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《クローバー村》
「よし、着いたね!」
「くぁ!」
「……クルッポー」
「あー、着いたぁ〜!」
《ようこそ!クローバー村へ!》って書かれた看板の前で、ギルドの馬車から降りる。
あの後、俺が【SOS魔皮紙】を使ってギルドに連絡したら、わりとすぐに迎えが来てくれた。で、「本当は魔物は乗せられないんだけど、嬢ちゃんが可愛いから今回は特別ね」とか言われて……なんか嬉しいような、モヤッとするような……まぁ、ありがたく甘えたけどさ。
ちなみにだけど、【糸』による転移ってのは俺が意識して出せるもんじゃなくて、完全に“気まぐれ”。某国民的アニメの青いタヌキがくれる“○でもドア”とはワケが違うんだよな。
馬車の中では、だいたいの事情を聞かせてもらった。……まぁ、ヒロユキ本人も自分の身に何が起きたのかはよく分かってないらしいけど、【メイト】って魔王の仕業であることは間違いないっぽい。
あ、ちなみにもうひとつ言っとくと――ヒロユキの“人間の身体”はぐるぐる巻きにされた状態で、ヒロユキ本人(中身が入ってる黒ベルドリ)が、自分で背中にくくりつけてる。なんつーか……シュールすぎて笑える。
「蟻が……なんかの幼虫運ぶとき、こんな感じだよな……」
「くぁ?」
「ううん、気にしないでー」
俺がぽつりと呟いたのに反応したのは、すぐそばにいたピンクのベルドリ――ユキちゃんだった。
いや、マジで驚いたんだって……その、さ……。
「強くなって、迎えに行く」なんて格好つけて言ったまま何年経ったよって話だし、それに俺の中にはまだ厄介な【女性恐怖症』も残っててさ。
もしユキちゃんが目の前で“女の子”って認識されちゃったら……発作でも起きるんじゃないかとビビってたんだけど――まさかこんな形で再会するなんて。
「くぁ!」
「ふふっ、そんなにぴったりくっつかれたら歩きにくいよ?」
「くぁ〜くぁ!」
……まぁ、今は“ベルドリ”の姿だからセーフってことかな?
そう考えると、これが不幸中の幸い……なのかもしれない。
それにしても、ユキちゃんのことはまだ謎が多い。
気がついたらヒロユキと同じ場所にいて、迷っていたって言ってたけど――あーたん曰く、なにか隠してそうな雰囲気もあるらしい。
でも……それを無理に聞くのは違うよな。
言いたくなったときに、話してくれたらそれでいい。
だから今は、ただ――こうして、隣を歩いてくれるだけで、十分だよ。
「さて、と……まずは宿を探さないと」
ひとまず、ヒロユキがしっかり回復できる宿を見つけるのが先だ。
……ヌルスの件と言い、魔王が勇者の俺たちを狙っているのは確かだ……今のミクラルでうろうろするのは正直、危険すぎる。
クローバー村は、山間に広がる大きめの村で、建物はどれも木造のコテージ風。
今は気温も高くて快適だけど、冬場はかなりの積雪があるらしい。
村の中を、みんなでテクテク歩いて進んでいく。
外から見たら――
ベルドリが二匹に、アールラビッツが一匹、それを引き連れてる仮面の女――
うん、かなり濃い絵面だなこれ……。
しばらく歩いていると、20分ほどでギルドマークの看板を掲げた建物を見つけた。
「三人とも、ちょっと宿があるか聞いてくるから、ここで待っててね」
「くぁ!」
「……クルッポー」
「はーい♪」
よし、三人を建物の前に残して、俺はギルドの扉を開けた。
…………あるといいな、ペットOKな宿……
__________
______
____
「あってよかったぁ……!」
ギルドで宿の場所を聞いて、そこから歩くこと三十分。
ようやく辿り着いた小さなバンガローのベッドに、俺はバタンと倒れ込んだ。
……うん、例えるならキャンプ場にある木の小屋って感じ。
宿ってより、ちょっと洒落た避難所……?まぁ贅沢は言えない。
「くぁー!」
ピンクのベルドリ――ユキちゃんが、当然のように俺の隣に来てふかふかっと座り込んだ。
「疲れたね、よしよし」
「くぁ!くぁー!」
撫でるとすっごく嬉しそうに鳴くんだよな、ユキちゃん。
ふわふわであったかくて、無邪気で……ほんと癒やし生物。
「……クルッポー」
「あ、ヒロユキくんはそこのベッドに寝てね?」
「……クルッポー」
「? あーたん?」
「『お前はいいのか?』だってー?」
ヒロユキの言葉を、アールラビッツのあーたんが通訳してくれる。ほんと便利だなこの子。
……いいのか?とは?
