テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
文化祭準備と噂
文化祭準備は、予想以上に忙しかった。
各クラスが出し物を決めたら、すぐに申請書を出す。
食品販売の衛生チェック、会場のタイムスケジュール、備品の管理……。
生徒会の仕事は、正直エグい量だった。
でも、そんな中でも、会長は完璧だった。
まろは黒い仮面のまま、でも指示は的確で、全体を見渡す視線は鋭い。
生徒会室でのミーティングはスムーズに進み、役員たちはどんどん動いてくれる。
生徒会長として、誰も文句を言わない。
むしろ尊敬されていた。
ただ――
「なあ、ないこ先輩。」
ポスター貼りを終えて戻ってきた1年の書記が、俺に小声で話しかけてきた。
「会長さんって、なんでずっと仮面してるんですか?」
ペンを持つ手が止まった。
「さあな。」
無理に笑う。
でも1年は遠慮なく続けた。
「事故の跡って噂もあるし、めちゃくちゃイケメンすぎてヤバいから隠してるって話も聞いたし。」
「……」
「どっちが本当なんですか?」
俺は返事をしなかった。
いや、できなかった。
「会長さん、話し方とかめっちゃ落ち着いてるけど、ちょっと怖いですよね。」
その言葉を聞いた瞬間、胸がモヤモヤとした。
「おい。」
俺の声が思ったより低かったのか、1年はびくっとした。
「お前さ、会長が怖いとか言う前に、自分の仕事終わってるか確認しろ。」
「え、あ、はい、すみません!」
1年は慌てて書類を抱えて走り去った。
その後ろ姿を見送りながら、ペンを机に置く。
深く息を吐いた。
噂なんか、勝手に広がる。
でも、それを否定していいのか、肯定していいのか、俺には分からなかった。
ただ――
「どっちでもいいだろ。」
誰もいない生徒会室で呟いた。
事故の跡でも、イケメンでも、そんなの。
会長は会長だ。
仮面の下がどんな顔でも、俺は――
その日の放課後も、俺とまろは生徒会室に残っていた。
他の役員は明日の準備で体育館や各教室を回っている。
だから、また二人きりだった。
静かだった。
時計の針がチクタクと鳴る音が、やけに大きく響く。
まろは書類を読み込んで、黒い仮面の奥の目を細めていた。
その姿が、なんか、無理してるように見えた。
「……会長。」
「ん。」
「ちょっと休憩しない?」
「いらん。」
即答だった。
思わず笑いそうになった。
「真面目すぎるだろ。」
「お前がテキトーすぎんねん。」
仮面の奥から低い声が響く。
でも、なんとなく。
少しだけ、柔らかくなった気がした。
俺は机の引き出しを開けて、個包装のクッキーを取り出した。
「ほら、これ。差し入れでもらったやつ。」
「……いらん言うたやろ。」
「食べろ。血糖値下がると頭回らなくなるぞ。」
「医者かお前は。」
でも、まろはゆっくりとクッキーを受け取った。
黒い仮面の下で、小さな音を立てて食べる気配がした。
俺は、なんか、それが嬉しかった。
「なあ。」
勇気を出した。
ずっと聞きたかったこと。
でも、今まで踏み込めなかったこと。
「俺さ。」
「……なんや。」
「噂、聞いたんだよ。」
まろの手が止まった。
「事故の跡があるって話とさ。イケメンすぎるって話。」
「……」
「どっちが本当でも、俺は別にいいんだ。」
クッキーを食べ終えたまろは、ゆっくりとゴミを畳んだ。
そして、机の上に置く。
目を伏せたままだった。
「お前はアホか。」
「なんで。」
「どっちでもええ言うなら、聞くなや。」
声が低かった。
でも、怒ってるというより、震えていた。
「会長。」
俺は立ち上がって、まろの隣に回り込む。
仮面の奥を覗き込むように身を屈めた。
「俺は、お前のこと、知りたいだけなんだよ。」
その言葉に、まろはピクリと肩を揺らした。
でも視線は合わせない。
「なんでや。」
「会長だから。生徒会で一緒にやってるから。友達だから。」
まろは深く息を吐いた。
仮面がかすかに揺れる。
「……関係ないやろ。」
「関係ある。」
「なんでそこまでして知りたがんねん。」
今度は俺の声が震えた。
言葉が詰まった。
でも、吐き出した。
「お前のことが、好きだからだよ。」
生徒会室が、シンと静まり返った。
時計の音だけが耳を打つ。
まろは動かなかった。
仮面の奥の瞳が、俺を射抜くみたいに真っ直ぐだった。
「……アホや。」
ポツリと落ちたその声は、掠れていた。
「アホやお前。」
「それでも、俺はお前が好きだよ。」
まろは立ち上がった。
椅子が軋む音がやけに大きく聞こえた。
「帰れ。」
「会長。」
「帰れって言うとるやろ。」
その声は震えていた。
必死で、追い払おうとしていた。
俺を拒絶するために。
でも、泣きそうな声だった。
「……分かった。」
言いたいことは山ほどあった。
でも言わなかった。
まろの背中が、すごく小さく見えた。
俺は荷物をまとめて、生徒会室を出た。
ドアを閉める直前に、まろの顔を一瞬だけ見た。
黒い仮面が揺れていた。
まるで、泣きそうに見えた。
帰り道、秋の風が冷たかった。
でも、体の芯が熱かった。
胸の奥が、痛かった。
それでも。
「諦めるかよ。」
小さく呟いた声が、誰もいない校舎に吸い込まれていった。
コメント
4件
桃さんなんかイケメソだぁ