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雨宿りの本音
文化祭まであと一週間を切った。
生徒会の仕事はますます忙しくなる。
教室割りの最終確認、備品管理、ステージリハの立ち会い、全体ミーティングの準備――。
放課後の生徒会室は、連日遅くまで電気がついていた。
でも、二人きりになる時間は、減った。
あの夜、俺が「お前が好きだ」って言ったあと、まろはほとんど口をきいてくれなくなった。
会議では普通に進行する。
仕事の指示も完璧だ。
でも、個人的な会話は一切しなくなった。
副会長としては問題なかった。
でも、友達としては――苦しかった。
ある日の放課後。
俺は書類の山を抱えて廊下を走っていた。
雨が降り出す前に、他クラスの確認を全部終わらせたかった。
外の空が、夕方なのに真っ暗で、不気味な雷鳴が響く。
「間に合え……!」
生徒会室に飛び込むと、まろがいた。
相変わらず、黒い仮面をつけて、書類を読んでいた。
あの冷たい眼差しを思い出して、少しだけ足が止まった。
でも、言わないといけない。
仕事だし、何より……
「会長。」
「……なんや。」
顔を上げたまろの声は、思ったより疲れていた。
その声を聞いただけで、少し胸が痛む。
「これ、明日の会議資料。印刷ミス見つけたから、訂正した版。」
「おおきに。」
無駄のないやり取り。
でも、それ以上は続かない。
まろは視線を戻してしまった。
窓の外に雷光が走る。
直後に、大きな雷鳴。
「……ヤバいな、これ。」
「帰るん遅れたら、ずぶ濡れなるで。」
まろの声も少しだけ低くなる。
心配してるんだろう。
でも、仮面のせいで分かりにくい。
「会長も、早く帰ろうぜ。」
「まだ終わっとらん。」
「……手伝うから、早く終わらせよう。」
まろは黙った。
でも、資料を一部俺に押し出してきた。
「これ、クラスごとに分けろ。」
「了解。」
俺はすぐに取りかかる。
こういうのは慣れてる。
二人で手分けすれば、倍の速さで進む。
それでも、外の雨音がどんどん強くなる。
やがて滝みたいな音になって、生徒会室の窓を叩いた。
「……完全にアウトだな、これ。」
「帰られへんな。」
まろの言葉に、思わず顔を見た。
黒い仮面越しだけど、ため息混じりの声が少しだけ優しかった。
仕事を終えた頃には、校舎はもうほとんど無人だった。
他の役員は「先帰ります!」と既に消えていた。
外は真っ暗で、雷が何度も光る。
結局、俺とまろは二人で昇降口まで来て、雨を見上げた。
バケツをひっくり返したような土砂降りだった。
「傘、ある?」
「あるわけないやろ。」
「俺もない。」
まろが肩をすくめた。
「しゃーないな。止むまで待つか。」
昇降口の軒下で座り込む。
他に音は、雨音と雷鳴だけだった。
体育館の屋根に雨が叩きつけられる音も響いていた。
俺は、まろの横に座った。
距離は、半メートルくらい。
仮面が横を向いている。
言葉を選んだ。
でも、結局、ストレートに言ってしまった。
「なあ、会長。」
「……」
「怒ってる?」
「何をや。」
「……あの日、俺が言ったこと。」
まろは少しだけ首を傾げた。
黒い仮面が、雷光で鈍く光った。
「お前、アホみたいな告白したやつか。」
「うん。」
「……怒ってへん。」
小さな声だった。
雨音に消えそうな声だった。
「でも、困った。」
「なんで。」
「俺は、生徒会長や。」
「関係ない。」
「お前は副会長や。」
「関係ない。」
少しだけ声を強めた。
まろは黙り込んだ。
「俺は、お前が会長だってことも、副会長だってことも全部分かった上で、好きなんだよ。」
「……アホや。」
「そうだよ。バカだよ。でもさ。」
言葉が詰まった。
でも、吐き出した。
「お前が、ずっと仮面してるの、嫌なんだよ。」
「……」
「お前の本音が分かんないの、嫌なんだよ。」
雷が轟いた。
雨が吹き込んで、冷たい風が頬を打った。
でも、目は逸らさなかった。
まろは仮面の奥でゆっくりと目を閉じた。
長い沈黙。
そして、低い声。
「……見せたないんや。」
「なんで。」
「注目されるん、嫌いや。」
「注目?」
まろは小さく笑った。
でも、それは全然楽しそうじゃなかった。
「昔、ちょっと外したことあってな。」
その声は震えていた。
「クラスの奴ら、みんな騒いだ。写真撮られて、拡散されて。毎日『イケメン』言われて。……うるさかった。」
「……」
「俺は、ただ普通におりたかっただけや。」
言葉が胸に刺さった。
まろがずっと隠してた本音だった。
「それで、仮面つけたんだ。」
「せや。……誰も近寄らへんし、騒がれへん。」
「でも、近寄れないんだよ。」
俺の声も震えた。
「それじゃあ、お前のこと、誰もちゃんと見れないだろ。」
まろは黙った。
雷鳴が一瞬、会話を断ち切った。
俺は、そっと手を伸ばした。
仮面に触れようとした。
「おい。」
まろがその手を掴んだ。
強い力だった。
でも、すごく熱かった。
「……外すな。」
「会長。」
「……頼む。今は、外さんといてくれ。」
俺は手を下ろした。
でも、離れようとはしなかった。
まろの手は、まだ俺の手を掴んだままだった。
「俺、お前の素顔も、過去も、知りたいんだ。」
「知ってどうすんねん。」
「知っても、好きだって言う。」
まろは、声を失った。
雨音だけが響いた。
長い沈黙。
やがて、まろが小さく呟いた。
「……アホや。」
「うん、アホだよ。」
「……でも、ちょっと嬉しいわ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
涙が出そうだった。
でも泣いたら、絶対に笑われる。
だから笑った。
「それ、録音していい?」
「アホ。」
まろも、少しだけ声を上げて笑った。
仮面越しの笑い声。
でも確かに、少しだけ素直だった。
雨はしばらく止まなかった。
でも、二人で並んで座っている間中、ずっと話をした。
文化祭のこと、クラスのこと、子供の頃のこと。
仮面をしたままでも、まろは少しずつ、心を開いてくれた。
外は嵐でも、生徒会室の灯りは温かかった。
コメント
3件
外す日は来るのか......見物ですなぁ......()