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私の名前は綾瀬祈里。

京極組の組員で、自分で言うのも恥ずかしいがスパナの綾瀬と呼ばれる、世にも珍しい女極道だ。

とはいえ別に武闘派ではなく、尊敬する兄貴分と比べればまだまだひよっこだし、後輩組員である投げナイフの里中──修吾君や久我君の方が実力はあったりする。

「綾瀬の姉貴、おはようございます」

「おはようございます!」

「おはよう、修吾君、虎徹君」

そんな二人は、こんな実力もあまりない私の舎弟だったりする。とても頼りになる強い後輩たち。果たして私のような弱小武闘派に対して本音からリスペクトを持ってくれているのかはわからないけど、彼らはいつも姉貴、姉貴と慕ってくれて正直嬉しい。

「それと姉貴、守代を新たに払ってくれる風俗店の書類です。一応ご確認をお願いします」

「え、虎徹君もうそんな早くできたの! 偉いわ~」

渡された書類を読むが、真面目な彼らしく誤字脱字のミスは一つもなく、内容もしっかりしている。

「どうでしょうか」

「……うん。大丈夫。よくできました! 花丸だよ!」

「姉貴、俺は子供じゃないんで褒め方どうにかなりませんか」

「え! あ、ごめんね! 舐めてるんじゃなくて、とっても偉いなって!」

苦笑する虎徹君に手を合わせて謝ると、まぁ、そういう所も姉貴っぽいですねと返ってきた。

「じゃ、この書類カシラに渡しておきますね」

「いいんですか?」

「虎徹君はこれから見回りでしょ? 私は事務仕事あるし、ついでです、ついで!」

「助かります、綾瀬の姉貴」

「モーマンタイだよ!」

ピースサインを返す。こうしてみると、極道と言えどもやっぱり人間だ、平穏な日常がとても貴重。特に今日は珍しく守代をもらっている店からヘルプコールは来ていない。

「綾瀬の姉貴と話していると肩の力が抜けて楽ですよ」

「そう言ってくれると嬉しいな。何しろ私は癒し系極道目指してるから」

「癒し系極道ってなんですかそれ。まぁとても助かってますけど」

軽く談笑していると、ふと虎徹君が指を立てた。

「そういえば最近美味しい焼き肉屋ができたんですよ。綾瀬の姉貴は今日非番ですよね。今晩どうですか?」

「え? いいの!? 行きたい行きたい! 焼肉大好き!」

虎徹君はことあるごとに私をご飯に誘ってくれる。昔は食に対し、大した興味は抱いていなかったけれど、京極組に入ってからの日々は、美味しいご飯に恵まれていて幸せなのだ。

「今日は俺が奢りますからね」

「い~や? これは先輩の意地ですよ。駄目です私のおごりです」

「全く、強情なんですから、姉貴は」

虎徹君のことを沢山振り回している自覚はあるが、この可愛い後輩が自分のために右往左往することにちょっとした楽しみを抱いていることを、彼に後生言うつもりはない。

しかし、和やかな談笑は、ある男が舎弟を引き連れて入ってきたことで終わりを告げた。

「見ろよ、ぼけ老人をだまして奪った金だ。大量だぜ」

「すげぇ……!」

相良の兄貴。人呼んで、特殊警棒の相良と呼ばれる狂人。……私の恩人の一人。その端正な顔立ちを醜く歪ませて自慢する彼は、現在汚いしのぎを推奨している親父様、そして権力を持つ桑田の兄貴に迎合している人である。

「がっぽがっぽだ、ジジババっつーのはガキに迷惑かけたくないって金貯め込んでいやがるからなぁ。全くチョロいもんだぜ」

ゲラゲラと品のない笑い声をあげる相良に対し、久我の兄貴の表情は侮蔑の色を帯びる。

「おい、相良さんよ、そんな汚い金をこんな場所で見せびらかさないくでれるか?」

「なんじゃあ久我ぁ……俺とやんのか? 最近勘違いしとるなお前……」

たちまち険悪な雰囲気になる二人に、私はつい間に割って入ってしまう。

「虎徹君、相良の兄貴って呼びなさい。それと相良の兄貴は……そんな汚いしのぎ、もう止めてください」

「あぁ? うるっせぇな綾瀬ぇ、テメェもいい加減うっとおしいんじゃ。誰がお前の言うこと聞くかよ」

ぎろりと睨まれてしまえば、私は言葉に詰まってしまう。そう、彼は主に老人をだますという、先代の教えに反するしのぎをメインに行っている。

「すんません、綾瀬の姉貴。俺は尊敬できない外道に兄貴、なんて呼べないんですわ」

「あぁ? テメェ表出ろや、いったんボコボコにしねーと駄目っぽいみてぇだからなぁ」

「ちょっと、虎徹君、相良の兄貴!」

そのまま二人は外に出ていってしまう。十分経過した頃戻ってきた虎徹君は明らかに苛立ったままだった。

「すいません、綾瀬の姉貴。ボコっちまいました」

「……自業自得だから、仕方がないよ」

へら、っと笑顔を作ると、虎徹君は複雑そうな表情を浮かべる。

「後でご飯食べに行こ! 虎徹君のお話し、沢山聞かせてね!」

「……はい! それでは見回り行ってきますね、姉貴」

どたどたと遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、私は憂慮に目を細める。遠くで一条の兄貴が「遅いぞ、虎徹」と軽く彼を咎めている声が聞こえた。

