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陽炎の色
同じ時間。
同じ電車。
数日前と、
何も変わっていないはずの朝。
菜月は、
吊り革につかまりながら、
スマートフォンを見下ろしていた。
ここ数日、
やりとりは続いている。
住んでいる場所。
趣味の事。
休日の過ごし方。
大きなことじゃない。
でも、
確かに言葉は行き来していた。
しかも、
以前より、
返事が早い。
それが、
素直に嬉しい。
電車が揺れるたび、
胸の奥が、
小さく弾む。
楽しい。
久しぶりに、
そう思っている自分に気づく。
――でも。
画面をスクロールして、
ふと止まる。
自分の質問ばかりだ。
どこに住んでいるのか。
何が好きなのか。
どんな一日を過ごしているのか。
大和は、
きちんと答えてくれる。
丁寧で、
誠実で、
言葉も綺麗。
なのに。
逆に、
聞かれることは、
ほとんどない。
興味が、
ないのかな。
そう思った瞬間、
胸の奥が、
きゅっと縮む。
詰めすぎた?
距離を、
急に詰めすぎた?
電車の窓に映る、
自分の顔を見る。
通勤中の顔。
いつもの表情。
なのに、
心の中だけが、
落ち着いていない。
この人は、
私と同じだ。
そう思えば思うほど、
知りたくなる。
似ているからこそ、
確かめたくなる。
同じ場所に、
立っているのか。
同じ寂しさを、
抱えているのか。
それを、
確かめたい。
スマートフォンを、
一度ロックする。
今日は、
送らない。
そう決めたはずなのに。
数秒後、
また画面をつけている。
指が、
自然に入力欄へ向かう。
――今日はお休みですか?
打って、
消す。
――お仕事、いってらっしゃい。
また、
消す。
自分が、
自分じゃないみたいだった。
こんなふうに、
言葉を選ぶことに
必死になるなんて。
それなのに。
心の奥では、
もう分かっている。
私は、
会いたいと思っている。
プロフィールの写真で、
顔はもう知っている。
それでも、
それは一枚の静止画でしかなくて、
どんな声かも、
どんな温度を持つ人なのかも、
まだ知らない彼に。
でも彼は、
陽炎のように輪郭が揺れていても、
黒く塗りつぶされた未来より、
ずっと鮮やかな色をしていると思えた。
電車が駅に着き、
人が動き出す。
現実が、
容赦なく流れ込んでくる。
菜月は、
スマートフォンをバッグにしまう。
会いたい、
とは言わない。
言えない。
でも。
その言葉を、
消そうとも、
思わなくなっていた。
理性は、
まだ残っている。
でも、
その一部は、
もう、
彼の言葉に色付けされていた。