五条当主へ返答してから半年たった頃からまどかは変わった。最初こそバスケをすることに戸惑っていたが、今では笑顔でシュートを放つまでになっていた。そしてある日まどかは幼い頃のようにいたずらっぽく笑い大和の肩に触れる。
「またあの頃みたいに試合がしたい」
何気なく呟いたまどかを大和やコーチで来ていた瑠奈と優馬が見つめる。試合どころかバスケをすることすら辛そうにしていたまどかが完全に吹っ切れたと確信した瞬間だった。すると優馬が恐る恐る聞く。
「2人とも今俺がコーチしてるU20男子日本代表に合流してみる?」
U18は小学生の時にまどかちゃんが1人で圧倒してたからと語尾につけて大和の方を見た。まどかは過去U18日本代表で起こった試合を思い出し固まる。まどかは優馬の方へ歩いていく。
「私の正体を一切明かさないなら…いいよ」
意外なまどかの答えに驚きつつも代表合宿に合流することが決まった。
「今日からこの合宿に参加する2人だ。」
自己紹介をする前に大和の周りに人が集まった。大和は神童でキャプテンをしており全国大会にも毎年出ていたため有名だった。
「神童の成瀬くんじゃん!俺ファンだわ。ところでそっちのちっちゃい子だれ?」
まどかは仮面をつけているため正体はバレていない。どう答えるか迷っていると優馬が俺の幼馴染で大和の親戚と答えて大和に目配せをしていた。まどかは複雑に思いながらも母の旧姓を名乗った。
「桐生まお、高一です」
U20男子日本代表にただの高校生女子を入れることにざわざわしていたが優馬の一言で収まった。
「この子、大和より強いぞ」
大和より強い即ち高校生最強ということだ。瞬時に理解した代表達はざわざわするのをやめて練習に戻った。
ひと通り練習が終わり自主練の時間になるとキャプテンが近づいて来た。
「大和!久しぶりだなぁ。5年ぶりか。」
大和とまどかは思わず目を見開く。声が低くなり、身長も伸びているが間違いなく大好きだった唯一の味方。
「隆二兄ちゃん?!」
大和は満面の笑みで駆け寄っていく。隆二は5年前とは変わらず1on1でもするかと言い大和とコートへ入って行った。まどかは懐かしい光景を見てふと涙ぐむ。2人の勝負は長く続いたが、隆二の勝ちで終わった。汗を拭う大和に隆二は問いかけた。
「そういえば5年前一緒に来てたまどかは一緒じゃないの?」
一緒にいるまどかは仮面を被り、偽名を使っている。しかも5年も経つと背丈も声も変わるため分かるわけが無い。
「ああ、まどかはあの時の試合の後バスケ辞めちまったんだ。それでも前に進もうと最近またバスケ始めたよ。だから気にしないで大丈夫」
大和の話を聞き悲しそうにした隆二はまどかの方へ行き、手を引いた。
「まおちゃんも俺と1on1しようよ!」
いつものまどかなら冷静に断っただろうが隆二の手の温もりに懐かしさを覚え、ついて行った。
1on1が始まり大和や他の自主練しているメンバーが見守る中まどかは隆二からボールを奪う。勝つことは愚かボールを持つことすら出来ないのじゃないかと言っていた代表達はしんと静まり返る。まどかは持ち前の瞬足で素早くインサイドへ切り込みレイアップシュートを決める。隆二はまどかの動きを見ていつの間にか本気になっている。大和相手でも苦戦していなかった隆二がまどかにいいようにされている姿は他の代表たちの目にも焼き付いた。どれだけシュートを決めても返してくる隆二を見てまどかはバスケの楽しさを思い出す。
「やっぱりバスケ楽しい…」
そう呟いてまどかはハーフラインから3Pシュートを放つ。綺麗な弧を描いているボールはリングにかすることなくネットを揺らした。勝利したまどかは振り向いて大和を呼ぶ。
「大和も私とやろうよ1on1」
U20キャプテンを下してすぐに高校最強と言われている大和へ涼しい顔をして話しかけているまどかを見て優馬は末恐ろしいと感じた。
一方で隆二は違和感を覚えた。手の感触、爪の形、喋り方、声も背丈も違うのに5年前の少女が思い浮かぶ。当時小5の少女、伊集院まどかもどれだけ動いても涼しい顔をしていた。彼女と同じ世代、大和の知り合いで対等に話せる女の子。偶然が重なりすぎていることに気づき、隆二は1つの仮説を立てた。“桐生まおと伊集院まどかは同一人物”。隆二が色々考えている間に大和とまどかの1on1が終わる。
まどかは激しい2連戦に疲れを見せず相変わらず涼しい顔をしている。しかし身体はついていけても仮面はついていけないかったようだ。激しい動きの連続に仮面を止めている紐が解け“カタン”と音がした。仮面が床に落ちる音だ。全員が見る前に大和はまどかの顔を隠そうとするが遅かった。いや、動けなかったのだ。大和の体力は既にそこをついており、立ち上がるのがやっとだった。隆二がつぶやく。
「まど…か?」
隆二の言葉を聞きまどかは隆二へ駆け寄る。
「隆二お兄ちゃん、黙っててごめんなさい。」
そう言ってまどかは黙ってた経緯を隆二へ伝えた。幸いまどかは他の代表たちへは顔は知られておらず安堵した。しかしもうひとつの秘密を知られてしまう。
「神童のバケモノ」
誰かが呟いた。最初の一言を気にも止めていなかったまどかは後に噂が広がることを知らなかった。バスケットボール界へは桐生まおが神童のバケモノだったと広まったのだった。
桐生まお=神童のバケモノ。U20男子日本代表の試合を見ていた人々はそう確信した。大和は噂が広まるとまどかの心配をし、家まで走って行ったくらいだ。だが、大和の心配は必要なかったのかまどかは落ち着いている。「まどか、噂聞いた」黙っていても心配しているという空気が溢れ出ており、まどかはくすっと笑う。「別に大丈夫よ、本名じゃないんだし」
あの後大和は優馬に呼ばれU20男子日本代表のスタメンになった。まどかも男装させたら男子日本代表に入っても違和感無いかもしれないと試そうとする優馬を瑠奈が止める。渋々了承した優馬は最後までまどかを誘っていたとか。日本代表が親善試合で勝利を収めて帰ってくると、特に活躍した大和と隆二は一躍有名人になった。
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