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レクスとの戦闘中、突如身体の自由を取り戻したジェインは、レクスと共にヴァレンタイン邸周囲のゲルビア帝国兵を片付けた後、主であるコーディ・ヴァレンタインの安否を確認するためにヴァレンタイン邸の中へと急いだ。
ザップの影響下にあった時のことを思うと、今でも身の毛がよだつ。身体の中に何かが入り込んで好き放題に弄ばれているような感触は、二度と味わいたいものではない。
ジェインは知る由もないことだが、ザップの能力は複数同時に操作することは可能なものの、その場合の精度はどうしても落ちる。ラズリルが最初から意識を保てたのはザップが同時に二人操作していたからである。
裏口からヴァレンタイン邸の中に入り込んだジェインは、すぐにコーディがいた客間へと向かう。コーディは連れ去られているか、最悪殺されている可能性もある。祈るような気持ちで客間へ入ると、中はしんと静まり返っていた。使用人達の姿は道中どこにもなかった。死体も見当たらなかったので、恐らく避難出来たのだろう。
誰もいない客間を、警戒しながら歩いていく。すると、部屋の隅で意識を失っているコーディ・ヴァレンタインの姿があった。
身体はロープで縛られており、身動きが取れない状態だ。
ジェインは慌てて駆け寄り、コーディを縛るロープを解く。その最中、コーディは意識を取り戻して目を見開いた。
「ご無事ですか!?」
「ジェイン! ……意識が戻ったのか!?」
「申し訳ありません。私としたことが……」
「いや、良い……それよりも」
立ち上がり、コーディは窓の外へ視線を向ける。
「モルスが危険だ……! サイラスの部下が一人、モルスを探している……見つかるのも時間の問題だ!」
コーディのその言葉に、ジェインはゴクリと生唾を飲み込む。
「奴らは……モルスを動かせるのでしょうか」
「わからん……だが、決して渡すわけにはいかん! 私のことは今は良い、それよりも奴らを止めてくれ!」
「……はい! 直ちに」
ジェインがそう答えた瞬間、地面が大きく揺れた。
***
サイラスの部下、リッキー・カスケットはヴァレンタイン邸の中をくまなく探し、邸内にはないと判断した。
「……なんで僕が一人でやらなきゃなんないんだよッ!」
サイラスは部下を陽動に使い、ザップは適当に放置。自分はレクスとかいう団長と戦うために待機。肝心のモルスをリッキー一人に任せている。
考えれば考えるほど苛立って、リッキーは顔を歪ませた。
エリクシアンとしての適正を手にしてイモータル・セブンに配属されることが決まるところまでは、順風満帆だった。しかし肝心の隊長がサイラスだとわかった時、リッキーはひどく落胆した。
戦闘狂で、任務に対して不真面目な部分があるサイラスの評価は、リッキーの中では極めて低い。似たような人間なら歓迎かも知れないが、少なくともリッキーはもっと真面目な隊長のいる部隊に配属されたかった。
実際サイラスとリッキーは性質が合わず、リッキーが飲み込むことでどうにかここまでやってきたようなものだ。別部隊への異動を願うことも考えたが、ようやく手にしたイモータル・セブン配属というキャリアにはまだ一点の汚れもつけるべきではない。
そう考えて耐えてきたが、このヘルテュラシティでの任務は最悪だった。
「毎日毎日酒! 女! 喧嘩! バカなのかあいつは!」
それも喧嘩は自分より明らかに格下のシュエット・エレガンテをあしらうだけのつまらないものだ。余興にもなりはしない。
カスケット家は没落貴族だ。成り上がるためにはもっと功績が必要なのだ。
それなのにこんな田舎でちんたらと遊んでいるなんて状況には耐えられない。
さっさとモルスを見つけて、こんな町ともサイラスともおさらばしたかった。この任務が終わったら、別部隊へ異動出来ないか掛け合ってみるつもりだった。
「どこなんだモルスは……!」
邸内にないなら、まずはその近辺を探す。それで見つからなければ、ひとまずサイラスに報告してまた探し直す必要がある。
ヴァレンタイン邸の外は、木々が広がるばかりでロクなものが見つからない。
そもそもモルスの存在自体、リッキーからすれば曖昧な伝承のようなものだった。いくら魔法遺産《オーパーツ》には強大なものがあるとは言え、モルスのような怪物がいるなどとはにわかには信じがたかった。
戦闘時以外は役に立たないサイラスを適当な任務につけて遊ばせているだけなのではないかと勘ぐったくらいだ。
そう思うと、とばっちりのような形で田舎に張り付けられていることへの苛立ちが高まってくる。
苛立ちながら歩いていると、眼前に巨大な岩山がそびえ立っているのが見えた。
周囲の景色とは少し浮いた、妙な岩山だ。ヴァレンタイン邸よりも高さがある。
図々しくそびえ立つソレが、無性に苛立って仕方がない。リッキーは舌打ちすると岩山を思い切り蹴りつけた。
「……は?」
