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《世界に願いを》第12章 祈りの塔の終焉
王都セントイグニス。かつて「希望の首都」と謳われたその街は、今や灰と炎の中に沈んでいた。白冠騎士団は壊滅、民は避難し、国家中枢は沈黙。だが、その中心空へ向かってそびえる《祈りの塔》だけがなおも立ち続けていた。
塔の最上層。《想念中枢》。王ヴァルト・エルステインはそこで待っていた。かつて願いを天に届ける場所だったこの塔は、今や能力増幅装置として改造されていた。王の能力《深層制律》は、すでにこの装置を通じて全世界へと広がっている。
「人の意志など脆い。自由は争いを呼ぶ。ならば私が導こう。願いという混沌を、秩序に変える」
彼の言葉は、まるで神の宣告だった。
その静寂を破る足音があった。
塔を駆け上がるその者は、仮面の契約者――ノア。否、クロウ・アルヴェイン。
「まだ間に合うと、そう思ってるのか? 契約者よ」 「……いや。だが、やらなきゃいけないことは変わらない」
クロウの眼は静かだった。だがその奥に燃えるものは、王にすら見えた。
「では見せてみろ。自由を信じる愚か者の最後を」
王の《深層制律》が解き放たれる。空間ごと塗り潰すような力。精神を絞り取り、思考を拘束する。
だがクロウは踏み込んだ。
「契約発動『王の意識に干渉し、思考の支配を一時的に打ち消す!』。代償:命の燃焼」
空間が震える。王が、一瞬だけ怯んだ。そこに、もう一人の影が飛び込む。
「……遅れてごめん。やっと、辿り着いた」
ミレイユ。血に塗れながらも、その眼は折れていなかった。
「ミレイユ……なぜ来た?」 「信じる者がいるなら、剣を振るう理由はある。それだけで十分でしょ」
二人は無言でうなずき、同時に駆ける。クロウが道を開き、ミレイユが刃王にを届ける。
刹那…王の胸を、ミレイユの剣が貫いた。
「なぜだ……なぜ、お前たちは……」 「願いは誰のものでもない。世界中の、一人ひとりのものだ」
王は崩れ落ちた。だがその瞬間も、彼の能力は世界を縛り続けていた。
「まだ……終わっていない」
クロウは塔の中心装置に手をかざした。
「次は、俺の願いだ」
《契約発動――『世界に願う自由を取り戻す』。代償:存在の消失》
光が走る。塔が音を立てて震え、装置が逆回転を始める。
世界中に散っていた《深層制律》が、祈りのような暖かい光に包まれ解かれていく。
……
南の砂漠都市で、少年が焼けた広場に線を引いた。「ここに、また学校を建てよう」 東の戦場で、兵士が銃を捨てた。「戦う意味は、もうない」 山間の村で、少女が母の手を引き、小さな祠に祈った。「もう一度、生きたい」
世界が、思い出し始める。願ってもいいことを。
……
塔の下、ミレイユは崩れた装置の前で立ち尽くしていた。
クロウの姿は、もうどこにもなかった。ただ、契約書の紙片がひとつだけ、彼女の手に残されていた。
その紙に書かれていた最後の一文。
『この世界に、人々の願いを取り戻す』
ミレイユは、それを読み、静かに目を閉じた。
「……そうだよ。これは、彼だけの願いじゃない。私の願いでもある」
そして、崩れゆく祈りの塔を振り返りながら、彼女は呟いた。
「この世界…願いを」
その言葉は、風に乗り、空へと舞い上がっていった。
やがて訪れた夜明けが、世界をやさしく包み始めていた。
数年後
荒廃していたセントイグニスには、再び人々が戻ってきていた。瓦礫は少しずつ片付き、広場には花が咲き始めている。
元白冠騎士団の廃墟には、今やひとつの学校が建っていた。その名も《願いの学舎》。
その教師のひとりは、鋭い瞳を持ちながらも、どこか寂しげな微笑をたたえた女性だった。
名はミレイユ。
彼女はかつて、国家に仕え、剣を振るい、そして願いの意味を知った者。
授業の終わり、彼女は黒板に一言だけ、チョークで書く。
「世界に、願いを」
子どもたちはそれを見て笑い合い、外の光へと走っていく。
ミレイユは空を見上げる。
その瞳に映るのは、もうかつての空ではなかった…
世界に願いを [完]