テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
699
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『ぐううぅぅぅ~』
幸せな抱擁の最中、俺たちの右側から、お手本とも言えるようなお腹の音が可愛らしく響き渡った。
「もう! 弦!雰囲気台無しやん!」
洸くんがその場に日常を取り戻そうと、少し笑いながら弦くんの方を見る。
「え、…………あ、ごめん。めっちゃお腹空いてもて」
呆然としていた弦くんが、一拍おいて、いつもの笑顔で笑いながら頭を掻きむしった。
「ほんま、いつまで経っても子供なんやから」
なんて洸くんは呆れていたけれど、俺はしっかりと見たで? 隣で空が耳を真っ赤にして、少しニヤけながらキッチンに逃げていったのを。
洸くんの事といい、今の空の事といい、ほんまの弦くんはどこまでも不器用で男前なんやから。おじさん、胸がキュンキュンしてたまらんわ。
「……洸くんもお腹すいた?」
「ん、」
洸くんは泣き腫らした真っ赤な目のまま、まだ名残惜しそうに、空いている方の手で俺の服の裾をぎゅっと掴んでいる。さっき公園で「近づかんといて!」と絶叫してた落差が凄すぎて、愛おしいと同時にちょっと笑ってしまう。
「ほら、弦も洸も、空のお手伝いしてきて」
「「はーい」」
と、まるで双子のように2人が返事をしてキッチンへ向かう。それを見送りながら、俺は元宮さんと目を合わせてふふっと吹き出した。
「新、ごめんなぁ。早とちりな息子で」
「いーえ。2人とも純粋で、愛がいっぱいのいい息子さんに育ちましたね」
「ほんまになぁ。空と新のお陰やわ」
「でも、俺たちがこうして集まったのは、そこに『ボス』がいたからですよ?」
「……あ、俺のことか! ボス! ええなそれ!」
元宮さんは一瞬だけきょとんとした後、まるで子供みたいに嬉しそうに笑った。
でも、冗談抜きで。俺たち全員がこんなに温かい家族であり続けられたのは、紛れもなくこの人が真ん中でどっしりと笑っていてくれたからだ。
辛いことがあっても、不器用でも、いつだって大きな背中で俺たちのこの家を守ってきてくれた大黒柱。
「これからも、よろしくお願いしますね。ボス」
「おう! 任せとけ!」
元宮さんは少し照れくさそうに鼻頭を掻きながら、だけどどこか誇らしげに胸を張る。
そんなボスと2人で笑いながら、手際よくテーブルをセッティングし終える。
◇
全員でテーブルを囲むと、さっきまでの地獄のような空気はどこへやら、いつものコメディのような賑やかな食卓が広がった。
「とりあえず、めでたしめでたしみたいになっとるけどな! 俺はこの先一生、貴方達のサプライズの協力はしません!」
「まぁええやん、めでたしめでたしなんやから」
空が弦くんを宥めながら、ハンバーグを一口食べて「美味しい!」と目を丸くして驚いている。
「それは! 俺以外口にしたらあかん言葉やからな! 特に新先生! ほんま! あんたは天然の域を逸脱してる! 公園に呼びにきた時は、ブランコからバックドロップしそうになったわ!」
「……いや、サプライズを忘れてた訳やないねんで?」
急に向いた俺への矛先に、苦笑いしながら返す。この怒涛のコントに入れてもらえるのは嬉しいけれど、いかんせんこういう掛け合いに慣れてへんせいで、「バックドロップ」に対する正しいツッコミ方が瞬時にわからんかったのはめちゃくちゃ悔しい。
「……あの時な、洸は家に帰りたくない理由を頑なに言わんから、お兄ちゃんは和ませて聞き出そうと必死やったんよ! なのに洸は、新先生が来たせいでブチギレだしたし!」
今にもその鼻息で鼻水まで吹き出しそうな顔で、弦くんがフンスフンスと怒っている。ほんま、この人は怒っても面白いの、ずるいからやめてほしい。
「……でも、しょうがないやんなぁ? 勘違いしちゃったんやもん。それに、もう終わった事やし、よくない?」
「洸も洸やで! サプライズを察せよ! お前より先に新先生が家に来てご飯作っとるとこ見たんやろ? サプライズに決まっとるやろ!! それに新先生に前から婚約者がおったら、この歳やったらとっくに結婚しとるわ!!」
──ウッ。
流石にそれは胸にグサリときた。俺が洸くんへの愛を拗らせすぎて、45歳まで独身難ありになってたの、完全に見抜かれてそうやな。
「……それは被弾やろ。なんか、俺可哀想。あらたせんせ、お兄ちゃんがいじめる……」
くすんくすんと洸くんがわざとらしい泣き真似をして、俺の腕にしがみついて助けを求めてくる。
あー……かわい。かわいぃなぁ。こんな可愛い洸くん見せてくれてありがとな、お兄ちゃん……なんて、デレてる場合じゃない。とりあえず、弦くんの怒りを鎮めてあげな、いつまでもこのパーティーは終わりそうにない。
「弦くん、ほんまにありがとうな? 弦くんがおらんかったら、こんなに幸せな結末にはならんかった。流石お兄ちゃんやわ」
「え……いや、そんな褒められても何も出んで?」
弦くんが少し照れくさそうに頭を掻きながら、ようやくハンバーグを口にした。次の瞬間、「うんまっ!!」って目ん玉をひん剥いて喜んでいる。素直にもっと早く食べたらあったかくて、もっと美味かったのになぁ。残念。
「……それにしても、洸からあんな言葉が出るとはなぁ……」
元宮さんが、しみじみと洸くんを見つめて、感慨深い顔をした。
「ん? 俺?」
もうすっかり日常モードに戻ってしまった洸くんは、自分がさっき何を言ったかすぐに思い出せずに首を傾げている。
『きっと……20年前から、あらたせんせしか好きじゃなかった』
彼が俺に伝えてくれた、あの渾身の告白。
それを思い出した俺は、今更になって顔中が熱くなり、心臓がバクバクと激しく主張を始めだした。当の本人が忘れてるのに、俺だけときめいてるの、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいねんけど。
「……20年前はおとうが1番好き、言うてたのになぁ。あれは……嘘やったんか……」
ズズッと鼻を啜りながら、元宮さんが早くも目に涙を浮かべる。いや、元宮さん、泣くん早いて。ショックやからって、こんなとこで泣いたらあかんて。
「嘘やないよ。恋として1番好きなんはずっとあらたせんせやけど、その他の人間の中では、おとうが一番好きやし尊敬してる。くうちゃんは2番目ね」
ハンバーグをもぐもぐと食べながら、洸くんはまた、しれっと真顔でとんでもない事を言う。
元宮さんは「おぉ……!」と心臓をキュンとさせられてるし、空はその絶妙なツンデレに悶絶している。やけど──俺はもう、その横で完全に忘れ去られ、絶望の淵に立たされているであろう彼の存在に気づいてしまった。
「……洸くん、お兄ちゃんをお忘れではないかな?」
ポツリと、限界を迎えた弦くんから放たれた悲痛な言葉。
「弦は、弦の中で1番好き」
少し考えた後、洸くんの口から聞こえてきた奇妙な答え。
「弦」という、世界に一人しかいない独立したカテゴリーでの第1位。
もはや哲学の領域に達したその返答に、俺たち全員の頭の上に「???」が浮かび上がる。
誰もそれ以上突っ込めないまま、リビングにはカチャカチャという食器の音だけが響き、俺たちは無言で静かにご飯を食べ進めた。