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病人を診るための場所は、ランドンさんの家を借りることになった。
村の集会などでも使われるそうで、十分なスペースがあるから……というのが理由だ。
そこに数人ずつ、疫病に侵された村人を連れてきてもらう。
「あなたはこの2つを飲んでください。こっちの僕は、この3つを飲んでね~」
「ごほっ、ごほっ……。
あの……私は2つだけで、大丈夫なのでしょうか……?」
こんな状況、自分の薬が他の人より少ないことを不安に思うのは仕方ない。
さて、どうしたものかな。
『あなたは2つしか疫病にかかっていないので』と言ってしまえば、『2つもかかってるんですか、大丈夫なんですか!?』となって、面倒なことになりそうだ。
時間があれば粘り強く説明するんだけど、今はスピードを優先したいところだし。
「体質による、飲み合わせを考慮しているだけです。
あなたの体質の場合、この2つを飲むのが最善なのです」
「そ、そうでしたか……ごほっ……。
これが一番なのですね……ありがとうございます……」
要は、言い方である。
心配そうに聞いてきた母親は、急いで2つの薬を飲み干した。
「ほら、お前も早く飲みなさい……」
「うん……がんばる……」
子供は薬が苦手なものだ。
いくら身体に良いとはいっても、それとはまったく別問題。
「飲めた~……」
「うん、偉いぞー♪」
薬を何とか3つ飲んだ子供の頭を、優しく撫でて褒めてあげる。
「……えへへ。おねーちゃん、ありがと。
おかーさん、ボク、何だか楽になった~」
「はは……。いくら薬を飲んだからって、そんなにすぐには――」
かんてーっ。
……はい、治りましたよ。
「疫病の方はもう治りましたので、あとは体力の回復に専念してください」
私の言葉に、母親は信じられないように驚いた。
「そ、そういえば……?
力はまだあまり入らないけど、咳は……大丈夫そう……?」
その後、その母親は子供の顔を見て、身体を見て、そして抱きしめた。
「ああ、何てこと……。
さっきまではダメだって、完全に諦めていたのに……っ!」
その咽び泣く姿を見て、この村に来たのは正解だったと思えた。
……なんて、感動している時間はまだ無いんだった。
「すいません。他の方を診るのでそろそろ」
「はっ! ああ、申し訳ございません……。
自分たちのことしか考えないだなんて……。すぐに出て行きます。大変な失礼を――」
我を取り戻した母親は、一気に恐縮してしまった。
あああ、そんなに責めるつもりなんてなかったんだけど……!
……このまま帰してしまったら、この人はずっと気に病んでしまうかもしれない。
それは精神衛生上、よろしくないよね。
えぇっと、何かないかな、何か――
「……そうだ。
病み上がりで申し訳ないのですが、このあと村のみなさんも体力の回復が必要になるんです。
少し休んでもらってからで良いので、炊き出しをお願いできますか?」
健康なときでさえ、お腹が減れば力が出ないのだ。
疫病を治すのは私がやるけど、それ以外のことは色々とやってもらおう。
「はい、もちろんです!
私でお役に立てることがあれば、何なりと!」
「ありがとうございます。
それではランドンさんにお伝えして、そこからはランドンさんの指示に従ってください」
材料とか費用の問題もあるし、こういう部分は上の人にしっかり頑張ってもらおう。
「はい、お任せください! ほら、行くよ」
「うん。おねーちゃん、バイバーイ♪」
「あはは、バイバーイ♪」
小さい子供に癒されてから、次の村人を呼んでもらうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……アイナ様、大丈夫ですか?」
空はいつの間にか、すっかり暗くなっていた。
ルークは心配しながら、夕食の差し入れを持ってきてくれる。
「あ、ルークもお疲れ様。ご飯? わーい♪」
思考力が少し落ちた私は、無邪気にご飯を喜んでしまう。
これは雑炊かな? うん、病み上がりには丁度良いよね。
私のお腹にも、すんなり入ってくれてありがたい。
「ところで、外の様子はどう?」
「屋外で炊き出しを行っているのですが、ある程度回復した方はそこに集まっています。
ただ、亡くなった村人も多いので……ショックで寝込んでいる人も多いそうです」
ランドンさんから聞いた話によれば、村の人口はおよそ500人。
今回はその半数が亡くなるという、とんでもない事態になっているのだ。
……ちなみに私の進行具合は、130人くらいを診終わったところ。
うん、先は長いぞ……。
それに加えて、さすがに抗菌薬の素材が心許なくなってきた。
一番手に入りにくい大蛇の血液は大量に確保してるから大丈夫なんだけど、さりげに必要なのが癒し草……。
計算すると50個くらいは足りなくなりそうなんだよなぁ……。
「ねぇルーク。
癒し草を採ってきてくれそうな人、誰かいないかな?」
「それでしたら大丈夫だと思います。
何か手伝いたいという方は、たくさんいらっしゃいますので」
「え? 本当?」
「それはそうですよ。アイナ様が頑張っている側で、自分たちは待つだけなんですから。
何かお願いすれば、快くやってくれることでしょう」
「そっかー……、そうだよね、
そこまで気が回らなかったよ」
まだまだ全体を見通す目が甘いなぁ、と反省する。
「それじゃ、癒し草を70個ほど用意してもらえる?
