先日、私の懐妊が披露され各所からゾルダークへ祝いの品が届き始めた。その数は多く、子供用品から花束など多種にわたる。使用人が階級毎に分け、品を確認し、私がお礼状を返さなければならない。カイランへ頼むこともできるが彼は忙しい。座って書くだけなら私でもできると自ら申し出た。急ぐ必要はないから高位から順に書いていく。
朝はハンクと共に目覚め、朝食をとり、私は礼状を書くため自室に残り、ハンクは執務室へ戻る。日課の散歩は、ダントルを連れ昼間をすぎた時に欠かさず行い、ハンクが作ってくれた歩道を歩く。近頃は先回りしたライナが四阿に果実水を用意して休めるようにしてくれる。日傘を差し花を愛でながら歩いていると、ダントルが私の前へと立ち塞がる。横から顔を出すと男の人が二人、歩いて花園の奥から近寄る姿が見える。一人は遠くからでも目立つ近衛の姿。全身白い隊服を着込み、揃いの帽子を目深に被っている。近衛を連れているのは王族、私はダントルに下がるよう命じ、その場で立ち止まる。
「いらっしゃいませ陛下。今日は普通の陛下ですのね」
前回は庭師に変装していたが今日は王族が多用する金を纏った姿だった。
「やあ夫人、直接祝いたくてね。懐妊したって?おめでとう」
「ありがとうございます。沢山の方から祝いの品も届きましたわ。先触れはせずこちらへ?また閣下が怒りますわ」
ここはゾルダークの庭、私が気安く話しても許されるだろう。不敬なことは言ってないもの。
「先触れをすると警戒するだろう?だから突撃したんだよ。ホールには近衛が数名、私は回り込んで夫人に突撃だ」
またホールでは行方不明になってると騒ぎがおこっているかしら、でも二度目なら皆も落ち着いているかもね。ハンクは怒りそうだけど。
「私にご用ですの?もう庭師はやめましたの?」
陛下は笑い、庭師には二度とならないと言う。
「ここは新しいね、前回はなかった。君のために作ったかな?」
私は微笑み頷く。
「とても気に入ってます。疲れたら休めるよう四阿も作ってくださいました」
「愛されてるね。では四阿まで共に行こうか」
陛下は腕を曲げエスコートしてくださる。日傘をダントルに渡し、陛下の腕を取る。
「あいつは喜んでいるかな?初孫だ。息子より可愛がるかもしれないな」
「ええ、可愛がってもらえると嬉しいですわね」
無難な答えに留めておく。知らない者が後ろで聞いているのだから、気を付けないとならない。四阿に着くと果実水が置いてある。近衛は四阿の入り口に控え、ダントルは外へ目を向け侍る。私は座り器に注ぐが、陛下は飲まれないだろう。
「私にもくれ」
「よろしいんですの?」
毒見がいない。器に細工してあれば毒を受ける。
「君の近くに毒などないだろう。そんなことあいつがするとは思えない」
少し誤解を招きそうな言葉ではあるけど、飲みたいのなら望むままにするだけ。果実水を器に注ぎ陛下に渡す。一気に呷ってしまった。
「冷たいな。氷を入れているのか」
私は笑んで頷く。そう、氷が使われている。私はいらないと言ったのにハンクが命じてしまったのだ。喉ごしが良く美味しいのだけど高いのよね。陛下はおかわりを求め、私は器に注いで、自身も飲む。
「美しい四阿だね。日が傾いても当たらないように格子にして、外から中は見えにくいが風は通す、考えられてる…近衛は目立つか…見つかったなぁ」
陛下は呟くと机の下に入り込む。荒々しい足音が私にも届いた。振り向くと、格子の間から曲がりくねった歩道を真っ直ぐ突っ切って、足早に四阿へ向かってくるハンクが見えた。花達が大きな足に潰されて…なんてこと。ハンクがとうとう四阿に入り、下を見下ろす。
「何をしている」
ハンクに怒られると知っていて同じことをする陛下は何がしたいのかしら。
「閣下、こちらに隠れているのは陛下ですわ。お祝いに来てくださって、共に花園を歩きましたのよ。見てくださいな、閣下の進んだ跡の花達は潰されましたわ」
ハンクは振り向き、惨状を眺めている。
「何とかする」
何とかするのは庭師なのに、潰された花は洗って花びらを盥に浮かべて愛でるしかないわ。
ハンクの言葉を聞き流し果実水を飲む。
「怒ったのか」
「いいえ、怒ってなどおりません。潰れた花達の行く末を考えておりましたの」
私は微笑み答える。潰れてしまったのは仕方ない。私を心配しているのだから、悪気はないのを知っている。
「閣下も飲みますか?冷たくて美味しいですわ」
ああ、と呟いて椅子に座る。足下にいる陛下のことは忘れているようね、狭そうだわ。私はハンクに果実水の入った器を渡し、下を指差す。思い出したのか、一口で飲みきり陛下に問う。
「何をしている」