しかし帰ってきた感触は、リッキーの想定とは全く違うものだった。
リッキーは、岩山の一部を蹴り壊すつもりで蹴ったのだ。エリクシアンとしてそれなりに力を込めている。だが目の前にある岩山は、表面が削れているだけでビクともしていない。
削れた岩の向こう側には、赤錆びた金属の表面らしきものが覗いている。
それを見た瞬間、リッキーは確信した。
「……まさか、これが……!?」
半ば震えたリッキーの手が、赤錆色の金属面に触れた。
***
サイラスの繰り出す爪をアダマンタイトブレードで受けながら、レクスは背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
サイラスは明らかに消耗している様子で、竜人の姿を保てていない。しかしそれでも尚、凄まじいプレッシャーを放ちながら目にも止まらぬ速度で攻撃を続けている。
(シュエット……お前は……! お前は、こんな男に何度も立ち向かっていたんだな)
アダマンタイトブレードの強度がなければ、とっくの昔にレクスの身体も引き裂かれていたことだろう。
もう弾き返すことが出来ない。五体満足でいられているだけでも運が良いのかも知れない。
焦るレクスとは裏腹に、サイラスは笑みを浮かべたまま両腕を振るっている。
「もうお前如きじゃ満足出来ねえんだよッ! 退けェッ!」
サイラスが右腕を大振りに薙ぎ、レクスのアダマンタイトブレードが弾かれる。そしてその瞬間、サイラスは体内で魔力を練り上げた。
「――――ッ!」
アダマンタイトブレードでのガードが間に合わない。サイラスは既に、レクス目掛けて火炎を放っていた。
万事休すか。
そう思った瞬間、目の前に赤い閃光が駆ける。
ソレは真紅の右腕で火炎を払い、眼前のサイラスを見据えた。
「チリー……なのか……?」
纏う雰囲気はチリーのものだったが、その身体は真紅の鎧に包まれている。フルフェイスのマスクで顔は見えなかったが、現状この場でこんな真似が出来るとしたらチリーしかいない。
「……世話かけたな。悪い」
「……気にするな。こっちの台詞だ」
答えるレクスに、チリーはマスクの裏で僅かに微笑む。
そんな二人を見据えて――否、チリーだけを見て、サイラスは声高に笑った。
「最高だぜッ! お前、本当にたまんねえなァッ!? こんなに楽しませてくれるのはお前だけだ……ッ!」
「けっ、こっちゃお前なんか冗談じゃねえよ!」
悪態をついて、チリーは身構える。
「ヤろうッ! ヤろうぜッ! 心ゆくまで! 俺かお前の、どちらかが死ぬまでッ!」
サイラスの速度は、その半端な姿に反して変化がない。むしろ今までよりも勢いを感じる程だ。
チリーの拳と、サイラスの爪。互いに猛攻を繰り出し、目にも止まらぬ応酬がその場で展開された。
ミラルの力を受けて万全な状態になったチリーに対して、サイラスは既に消耗している状態だ。それでようやく互角に近いという事実は、チリーを戦慄させる。
「ハハハハハッ! やっと会えたんだッ! 俺をここまで昂らせる奴にッ! 数千の敵兵よりも俺を昂らせる、たった一人の男だッ!」
互いの拳が交錯する。
所謂”クロスカウンター”の形になり、チリーとサイラスはお互い頬に一撃を受けて吹っ飛んだ。
砕けたフェイスプレートの中から、チリーの顔の右半分が覗く。闘志のこもったその右目を見て、起き上がったサイラスは打ち震えた。
「なァ……お前も最高だろォ!? それだけの力があるんだ……俺と同じハズだ! その力を振り回したくてたまんねえよなァ!?」
チリーの言葉を待たず、サイラスは尚も続ける。
「ここがその場だ! 俺達の間だけで出来る最高の闘いだッ! 思う存分楽しもうぜッッッ!」
闘うために戦う。それがサイラスの全てだ。
全ては闘争のためだけにある。同じレベルで闘えるこの瞬間のために全てがあったと、そう思える程にサイラスは昂ぶっていた。
チリーが何者であろうともうどうでも良い。人間でも、エリクシアンでも、怪物でも何でも構わなかった。サイラスはもう、そんなものに興味はなかった。
「これが俺達の”幸福”だ……ッッ!」
至福に浸るサイラスだったが、チリーはわざとらしく口内の血を吐き捨てる。
「一緒にすんじゃねえ」
「あ……?」
急に冷水でもかけられたかのように、サイラスが低く、呻くような声を発した。
「俺はお前とは違う……!」
「いいや違わねえ! 力は闘いのためにある! お前のその力は、闘いのためのものだッ!」
しびれを切らしたのか、再びサイラスがチリーへと肉薄する。
その爪を右腕で受け止めて、チリーはギロリとサイラスを睨みつけた。
「力はただの力だッ! 本来そこに意味なんざねえッ!」
「だったら俺が意味を与える! 力とは闘いだッ!」
「そうかよ! 話の合わねえ奴だなッ!」
はっきりと拒絶し、チリーはサイラスの爪を振り払いながら左でボディブローを叩き込む。そしてよろめくサイラスに対して軽く跳躍し、斜め上から突き下ろすようにして右拳を打ち込んだ。
