テラーノベル
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「…………」
「…………」
しばしの沈黙のあと、キールさんは無言で部屋を暖かくしてくれた。
そして、丁寧に湯気の立ったコーヒーを二つ。
テーブルに置かれるカップ……緊張で動けない俺。
「……あ、ありがとうございますっ」
「遠慮せずに。……それにしても驚いたよ。
消息不明の人物が、よりによって私の家の前に立っているとはね」
――ま、まずい……!!心臓がバクバクしてるっ!!
「ま、まさかキールさんに、また……会えるなんて、思いませんでしたたたたた……!!」
――ガタガタガタッ
手が震え、コーヒーカップが傾いて……熱い雫がぽとっと胸元に――
「コーヒー、こぼれてますよ」
「ひゃわっ!?!?」
思わず変な声が出る。
でもしょうがない、しょうがないんだ……!
前に会ったときは、正直あんまり分かってなかった。
でも今の俺は違う――代表騎士のすごさを、冒険者としてちゃんと知っているからこそ。
(無理……コーヒーが、喉を通らない……ッ!)
なんか変な汗まで出てきた……助けてリュウトくん……
「コーヒーに……ミルク、入ってた方が良かったか?」
「だっ、大丈夫です! 自分で出せるので!」
「…………」
(しまった、言い方!)
俺の言った「出せる」は――“ミルクの魔皮紙を持ってきてる”って意味だったんだけど。
空気が変になった。変に誤解されてる気がする……!確かに今の俺の胸は母乳が出そうなくらいデカいけど!
「あ、ちがっ、これ、これですこれっ!」
俺は慌ててポーチから一枚の魔皮紙を取り出して掲げる。
「あぁ。【ミルクギュー】の魔皮紙か。……了解した」
「…………」
「…………」
(なんでこんな恥ずかしい空気になってるんだ俺ぇぇぇ!!)
コーヒーを前に沈黙が続く。
俺は笑顔を貼り付けながら必死に気配を消すことに全力を注ぐ。
「……で、話の続きだが。なぜここに?」
「あっ、あのっ!えっと……ぼ、僕のベルドリが気になってるみたいで!」
「ベルドリ? あぁ、あの子か」
窓の外――ピンクのベルドリ、ユキちゃんが、じーっと中を見ている。
目が合うと、きゅるん……と寂しそうな目をして首をかしげた。
(やめろぉ、そんな目で見るなぁ……罪悪感が湧くだろ……)
さすがにキールさんも“家の中に魔物を入れるのは……”と言ってたので……俺も代表騎士には頭が上がらなかった。
(……っていうかコーヒーなんか出されちゃったよ!)
(めっちゃ話す気じゃんこの人ぉぉぉ!!)
「はい……」
「私の家の中は見ての通り、何もないのだが」
キールの言う通り、家の中は質素そのものだった。
木製のテーブルに椅子、簡素な調理器具と――あとは、数枚の魔写真が飾られている程度。
金庫もなければ、武器の一本すら見当たらない。
――これが《代表騎士》の家?って言われても、信じる奴いないだろ、これ。
「うーん……なんででしょうね?」
仮面を外してる俺は、キールの顔色を気にしつつ曖昧に笑った。
そんな俺の表情を気にも留めず、キールは静かにコーヒーを啜り、言った。
「……ユキは、どこにいる?」
「――え?」
(ユキ?)
一瞬、頭が追いつかなかった。だって“ユキ”って――
「他にも、君に聞きたいことは山ほどあるが……」
キールの声が、わずかに震えた。
「……あの子だ。アバレーで、君が抱いていた女の子――私の、娘だ!」
「ちょ、ちょっ!?!」
いきなりテーブル越しに詰め寄ってきたキールが、俺の肩をがしっと掴んだ。
驚きと勢いで、テーブルにあったコーヒーがバシャッとこぼれ――
カップがカシャン、と床に転がった。
「…………」
「…………」
数秒の静寂。
「……すまない。私としたことが、取り乱した」
キールは俯き、片手で床にこぼれたコーヒーを魔法で処理していく。
「いえ……(ど、どうしよう……言うべき? いや、確かにいるけど、本人がベルドリの姿だし!?)」
「もっとも……あの子は、私のことなど、覚えていないだろうがな」
「え?」
「私は職業柄、家に帰ることはほとんどなくてね……妻の出産にすら立ち会うこともできなかった」
「……」
「それでも、たまに帰れば、妻は変わらぬ笑顔で迎えてくれていた……私は、それだけで幸せだった……いや、違うな。そう言い聞かせて、私は彼女に甘えていたんだ」
「……」
「……その妻は、もういない」
キールの声が少しだけ掠れていた。
俺は、その沈黙の重さに、自然と背筋を伸ばしていた。
「だから……せめて娘だけは……ユキだけは……」
俺は、覚悟を決めて息を吸い――ゆっくりと、真実を告げる。
「ユキちゃんは、今――」
窓を指差す。
「そこにいます」
そこには、いつの間にかぺたーっと顔を窓に押し付けて見つめていた、ピンク色のベルドリの姿があった。
「……どういうことだ?」
キールの目が、鋭くも困惑している。
「長くなりますが……結論だけ言うと――彼女は、【魔王】の力で魂を入れ替えられてしまったんです。あのベルドリが……ユキちゃんです」
俺はできるだけ静かに、でも誤魔化さずに告げた。
……沈黙。
キールの呼吸が、微かに荒くなっている。
(うわ、まじで動揺してる……ってか、あのキールさんが!?)
あの男が。国家最強の代表騎士が。
巨大モンスターをも怯まず見据える“鋼”が――今、魂の話一つでここまで……
普通の人間なら「そんなバカな」と一蹴していたかもしれない。
だが、キールはもう【神の使徒】。
理屈を越えた“本物”の世界を知っている。
だからこそ――
「ユ、ユキ! ユキ!!」
キールは椅子を倒しかけながら立ち上がり、全速力で玄関へ駆け出した!
「バタン!!」
「くぁ!!」
「ユッ――ぐふっ!!」
そして。
開けた瞬間、顔面にベルドリ特製の飛び蹴り。
問答無用のドロップキックをモロに喰らって、キールは盛大に吹き飛んだ。
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