聞いた。
「もう大丈夫よ。ミルキィも余り泣かなくなってきたから、ゆっくり寝られるわ」
「そうか。じゃあ、明後日にここを出るという事で構わないかな?」
ここは人里離れた深い森の中に佇む一軒家。周囲を山に囲まれていて、人の気配は一切ない。
「ええ。貴方が見つけたナキ村という所へ早く行ってみたいわ」
「そうだね。周囲に強い魔物もいないし、何よりも僻地だからね。人とは関わらせたいけど、大勢だと困るからね」
娘を人族として育てたい気持ちは両親とも同じようだ。
「貴方が王族でなければ、エルフとして育てる事も出来たかしらね?」
「それはないよ。普通のハーフエルフですら迫害するような所だ。ここまでエルフとしての特徴がないものを、仲間として受け入れるとは思えない。それに僕はエルフよりも人族の方がいいな。
確かにヴァンパイアである君は迫害されてきたけど、娘にはいろんな事を経験して欲しいんだよ。何処で暮らすかは大人になって本人が決めればいいけれど、エルフの所ではそういった思考は培われないからね」
現在のエルフは保守的である。その為、国の外で暮らすのは良くないと教えられている。
「ふふっ。じゃあこのエルフさんはエルフじゃないのかしら?」
「僕は特別なのさ。君と一緒だよ」
夫婦のイチャイチャは赤子の鳴き声で終わりを迎えた。
幸せな生活が奪われたのは、すぐ目の前であった。
「じゃあ行こうか?」
「ええ。この家ともお別れね」
この家には元々レイラが一人で住んでいた。
50年ほど前にバーンナッドが転がり込んできたのだ。正確には森で行き倒れていたバーンナッドをレイラが拾ったのだが、割愛する。
「君が一人で建てたなんて、未だに信じられないよ」
「ふふ。以前人の世にいた頃に培った技術よ。今度は何を学ぼうかしら」
二人は共に永い時を生きる種族だ。その為、色々な事を学べる。
しかし、エルフであるバーンナッドはそうではなかった。エルフの国では何も変わらない日常こそを尊ばれ、寿命と比べると学びは少ない。
ヴァンパイアのレイラは、逆に色々な事を学んだ。もちろん嫌な事も多かったが、出来なかった事が出来る様になった喜びは忘れられない。
二人が談笑しながら歩いている道は険しく、また強い魔物も出る場所だ。
二人がいつもと変わらないのは、その永い生と比例して高いレベルの為だ。
「そうそう。最近やっとレベル60になったんだ。でも、人族に比べると強い人族には力では敵わないね」
「私達は仕方ないわ。それに貴方には魔法があるでしょう?私に拾われた時みたいに魔力欠乏症にならない限りは、人族なんて相手にならないわよ」
エルフとヴァンパイアは、力では人族に劣る。それはもちろん同レベルで比べればであるが。
「僕達は魔力の伸びが大きいからね。あの時の事は今思い出しても恥ずかしいけれど、今でも神に感謝しているよ。君に出会えたのだから」
「ふふふ。私もよ。あそこへ導いてくれた牡鹿には今も感謝しているわ」
いつでも何処でもイチャイチャしている二人の元に、幸せを壊す足音がやってきた。
「危険はなさそうだね。多分同胞だ」
バーンナッドが精霊魔法を使いここに近づく気配を探ると、どうやらエルフらしい。
「そう。攻撃しなくて良かったわ」
二人が話していると足音は止まり、声を掛けられた。
「バーンナッド王子!私です!こちらを!」
目の前に来たエルフはバーンナッドの知り合いのようだ。そのエルフが差し出したのは手紙だった。
「何だい?兄上?それとも父上から?」
受け取りながらそのエルフに問うが、答えは帰ってこない。
それに訝しみながらも、バーンナッドは書簡に目を落とした。
「これは・・・事実なのか?」
「はい。我らが同胞は、王子の帰りを待っています。お願いします!」
手紙を読んだバーンナッドだが、既に答えは決まっていたようで、すぐさまレイラに話しかける。
「行こう」
「殿下!!何卒ご再考を!民を見捨てないで下さい!」
二人の話を遮り、バーンナッドの前方へと飛び出したエルフは膝をつき嘆願した。それを見たレイラは、バーンナッドが未だ持っている手紙を奪い、それを一読した。
「・・・・バーン。いえ、バーンナッド。貴方は国へ帰りなさい。ミルキィの事は、成人するまで私がきっと守り抜いて見せるわ」
「無理だ…君と離れるなんて、考えられない」
「私もよ。でも、貴方がいないと多くのエルフが路頭に迷ってしまうわ」
「それは…」
その後、レイラに説得されたバーンナッドはそのエルフと共に消えて行ってしまった。
残されたレイラはその後ろ姿を見送ると、ミルキィを抱え険しい山道を行く。
『バーンナッド様。長老衆のニーズホーンです。
ダークエルフの策略により、貴方様の父上と兄上が精霊の元へと旅立たれました。
このままですと、王族を失ったこの国はダークエルフ達に呑み込まれる事でしょう。
皆、バーンナッド様の帰りを待っております。何卒ご帰還のほど、お願い申し上げます』
バーンナッドは前述したようにエルフの国に娘を連れて行くわけにはいかず、離れるくらいならと国を見捨てようとした。
しかし、レイラの説得とレイラに抱き抱えられて安心しきった娘を見て決意した。
(娘と同じようなエルフの赤子もいるはずだ。それを見捨てては、娘に父として顔向けできない!)
そして別れ際にレイラへと伝える。
父と兄ですら殺されたのだから自分も死ぬかもしれない。
娘に変な期待を持たせては可哀想だから死んだ事にしてくれと、レイラに頼んだ。
半世紀も一緒にいた二人に多くの言葉はいらない。
全てを理解したレイラは頷きを返した。
そして、自身の王族の証として持っていた緑の琥珀の首飾りをレイラへと渡したのであった。
「懐かしいわね。朽ちているから補修が必要みたいね」
かなり朽ちてはいるが、面影がしっかりと残った家の前に、美しい女性が十五年ぶりに帰ってきた。
主の帰りを待ち続けた家はボロボロとなっていたが、確かにしっかりと建っていた。
そして、その女性は直した家と共にいつまでも待ち続けていく。最愛の番を。
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