テラーノベル
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家に戻ってから、1時間ほど経った頃だった。 玄関の方から、「はーい、洸くんが帰って来ましたよ~」と、弦くんの少しおどけたような元気な声が聞こえてきた。
その瞬間、俺たち3人は同時に勢いよく椅子から立ち上がり、我先にと玄関へ走っていく。
「洸! おかえり! 疲れたやろ? はよ家入り!」
まるで小さい頃の洸くんに言うように、元宮さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ほら、洸くん、美味しいご飯いっぱい用意してるで? おとうとあらたせんせが作ってくれたからな?」
もう空ですら、サプライズの段取りなんて完全に忘れている。誰が一番に洸くんの機嫌を取れるか合戦が始まったみたいや。
「いや! 洸の大好きなあらたせんせもおるやん! ビックリやなぁ、洸!」
渋っている洸くんの背中を強引に押しつつ、弦くんだけはまだなんとか『サプライズ感』を保とうと必死に盛り上げてくれている。その姿に思わずクスッと吹き出してしまい、お陰でさっきまでの沈んでいた気持ちが少し晴れた気がした。
「……洸くん、おかえり」
怒っている本当の理由はまだわからないけれど、それでも原因は俺でしかないから。真っ直ぐに目を合わせて声をかける。
「いや、待って!! 花束出しっぱなしやん!!」
洸くんの背中を押してリビングに入ってきた途端、弦くんの絶望と怒りと呆れが混ざった叫び声が響いた。
ほんまや、テーブルの上に空が買ってきた花束が堂々と鎮座している。洸くんの行方のことしか頭になくて、全員まったく気づいてへんかった。
肝心の洸くん本人は、チラリとそれを横目で見ただけで、理解するまでにはまだ頭が回っていないみたいや。
「……洸くん、なにかあった? 俺、何か怒らせるようなことしたなら、ちゃんと謝りたいんやけどな」
俺は洸くんの手をそっと握り、彼の顔を覗き込んで様子を伺う。なんだか、子供の頃に泣いている彼をあやしていた時を思い出すな。
「……俺、さっき、聞いてもうた。あらたせんせには、ずっと前から婚約者がおるって」
「あ……、もしかしてさっき一回帰って来てたん?」
このシリアスな空気に全くそぐわない、軽いトーンで元宮さんが声を出す。
「……俺があらたせんせを好きなん知ってて、おとうもあらたせんせも隠してたんやろ!」
本気で傷つき、怒りながら涙目になっている洸くん。
ごめん、洸くん。めちゃくちゃ不謹慎やけど、今の洸くんがあまりにも愛おしすぎて、周りの大人たちはみんな、目尻下げて笑い堪えるの止められてへん。弦くんもギリギリ忘れてるかなって思ってたけど、その顔はちゃんと覚えてる顔やな?
「……洸くん、これ、覚えてない?」
俺はポケットから、小さなジュエリーボックスを取り出した。
そっと蓋を開けると、20年もの間、俺が大切に守り続けてきた『折り紙で作られた指輪』が、少し色褪せてはいるものの、その時の姿のまま現れる。
「……何、これ?」
「あ! これ、俺が作ったやつやん! 覚えてるわ、なつかし~!」
弦くんがニコニコしながら俺の顔を見てくる。「大事に持っててくれてありがとうね、新先生」と作った本人の弦くんが一番嬉しそうや。
「……おとうとあらたせんせだけじゃなくて、みんな覚えてるで?」
「覚えてへんの、洸だけやな」
空が優しい声で言い、弦くんがイタズラっぽく洸くんに微笑みかける。
「……これな、洸くんが5歳の時に、俺にプロポーズしてくれた時の指輪」
「……え?」
洸くんの思考が完全にフリーズした。それを見て、周りが我慢できないと言った様子で、急かしてくる。
「もう、もうええから、洸が可哀想で見てられへん!新、いってもて!」
固まっている洸くんを尻目に、元宮さんに背後から俺のお尻をポンと叩かれて、
「これ、はよ! 持って!」と空に花束を渡される。
そうやんな。はよ、この盛大に拗れた地獄の空気を変えるには、クライマックスまで一気に早送りせな、前に進めへん。
俺はアネモネとホワイトローズの花束を両手で抱え、一歩、洸くんの前に踏み出した。
「……洸くん、俺は、洸くんのことが大好きです。洸くんがこの指輪をくれた時から、ずっと俺は洸くんのものでした。……改めて結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」
今は、周りでニヤニヤしながら茶化してくる吟遊詩人3人を気にしてる場合じゃない。
俺のこれからの人生を、目の前の愛おしい彼に全部預ける覚悟で、真っ直ぐに気持ちを伝えた。
数秒の静寂の後、洸くんは、ようやく事態の全てを飲み込んだようだった。
涙で濡れた瞳に、いつもの穏やかな光が戻り、愛おしそうに微笑んで、俺の手から大きな花束を受け取ってくれた。
「……はい。俺もあらたせんせが大好きです。きっと……20年前からずっと、あらたせんせしか好きじゃなかった」
一生懸命に言葉を繋いでくれようとしているのは、痛いほど伝わってくる。でも、今の洸くんは嬉しさと涙でもう限界みたいや。
愛おしさが抑えきれなくなって俺は彼の身体を、包み込むように強く強く抱きしめた。
誰かに見られて恥ずかしいとか、ええ歳して何やってんねんとか、もう、洸くん以外のそんなことなんて、どうでもよかった。
腕の中で、洸くんが子供みたいに声をあげて泣き始める。
『あなたへの純粋な愛を心から固く誓います』
部屋中に広がる家族の温かい茶化し声と、爽やかな花の香りに包まれながら、俺は20年越しに、ようやく本当の家族になろうと彼と一緒に一歩を踏み出した。
コメント
1件
いやもう、20年越しのプロポーズとか反則すぎるやろ……!!😭💕 折り紙の指輪出てきた瞬間、私も鼻水止まらんくなったわ。しかも周りの3人が茶化しながらもめっちゃ温かいし、洸くんが子供みたいに泣き出すとこで完全に感情持っていかれた……。おめでとうあらたせんせ…!! この家族の空気、尊すぎる…😭💐