テラーノベル
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『 ……… 』
雨に暮れた背中が、
如何しても、放っておけなかった 。
一歩、また一歩と、足を踏み出す 。
土砂降りの所為か、足音は掻き消された 。
*ザアアアアア*______
______
「 ……? 」
『 ……こんな処で、何してるのさ。中也 』
「 …… 」
そっと、傘を差し出す 。
どんどん背中や肩が濡れていくのが判るが、そんな事は如何でもいい 。
中也の肩が、一瞬、ピクリと震えたが、此方を振り向くことはなかった 。
背中を丸めた儘で、先刻よりも少ない酸性雨が覆いきれていない部分を濡らす 。
私も私で、
表では、平静を装って、スマートに傘を差し出しているが、
裏では、私の心臓はバクバクと鳴っていた 。
『 ……傘は? 』
「 ……忘れたんだよ 」
『 嘘。だって今日、朝から雨降ってたし 』
『 晴れてる時間なんて無かったのに、忘れるって可笑しいでしょ 』
「 ……… 」
「 ……はっ、嘲笑いに来たのか 」
「 手前、勘だけは善いもんな。どうせ、” 彼の事 “ を知って、此処に来たんだろ? 」
『 ……… 』
『 ……判らないよ。私、関わってないから… 』
中也の此の姿には、” 既視感 “ があった 。
だから、大体は予想が着いている 。
でも、” 判らない “ のだ 。
何故、ずっと独りで抱え込むのか、
何故、雨に打たれる事を幸せと思うのか、
何故、私に_______
『 ……… 』
行く宛てもなく、放浪し、
ひたすら、ふらふらと歩き、
受け止めてくれる ” 何か “ を探している 。
判らない 。
俺は、何を求めているのだろう 。
「 ………はぁ 」
そこら辺の河川敷に座り込み、川の流れを眺める 。
大雨の所為か、流れは早かった 。
「 ……ッッッ”“…… 」
「 う”、ぁ、ぁ”……… 」
嗚呼、
嗚呼 。
また、溢れてしまった 。
雨の日は、思い出してしまう 。
先刻の墓参り、
二人の部下を同時に亡くした時、
“ あの日 ” と同じ、荒れ狂う程の大雨 。
「( …思い出すな。思い出すな…思い出すな )」
「( もう…もう…… )」
……寒い 。
早く、寒さから解放されたい 。
*ザアアアアア*________
______
「( ……? 雨…が、止んだ…? )」
…否、違う 。
雨はまだ降っている 。
なのに、頭に打ち付けられていた痛みが無い 。
誰が____
『 ……こんな処で、何してるのさ。中也 』
「 ……! 」
…嗚呼、最悪だ 。
一番会いたくなかった奴に会ってしまった 。
「( …よりにもよって、こんな顔…… )」
彼奴に見せられるものか 。
俺は、無視をした 。
『 ……傘は? 』
「 …… 」
…そんな事訊いて、如何するんだ 。
当たり障りのない会話で、場を和ませようとしてくれているのだろうか 。
彼奴の癖に 。
「 ……忘れたんだよ 」
嘘だ 。
『 嘘。だって今日、朝から雨降ってたし 』
ほら、バレた 。
元相棒である事が、こんな最悪な形で仇になってほしくなかった 。
『 晴れてる時間なんて無かったのに、忘れるって可笑しいでしょ 』
「 ……… 」
「 ……はっ、嘲笑いに来たのか 」
「 手前、勘だけは善いもんな。どうせ、” 彼の事 “ を知って、此処に来たんだろ? 」
口をついて出るのは、嘘に、恨み言 。
彼奴の癖に、一寸優しくしてくれてるのかな、とか
気遣ってくれてるのかな、とか
そんな気持ち悪い期待を覆い隠すように、
力なく笑った 。
そう、笑い飛ばそうとしたけれど、
其れは空ではなく、地面に落ちただけだった 。
『 ……… 』
『 ……判らないよ。私、関わってないから… 』
知ってる癖に、
全部、察してる癖に、
手前は何がしたいんだ 。
「 ……あっそ。じゃあ、もう帰れよ 」
「 関係ねぇんだし 」
『 …っ、ねぇ、中也…… 』
「 帰れつってんだろ!!! 」
そうしたら、泣き崩れて、また雨が覆う 。
その方が、ずっとずっと楽だ 。
視界の上の方に映る傘の端を恨めしく思いながら、
また、頬に冷たいものが伝った 。
「 ……は、…っ……? 」
頭に違和感がある 。
一瞬、ふわりと布を被せられたような気がした 。
『 中也、 』
今度はもっと近く、目と鼻の先に居ることが背中越しに訊こえる声で判った 。
相変わらず、傘は俺を覆った儘 。
『 大丈夫だよ 』
『 泣いていても、どれだけ酷い顔をしていても、私はちゃんと受け入れられるから 』
「 ……… 」
『 …せめて、私の前でだけは…泣いてほしいな。中也 』
「 ………はっ 」
「 なんだよ、それ……… 」
頬を伝う、先刻と違うもの 。
其れは、なんだか温かくて、
全身の緊張を解かすような、
そんな、涙だった 。
______________
__________
守っていきたい と、
皆を救いたい と、
そう思えば思う程、苦しい事はあるもので 。
サッと切り替えられたら、どれだけ楽か 。
一歩進む毎に、十歩分止まってしまう僕は、どれほど臆病なのか 。
僕は此処に居てはいけないと、何度思った事だろう 。
〈 う”ッッ…う、ぁ……ッ”…… 〉
ごしごしと拭っても、其れを覆うように涙が溢れていく 。
ぼやけた視界には、最後まで守りきれず、血を流して死んでしまった人の光景が映った 。
〈 ッッ”“……!!! 〉
思わず手で振り払って、其れは当然、空を切った 。
荒い息が、雨の中に吸い込まれていく 。
〈 ぁ、あぁ”…ッッ…… 〉
〈 う”ッッ……っ、ぁ……… 〉
二日前、僕は、任務で異能力者と戦闘した 。
其れがかなり厄介な奴で、僕が手こずっている隙に_____
____バンッ!!
_________
〈 …ッッ”“…!!! 〉
赤色の幻覚が終わる 。
また、元の青い雨の線だけが視界に映った 。
〈 ……国木田さん…怒ってるかな… 〉
乾き切った嘲笑が零れる 。
それも当然だ 。彼の事件から、僕は探偵社に行けていない 。
溜まった十件の着信をチラリと見て、また、苦笑いをした 。
雨の中に、また、機械音がこだまするが、ボタンは押せず、傍に置いたまま 。
〈 ……はは 〉
情けない話だ 。
過去には戻れない、ならば、前に進むしかないというのに 。
立ち止まっていても、如何にもならない事だって、判っているのに 。
〈 ……僕は…もう、此処には居られないかな… 〉
冷たく、暗い路地裏に、
微かに声帯が震えて音になった声は、
虚しく吸い込まれていった 。
《 ……愚者が 》
コメント
8件
太宰さんsideも中也さんsideも書いて下さるなんて……神ですか?✨ 次回は、敦さんと芥川さん……! 正座して気長に待ってます…!
もうマジで完成度がやばやばのヤバすぎるんだけど
選択肢⤵︎ ︎