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艦内の照明は、深夜モードに切り替わっていた。
通路を行き交う足音も少ない。
《アマノハシダテ》は、
次の連邦軍基地へ向け、
静かに航行を続けている。
恒一の部屋。
デスクの上には、
丸い形がひとつ。
——ハロ。
最後の外装を取り付け、
恒一は小さく息を吐いた。
「……できた」
説明書どおり。
何の工夫も、
何の改造もない。
都会のおもちゃ屋で売っている、
そのままのハロ。
掌に乗せると、
思ったより軽い。
「電源は……ここか」
底面のスイッチに、
指を伸ばす。
一瞬、
迷った。
——起動したら、
何かが変わってしまう気がした。
それでも。
恒一は、
スイッチを入れた。
——ピッ。
小さな電子音。
一拍置いて、
単眼センサーが点灯する。
「……」
沈黙。
「……壊れてないよな?」
その瞬間。
「ハロ、キドウシマシタ」
間延びした声。
あまりにも、
聞き覚えのあるイントネーション。
「……」
「ハロ、キドウシマシタ
オナカ、スキマシタ」
恒一は、
しばらく黙っていた。
そして——
ふっと、息を漏らす。
「……普通だな」
本当に、
ただのハロだった。
戦争の話もしない。
ガンダムのことも知らない。
危険も、
秘密もない。
ただ、
話しかければ返事をするだけ。
「……ここ、どこだ?」
「ココ、オヘヤ
オヘヤ、セマイ」
「……悪かったな」
「ハロ、キニシナイ」
意味のない会話。
それなのに、
胸の奥に溜まっていたものが、
少しだけ緩む。
恒一は、
椅子にもたれた。
「なあ、ハロ」
「ナニ?」
「……友達がさ、
いなくなったんだ」
ハロは、
一瞬だけ黙る。
「ハロ、ワカラナイ
デモ、サミシイ?」
「……ああ」
「ソレ、イヤ」
短い言葉。
慰めにも、
答えにもなっていない。
それでも。
誰かに向かって
言葉を投げた、
それだけで。
恒一は、
少しだけ楽になっていた。
その頃。
艦橋。
神崎艦長は、
航路データを眺めていた。
「……敵の動きが、妙だな」
副官が応じる。
「追撃も、
索敵も控えめです」
「嵐の前、か」
神崎は、
静かに腕を組んだ。
——あの黒紫の機体。
——レイブン。
そして、
敵が狙い続けているもの。
「ガンダムを、
簡単に諦める相手じゃない」
再び、
恒一の部屋。
ハロは、
デスクの上で転がっている。
「ハロ、タイクツ」
「……俺もだ」
艦内放送が、
低く流れた。
『まもなく中継宙域に入る
全クルー、警戒を維持せよ』
戦いは、
終わっていない。
ただ、
少し間を置いただけだ。
恒一は、
ハロを手に取る。
「……行くらしい」
「リョウカイ
ハロ、マツ」
その言葉に、
恒一は小さく笑った。
「……ああ。待ってろ」
戦場へ戻る前の、
ほんの短い静けさ。
白い戦艦の中で。
朝倉恒一は、
初めて“戦わない時間”を
手に入れていた。
——それが、
嵐の前触れだとも知らずに。