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『好きだから冷たくした、なんて言われても』~i×s~
side佐久間
会議室の空気が今日も和やかに揺れている。
長机の中央に広げられた色鮮やかな企画書の束を囲みながらうちの部署と別部署の合同プロジェクトメンバーたちが活発に意見を交わしていた。
ホワイトボードの前に立ち手際よく議論をまとめるためにペンを走らせているのは今回の共同企画で中心的な役割を担っている照だった。
窓から差し込む午後の柔らかい日差しが照の整った横顔を照らしている。
「あ、ごめん岩本くんここのスケジュールのところなんだけどさ。少し厳しくないかな?」
「はい、どこですか?ああなるほど。確かにここの調整はシビアですね。そこは少し余裕を持たせておいた方がいいかもしれないです。もしあれなら僕の方で業者の手配を前倒しで進めておきましょうか?」
「助かる!岩本くん仕事早くてほんと頼りになるわ」
「いえいえ、これくらい全然大丈夫ですよ。気にしないでください」
同僚の先輩からの急な相談にも照は嫌な顔一つせずに柔らかく微笑んだ。
その笑顔はとても自然で会議室の空気をより一層明るくするような心地よい温度を持っていた。
少し垂れた目尻と形の良い唇からこぼれる穏やかな声は聞いているだけで人を安心させる。
他の誰にでも照はああやって優しく丁寧に接するのだ。
冗談を言われれば楽しそうに声を上げて笑い仕事の相談をされれば真剣な顔で向き合いそして最後には必ず相手の不安を拭い去るような言葉をかけてくれる。
俺は手元のボールペンを無意識に弄りながらその光景をただぼんやりと見つめていた。
好きだなと心の底から思う。
あんな風に笑う顔も仕事に対してどこまでも誠実なところも誰に対しても分け隔てなく親切にしようとするその姿勢も全部がひどく魅力的だった。
見ているだけで胸の奥がぎゅっと締め付けられるような甘くて苦しい感情が湧き上がってくる。
けれどその締め付けられるような痛みは決して恋の甘さだけから来るものではなかった。
俺は小さく深呼吸をして意を決して口を開いた。
「あのさ、照」
「……何」
声のトーンが一瞬にして数度下がったのがはっきりと分かった。
さっきまで先輩に向けていた温かくて柔らかい笑顔は嘘のように消え去り照の顔には能面のような冷たい無表情が張り付いている。
俺は喉が引きつりそうになるのを必死に堪えながら手元の資料を指差した。
「ここのデータなんだけど昨日の段階だとまだ集計中ってなってたじゃん。これって今の時点でもう最新版になってるのかな?もしあれなら俺の方で各部署に確認の連絡入れとこうか?」
「そこメールで送って」
「え……あ、うん。分かった。後で詳細まとめてメールしとくね」
「……」
照はそれ以上何も言わずすぐに視線を俺から外し冷たい横顔のままホワイトボードへと向き直ってしまった。
まるで俺との会話を一秒でも早く終わらせたかったかのような氷のように冷たくて短い言葉だった。
会議室にいる他のメンバーたちも急に冷え込んだ空気に一瞬だけ戸惑ったような顔を見せたけれど大人の対応ですぐにまた元の和やかな雰囲気へと戻っていった。
俺だけが一人だけ冷たい海の中に取り残されたような息の詰まるような気分だった。
俺にだけ笑わない。
俺にだけ声が冷たい。
俺にだけ目も合わせてくれない。
この残酷な態度の違いに気付いたのはもうずっと前のことだ。
最初は何か気に障るようなことをしてしまったのかと本気で悩みどうにかして挽回しようと空回りした時期もあった。
でもどれだけ明るく話しかけてもどれだけ仕事で結果を出そうと頑張ってみても照の俺に対する態度はいつも冷ややかだった。
必要な業務連絡以外で言葉を交わすことはなくふと視線がぶつかってもまるで汚いものでも見たかのように露骨に逸らされる。
こんなに明確に避けられているのにそれでも俺が照のことを嫌いになれないのはあの日の記憶がずっと胸の奥に焼き付いて離れないからだ。
あれは、俺が今の部署に異動してきてまだ右も左も分からなかった頃のことだった。
慣れない仕事の連続とプレッシャーで心身ともに疲弊しきっていた俺はある重要なクライアント向けの資料の数字を大きく間違えたまま提出しようとしていた。
もしそのまま気付かずに通っていれば会社に多大な損害を与え俺自身の首も飛んでいたかもしれないような本当に致命的なミスだった。
提出期限が迫り焦りで頭が真っ白になっていたあの時。
もう間に合わないかもしれないと絶望しかけたその瞬間に別の部署だった照が偶然その間違いに気付いてくれたのだ。
照は誰にも気づかれないようにそっと俺のデスクにやってくると間違っている箇所と修正案を丁寧にまとめた付箋を無言で差し出した。
『ここたぶん桁が違うね。こっちのデータと照らし合わせればすぐに直せると思うから落ち着いてやってみて。まだ間に合うよ』