あと、使い終わった瓶の洗浄をお願いできるかな。
他にあればまたお願いするから、それ以外の人はランドンさんに指示をもらって」
「分かりました。そのように伝えておきます」
ルークは返事をした後、すぐに外へ向かった。
こういう仕事もテキパキ出来るのはすごいなぁ。私は良い従者を持ったものだ。
……それにしても、従者……ねぇ。
私の中では従者というか、仲間みたいなものなんだけど……。
でも、それを言ったらルークは困るのかな。
困らないとしても、どう思うのかなぁ……。
そんなことを考えながら、椅子から立ち上がって大きく伸びをする。
「……さて、あと半分。頑張るぞーっ!」
一人で気合いを入れ直して、私は次の村人に備えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「も、申し訳無い! アイナ様はおられるか!?」
突然部屋の扉が開いて、中年の男性が慌てて入ってきた。
何となく見覚えはあるけど……治療済みの村人かな?
「どうしましたか? 何か問題でも?」
「あ、あの! ジョージが……いえ、村の子供なのですが、大怪我をしてしまって!
申し訳ないのですが、診てもらえないでしょうか!?」
「はい、もちろんです!」
返事をするやいなや、他の村人が血にまみれた男の子を抱えて入ってきた。
「怪我も酷いのですが、突然うなされ始めまして……。
これは一体、どうしたものかと……」
男の子の顔を見れば、炊き出しをお願いした母親と一緒に来ていた子供だ。
疫病は確かに治したはずなんだけど……そう思いながら、鑑定をする。
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【状態異常】
疫病375型
──────────────────
……『疫病375型』。
さっき治したものとは違う、この村で初めて見る型の疫病だ。
驚いて顔を上げると、村人と目があった。
そんな私を見て、村人はさらに不安な顔をしてしまう。
「あ……いえ、大丈夫です」
『この村で初めて見る型』とはいったものの、この型は大蛇の血液に含まれていたはず。
「まずは止血しないと。高級ポーション――」
作成済みの高級ポーションをアイテムボックスから出して、怪我の場所に掛けていく。
鋭利な刃物で斬られたような直線的な傷を、ポーションは淡い光となって治していった。
「次は『抗菌薬<375型>』を作成して――
……飲ませてあげるからね。もう少し頑張ってね」
子供の口を開けて、薬を流し込んでいく。
すべてを飲み終わらせた後、すぐに鑑定。
──────────────────
【状態異常】
衰弱(中)
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うん。『衰弱(中)』なのが気になるけど、これでひとまず大丈夫かな……。
「……おねーちゃん……ありがと……」
ジョージ君はお礼を言った後、すぐに寝入ってしまった。
「ふぅ……。これで大丈夫です」
心配していた中年の男性に声を掛ける。
「おお……、おぉ……!
ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
「いえ……。ところでこの子、どうしてこんな怪我を?」
「はい……。実はアイナ様に頼まれた癒し草を採りに行っていたのですが、近い場所にはあまり生えていなくて……。
少し沼地の方に行って採っていたんですが、そこでこの子が何かを見つけたようで」
「何か?」
「はい。何を見つけたのかはちょっと分からないのですが、そのことを口に出した瞬間に怪我を……」
……癒し草の採集中。
私が頼んだ手前、大きな責任を感じてしまう。
「少し気になりますね。
でも、それは明日にしましょう。今は疫病をどうにかしないと」
「分かりました。
それでは私はこの子を連れて帰りますので……。本当にありがとうございました!」
村人はぺこぺこと頭を下げながら出て行った。
それにしても『何かを見つけた』……?
『何か』って……何だろう?
今まで誰も感染していなかった『疫病375型』というのも気になるし――
……ううん、考えていても始まらないよね。
今は目の前の疫病、これを何とかするように頑張ろう。