救急箱、持ってこないと、と私は事務所の裏へ向かった。


相良の兄貴が事務所に戻ってきたのは、それから十分後くらいだった。

顔面が酷くはれ上がっているが、その双眼は獰猛にギラギラ光っていた。強い人だな、と私は思う。

「相良の兄貴。おかえりなさい」

「まだいたのかよ、綾瀬」

舌打ちされてしまい、心に鈍い痛みが走る。

「傷の手当、させてください」

「いらねぇんだよ。自分でできるわボケが」

手酷くボコボコにされたせいかひどく苛立っている。私が持っていた救急箱を、相良の兄貴は奪い取る。せっかくセットされたクリーム色の髪がぼさぼさになっていた。

「っち、あの久我の野郎、いつかぶち殺してやるからな」

プライドの高い彼は、自分で己の傷を治療していく。彼の性格を知っている私は、彼の手伝いをあえてしなかった。

「てか、お前は見回りとかねーのかよ」

「今日は事務仕事なのです。最近キリトリのお金が合っていない疑惑がございまして」

「ふん。んなはした金のためにせこせこ働くなんざ下らねぇ」

兄貴は嘲笑する。変わり果ててしまった兄貴は、あの日、もう一人の兄貴と共に私を救ってくれた面影はない。

「まともなしのぎじゃもうからねぇんだよ」

「けれど、仁義を忘れた極道は……ただの外道です」

正直に言おう。私も虎徹君と同じ、汚いしのぎは嫌なのだ。京極組は任侠に生き、黒焉街に必要とされる。これが私の理想だ。守るべき人達を泣かせて、何が極道だ。これが私の考え。そして、かつて相良の兄貴と、海瀬の兄貴、多くの兄貴たちが歩んできた道。

「私は、戻ってきて欲しいです。相良の兄貴も、海瀬の兄貴も、白武の兄貴も、二階堂の兄貴も。こんなんじゃダメなんです。今の親父殿は間違ってる。貴方達には仁義の心がある。……だから、私の命を救ってくれたのでしょう」

ひょっとしたら彼らにはもう仁義を守りたいという心が無くなっているのかもしれない。私の願いはもう届かないのかもしれない。それでも私は。

「黒羽根に言及しねーのか?」

「あいつは外道云々の前に阿保です」

同期に対しては普通に配慮はしない。てか、クレーンのアームを弱くするなど普通の企業も裏でやってるし、何よりなんというか、う~ん……しょぼいというか、なんというか、うん。

「は、下らねぇ」

私の言葉を一蹴にした相良の兄貴の瞳は、どこか遠くを見ているようで。

「俺はお前ら後輩の指図なんて受けねぇよ。大体うるせぇんだよ。いつまで昔のこと引きずってやがるんだ? あぁ?」

「……そう、ですね。女々しいのはわかってますけど、やっぱりね」

調子を取り戻してきた相良の兄貴は、救急箱を乱雑に閉じた。

「私は、仁義に生きていた強い兄貴たちが好きなんです。……相良の兄貴も、海瀬の兄貴も。私の命を救ってくれた、皆が大好きなんです」

だから、いつでもいいですから、戻ってきてください。

そう言葉をしめる。

「待ってますよ、兄貴」

「……ふん」

兄貴は鼻を鳴らし、救急箱を私に渡す。

「いつまで勝手な幻想を抱いているか知らねーけどよ、さっさと忘れちまえ。……まるでおいていかれる見てーなツラしてんじゃねぇよ」

相良の兄貴はため息をつき、そのまま手をひらひらさせじゃあな、と振って去っていった。

「……救急箱、あんがとよ」

「……!」

その瞬間僅かに聞こえた相良の兄貴の声に、私は少しだけ気持ちが上向きになる。

プライドが高い相良の兄貴の、精一杯の言葉に、私はつい口元が綻んだ。

「今度は私に傷の手当、させてくださいね!」

「っるっせーよ」

やっぱり兄貴は戻ってくる。

根拠も何もないけれど、私はそう信じている。

今の腐り切った京極組を蘇らせるなんて虎徹君のような野望も能力もない。けれど、それでも少しだけでも、この京極組が良くなってくれればよいなって、心の底から思う。

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