「 北さん、愛してるゲームっちゅーもんしたくないですか? 」
その日、宮侑はソファに座っていた北信介の横に、ぽすんと腰を下ろした。小さな音を立てて体が触れ、北が手にしていた雑誌がふわりと閉じられる。
「 あいしてる、げーむ? 」
「 いや、なんかの動画で見たんですけど..えっと、こう、向かい合って『愛してる』って言い合って、先に照れた方が負け、みたいなやつで…. 」
「 へぇ、そんなもんあるんやな 」
北は肩を小さくすくめ、侑の方に少しだけ身体を向ける。その顔には、いつものように飾らない柔らかさがあった。
「 で、侑はそれがやりたいんか? 」
「 や、やりたいってわけやないですけど! 暇つぶしっちゅーか……遊びやし 」
そう言いながら、侑はつい視線を泳がせてしまう。どこか照れたように、唇の端をいじる癖が出る。
――なんや、オレ、なんでこんなドキドキしてるんや。
付き合い始めて、もうだいぶ経つはずやのに。普段なら北さんを軽口でいじるのも朝飯前やのに、こういう時だけは、なんか真っ直ぐ見られへん。
「 ふふ、侑がそんな誘い方するなんてな。可愛いやん 」
「 か、可愛いってなんですか! 」
「 ほら、もう顔赤い。ゲームやる前から侑の負けちゃうか? 」
「 う、うるさいですっ…. ! じゃ、じゃあ、始めますよ!?ちゃんと勝負やからな! 」
「 はいはい。よーい、スタートやな? 」
ソファに並んで座っていた二人は、向き合うように腰を少しずらす。お互いの膝が触れそうな距離で、静かに目と目が合う。空気が、少しだけ張り詰めた。
北は穏やかな眼差しをそのまま侑に注ぎ、何も言わない。ただ、じっと。まるで何かを伝えるように――その優しい目で、見つめてくる。
侑はというと、数秒と経たぬうちに、もう限界だった。
「 っ、くっ…!! も、もうあかんっ…..!! 」
バッと顔を両手で隠して、うずくまる。
「 オレの負けっ!!….ずるいですって、北さんの顔…なんであんな真剣なんですか….っ! 」
「 いや、真剣ちゃうよ。普通に見つめとっただけやし。侑が勝手に落ちたんやろ 」
北はくすくすと笑いながら、侑の背中を優しく撫でる。
「 でも….ほんまに負ける思わんかったなぁ..こんなん初めてや 」
「 せやろな。侑って、照れる前にいつもふざけて誤魔化すやん 」
「 今日は本気で勝とう思ったんですよ….っ 」
「 ほんなら、もう一回やる? 」
その一言に、侑はそっと顔を上げた。頬は真っ赤なまま、でも目には悔しさがにじんでいる。
「 …やる。次は絶対負けへん 」
「 わかった。んじゃ、もう一回な 」
再び向かい合う。目を見て、気持ちを込めて、「愛してる」と言うだけ。
それだけ、のはずなのに。
「 ….北さん 」
「 ん? 」
「 ..あ、あ…い…して….. 」
「 うん、オレも愛しとるよ 」
言い終わる前に、北の穏やかな声がかぶさってきた。侑はその瞬間、ぷしゅうっと湯気が出そうな勢いで顔を真っ赤にした。
「 ま、またやーっ!!オレの負けやーっ!! 」
「 ふふ、かわええなあ、侑 」
「 うぅ…なんでこんなん言い出したんや、オレ…. 」
北はそんな侑の頭を軽く撫でると、そっと額にキスを落とした。
「 でも、オレは嬉しかったで。照れてくれても、勝てなくても、そういう侑が好きや 」
「 …..ほんま、ズルいわ、北さん 」
「 そんなん、侑に言われたら終わりやな 」
ソファの上、小さく笑い合いながら、二人はもう一度向き直る。
次は勝てるかもしれない、いや、どうせまた負けるかもしれない。けれど、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
そのぬくもりと、照れくさい幸せだけが、二人の間に残っていた。
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