陛下はやっと机の下から這い出し、椅子へ座る。
「夫人に祝いを言いに来たんだよ。初孫おめでとう」
ああ、とそれだけ言って終わらせている。
「今度は近衛に変装か。何がしたい?」
私は陛下に侍る近衛に振り返る。誰が近衛に?近衛は帽子を外し顔を晒す。金髪碧眼の王太子が近衛をしていた。
「ゾルダーク公爵、よくわかったな。夫人は気づかなかったのに。最後まで隠し通すつもりだったんだがな」
「ドイルと後ろ姿が似ている、立ち方も近衛の真似にしか見えん」
私には近衛にしか見えなかったわ。難しいのね。
「怒るなよ、俺がゾルダークへ忍んで行くのを知られてさ。くっついてきたんだよ」
陛下が申し訳なさそうに話す。王太子がいるならば発言に気を付けなければいけない。
「公爵と夫人は随分気安いんだな」
先程のやり取りを聞いてしまうと、そう思っても仕方ないわね。
「ハンクは家の中ではこんな風なんだろ」
陛下の誤魔化しも無理があるわ。納得しないわよね。
「なんの用だ、祝いだけではないだろう」
陛下は頭をかき、私と王太子に離れるよう頼む。王太子は日傘をダントルから受け取り、私は曲げられた腕に手を添え、四阿を出て歩道を歩く。何を話すのかしら、陛下はご存知だから子のことを話すの?歩道を歩きながら王太子が話し出す。
「公爵が人に気を遣うところなど見たことがなかったが、大切な跡継ぎを宿しているのだから心配もするだろうな」
ええ、と答えるだけにしておく。この人はよく知らない。陛下はハンクと親しいけれど、王太子はまた違う、警戒はするべきね。
「君のための花園だと聞いた、小公爵は心変わりが早いな」
なんだか嫌味っぽいところがお兄様と似ているわね。
「心は己だけのものですわ。迷惑を掛けず好きなように想うのは自由です」
「夫人は年下なのに悟りが早いな。羨ましいよ。想うだけでは足りなくなる、誰かを傷つけてもどうしても欲しくなる。そういう想いもあるだろ」
マイラ王女とは上手くいってないのかしら。他に想う人がいる言い方ね。そんな方がいらしても隣国との婚姻は成されるのだけど。
「立場とは時に邪魔でしかないですわね。夫も彼女の爵位が上ならば、私と解消していたかもしれませんわ」
アンダル様が同じ想いを抱かず、彼女の生まれが伯爵程度なら、アンダル様の真似をしてハンクを説き伏せることもできたかもね。
「君は小公爵を好いてはいないのか?仲良く見えたがな」
「好く好かないの話になる前に男爵夫人が現れましたもの。どうなることかと、そちらに意識が向いてましたわ」
全くだ、と言って王太子は笑っている。顔は陛下に似ているのに、年の割に大人びているのね。
「夫人は貴族の見本だな、アンダルが心底馬鹿に見える」
そうですね、なんて答えられない。この人の弟なのだから、微笑んで黙るを選ぶわ。
「父上は私の子とゾルダークの子の婚約をお願いしているかもしれないな。こちらはまだ婚姻もしてないが」
王家は望むでしょうね。けれど、益がなければ無駄話よ。
「閣下に従いますわ」
ハンクに押し付けて、答えを返す。
「君は公爵が怖くないようだね、花を踏み潰しながら向かってくる様は悪魔のようだったよ」
「悪魔ですか、絵画でしか観たことがないのでわかりませんが、閣下は鷲に似ていて…」
素敵なお顔だと言いそうになり、黙ってしまう。
「鷲?猛禽類の?確かに似ているな…鋭い目なんかそっくりだよ。上手い例えだ」
悪魔は秘密にしてくれ、と私の耳元で呟く。王太子は四阿へ顔を向け頷いている。
「密談は終いのようだ、戻ろうか」
歩いた道を戻る。私に合わせた歩調でかなりゆっくり歩いてくれたから疲れてはいない。四阿に着くと、陛下はまた来る、と言って王太子と邸の方へ向かい去っていく。
残された私は椅子に座り果実水を飲む。ハンクは離れたときのまま動いていない。
「よろしいの?」
このままここにいてもいいのか聞いてみたけど、ああ、と答えるのみ。陛下はただ話しに来ただけらしい。
「嫌な思いはしなかったか」
王太子に何か言われたと思っているのね。
「ええ」
ハンクは立ち上がり私の隣に腰かけ、下腹を撫で、変わりないかと聞いて私は頷く。私の耳元に近づき、低い声で囁く。
「王太子がこうしてた、何を話した?」
ハンクの声は腰に響く。私が弱いことを知っていて意地悪をする。睨んでやると口角を上げ楽しんでいた。ここは外なのに信じられない。口を固く結び黙り込む。太い指が耳を撫でくすぐり、休んでから戻れ、と耳元で告げ、一舐めして歩道を歩き邸へ戻っていく。私は体の火照りを冷ますため、果実水に口をつける。
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