モロに打撃を受けつつも、サイラスは倒れない。チリーから一度距離を取り、そこで体内の魔力を練り上げる。
火炎が来る。
理解して、チリーはその場で身構えた。
「だったら答えろッ! お前はその力に、闘い以外のどんな意味を与えるってんだよッ!?」
サイラスの体内で膨れ上がった魔力が、巨大な火炎となってチリーへ迫る。屋敷ごと飲み込んでしまうかのような火炎だ。間違いなく今までで最も大きい。
チリーは、自身の魔力を拳と背中に集中させた。
一撃に全てを込めるために、サイラス同様チリーも魔力を練り上げる。
背中から魔力を一気に放出し、それを推進力にしてチリーは高速でサイラスへと接近する。
チリーを覆う高密度の魔力が、行く手を阻む火炎をかき消していく。練り上げられたチリーの魔力が、サイラスの火炎を上回ったのだ。
「――――ッ!?」
思い切り引いた右拳には、更に高密度の魔力を込める。この一撃で、サイラスを終わらせるために。
「――――教えてやるよ」
火炎をぶち抜き、サイラスに肉薄したチリーの目が、サイラスと合う。
瞠目するサイラス目掛けて、チリーはありったけの魔力を込めた右拳を突き出した。
「守るためだッ!」
チリーの一撃が、サイラスの身体に直撃する。
尋常ならざる威力の込められた拳は、サイラスを覆う鱗を粉々に打ち砕いた。
「かッ……!」
うめき声を上げながらふっ飛ばされていくサイラスを見やりながら、チリーは肩で息をする。
「……俺はもう二度と、お前のようにはならねえ。壊すだけの存在にはな……」
サイラスは、ある意味チリーにとってはあり得た未来なのかも知れない。
力を振るい、破壊するために生きる道はチリーにもあったのだ。
(……だけど俺は守りたい。守るための力であると……そう、信じたくなっちまった)
ミラル達を。
そのために戦う生き方を、チリーはシュエットとレクスの中に見た。
「チリー!」
サイラスとの戦いを終えたチリーの元に、レクスが駆け寄ってくる。
「倒したのか……?」
「……多分な」
今のところ、サイラスが起き上がってくる様子はない。
「エリクシアンがもう一人いたハズだ。そいつがモルスを見つける前に叩きのめす」
サイラスとの戦いの疲労はあるが、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
チリーの言葉に、レクスが頷いた……その時だった。
巨大な地響きと共に地面が揺れる。
その突然の振動に、その場にいた全員が僅かに動揺した。
そして次の瞬間、轟音と共にヴァレンタイン邸の天井が消滅した。
「何……ッ!?」
降り注ぐ太陽光と共に、赤錆びた巨人が姿を見せる。
ソレを見た瞬間、チリーの隣でレクスが震え始めた。
「馬鹿な……何故……ッ!」
赤錆色の巨体は、ヴァレンタイン邸よりも大きい。掴むためだけにある三本の指らしきものが、ヴァレンタイン邸の屋根の一部を握り込んでいた。
身体の所々に土や石、苔が付着している。長い間動いていなかった証拠だ。
頭部には黒ずんだ半透明の目のようなものが一つだけあり、それがギョロリとチリー達を見下ろした。
「モルスが……復活した……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、チリーは目の色を変えた。
「こいつが……モルス……!」
サイラスを含めて、敵のエリクシアンは三人いた。この場にいなかったもう一人……リッキーがモルスを見つけ出したのだ。
モルスは鋼鉄で出来た巨人だ。元々、ヴァレンタイン邸内に隠せるような場所はない。モルスは泥や岩でカモフラージュされ、あたかも岩山であるかのように外に置かれていたのだ。
まさかそんな場所に簡単にモルスがあるとは誰も思わない。そもそも伝承で語られているような存在だ。誰もがその存在自体半信半疑でいるような代物である。
「ひれ伏せェ……!」
突如、モルスの中から声が聞こえてくる。
そしてモルスの拳はチリー目掛けて振り下ろされた。
「――――ッ!」
即座に、チリーは横っ飛びにモルスの拳を回避する。
モルスの拳が直撃した地面には、巨大な穴がポッカリと空いていた。
「モルスはもう僕のものだ……全員ここで叩き潰してこいつを帝国へ持ち帰る!」
リッキーの身体は、モルスの内部にあった。
モルスは、リッキーが触れた瞬間動き始めたのだ。リッキーのエリクシアンとしての魔力に反応し、長い眠りから覚めたのである。
胸部が開き、人一人入れるスペースがあるとわかった瞬間、リッキーはすぐにその中へ乗り込んだ。
胸部が閉じると、リッキーの視界がモルスの頭部の目と共有されるようになった。リッキーの身体から魔力が流れ出し、モルスの中へ循環していく。そして気がつけば、モルスはリッキーの思うままに動くようになっていたのだ。
「そこでのびてるサイラス諸共、全員ここで叩き潰してやるッ!」
狂気を帯びたリッキーの笑い声が、モルスの中から漏れ出ていた。