パニックになっていた俺の肩に軽く手を置き照はとても穏やかなそれでいて力強い声でそう言ってくれたのだ。
その声のおかげで俺はなんとか冷静さを取り戻し震える手でキーボードを叩いて期限ぎりぎりで資料を修正し終えることができた。
無事に提出を終えた後俺は泣きそうになりながら照にお礼を言いに行った。
『本当に本当にありがとう。照がいなかったらどうなってたか……』
『気にしないで。俺も昔似たようなミスしたことあるから。佐久間が毎日遅くまで残って頑張ってるのみんな知ってるよ。一人で抱え込まないでね』
あの時、照は俺に向かって確かに優しく微笑んでくれたのだ。
少し不器用ででも心底優しくてボロボロだった俺の心を温かく包み込んでくれるようなそんな笑顔だった。
あの日から俺の照に対する感情はただの同僚へのそれではなくなってしまった。
俺を救ってくれたあの優しい人をもっと知りたい。
もっと近くで笑い合いたい。
そう思って惹かれていったのにいつの間にか照は俺に対してだけ心を閉ざすようになってしまった。
あの時の優しさはただ仕事でミスをして落ち込んでいる可哀想な同僚に対する一時的な同情に過ぎなかったのだろうか。
期待してはいけないと頭では分かっているのにそれでも心のどこかでまたあの日のような優しい笑顔を向けてくれるかもしれないと馬鹿みたいに期待し続けてしまっている自分がいる。
打ち合わせが終わり他のメンバーが次々と会議室を出ていく中俺と照だけが資料の片付けのために居残っていた。
窓の外はもうすっかり暗くなりオフィスビル群の灯りが夜空にポツポツと点り始めている。
二人きりの空間。
響くのは不要になった書類を束ねるカサカサという乾いた音だけ。
息が詰まるような沈黙に耐えきれず俺は資料を揃える手を止めて勇気を振り絞って声をかけた。
「照」
「……何」
相変わらずこちらを見ようともしない。
それでも俺は今日こそは少しでも距離を縮めたくて情けなく震えそうになる声を必死に腹の底に抑え込んだ。
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おまけ小説☆R-18『俺にだけ冷たかった彼氏、初めてのお泊まりでは甘すぎました』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「佐久間……」
「照……」
名前を呼び合うだけで胸の奥がキュンと甘く痛む。
照は俺の頬にかかった前髪を優しく手で払いそのまま俺の頬を愛おしそうに撫でた。
その指先の感触がくすぐったくて俺が少しだけ目を細めると照は俺の額にちゅっと可愛らしいキスを落とした。
そこから照のキスの雨が始まった。
額から始まり右の目尻左の目尻鼻の頭そして頬へと照の唇が俺の顔中を滑っていく。
一つ一つのキスが本当に丁寧でまるで俺の存在すべてを慈しんでくれているかのようだ。
俺は目を閉じたままその心地よいキスの雨を全身で受け止めていた。
照の唇が触れるたびにそこから熱がじんわりと広がっていき俺の心は完全に照への愛で満たされていく。
「可愛い……佐久間ほんと可愛い」
照が耳元でそう囁きながら俺の耳たぶを甘噛みする。
「あっ……んん……」
背筋にゾクゾクとするような快感が走り俺は思わず身をよじった。
照の手は俺の頬から首筋そして肩へとゆっくりと滑り降りていく。
俺が今日着ていた少し大きめのスウェットの襟元から照の手が入り込み俺の素肌に直接触れた。
照の指先が俺の鎖骨をなぞるたびに体の中の芯の部分がじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
照は本当に慎重だ。
俺が怖がらないように俺が嫌な思いをしないように一つ一つの動作を確認するようにゆっくりと進めてくれる。
それがもどかしい気持ちもあるけれどそれ以上に照の優しさが嬉しくて俺はうっとりとした気分で照の愛撫に身を委ねていた。
頭の中で俺はまた考えてしまう。
これからもっと深いところに触れられて照の全部を知ることになるんだ。
照も俺の全部を知ることになる。
怖い気持ちは全くない。
ただこんなにも俺を大切に扱ってくれる照に俺はどうやって応えればいいのだろう。
もっと俺からも触れたい。
照のことを喜ばせたい。
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
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みぅです🤍🥀 第1話、読み終わりました……。もう、胸がぎゅってなりました。 佐久間くんの「好きだからこそ、冷たくされるのが痛い」って心情、すごく丁寧に描かれていて、読んでるこっちまで息苦しくなる感じがありました。照が周りにはあんなに優しいのに、佐久間だけに態度が変わるの、理由がすごく気になります……。 思わず続き、検索しちゃいそうです。素敵な作品をありがとうございます🌙