「何が?」
「……クルッポー」
「『俺だけ男だから、毛布だけあれば外で寝る』だってー」
あー、そっちか。
確かに、この場にいるのは俺とユキちゃん、あーたん、そしてヒロユキ。
俺たち三人(?)は女の子扱いで、ヒロユキだけが唯一の“男”というわけか。
……まぁ、俺の中身は“男”なんだけどな。
しかもお前の兄だし。
実の弟に気を使わせるのも……なんか……うん、こそばゆい。
「いや、僕は気にしないよ? 他のみんなは?」
「くぁーくぁー」
「気にしないよー!」
「だそうです。病人はおとなしく中で寝てなさい」
俺はにっこりと笑って言いながら、ベッドからむくっと起き上がった。
「この一日でしっかり治して、明日にはミクラルに向かおう」――それが今の方針だ。
「その辺の話し合いも、夜にゆっくりしようね」
さて、と。
改めてバンガローの中をぐるっと見渡す。
必要最低限の設備は揃ってるけど、それ以外は……ない!
「うーん、取りあえず僕は買い物行ってくるね? みんなはここに――」
「くぁ!くぁ!」
「ん? ユキちゃん?」
「くぁー!くぁ!」
「一緒に行きたいの?」
「くぁ!」
「……ふふっ、分かった。じゃあ、ついてきてもらおうかな?」
「くぁー!」
「それで、あーちゃんはここでヒロユキくんを見ててほしいんだけど、いいかな?」
「うん! わかりましたー!」
「……クルッポー」
「じゃ、行ってきます」
「くぁーぁ♪」
二人で宿のドアを閉めて、のんびりと市場を探して歩き出す。
「くぁー」
「ないねぇ……お買い物するところ」
歩けど歩けど、周囲には同じような宿ばかり。
商店っぽいものも看板も、全然見当たらない。
「うーん……これはまたギルドの近くまで戻ったほうがよさそうかな?」
実際、ギルド周辺は依頼帰りの冒険者が買い物するせいか、お店がたくさんある事が多い。
よし、引き返そう。
「仕方ない、じゃあ引き返して――……ユキちゃん?」
「……」
振り返ると、ユキちゃんは不意に立ち止まり、ある一軒の家をじぃーっと見つめていた。
そこは……普通の家。
いや、どこからどう見ても、他のコテージとまったく同じ作りの、小さな木造の家。
特に看板があるわけでも、何か特徴があるわけでもないのに……。
「どしたの? ユキちゃん」
ユキちゃんは答えない。ただ、視線を逸らすことなく、まっすぐにその家を見つめ続けていた――
「……ユキちゃん、あの家が気になるの?」
「くぁ」
「じゃあ、ちょっとだけ見てみようか」
俺たちは並んで家の前まで歩く。外観はどこにでもあるコテージ。特に変わった様子もない。
ユキちゃんはじっとその家を見つめたまま、窓の近くにトコトコと歩いていった。
「……?」
どうしたんだろう、妙に真剣な目をして――
「誰だ? ……私の家で何をしている?」
不意に背後から響いた声に、俺はビクリと肩を跳ねさせて振り返る。
「……えっ」
そこに立っていたのは、黒と黄色の騎士装束。鋭く冷えた目。銀の髪。間違えようがない。
「――キールさん!」
《山亀討伐》の時に出会った、グリード王国の代表騎士。
あの時以来の再会だった。