☔️第6話:溶けて消えた甘さ
涼架side
ストロベリーピンクのヘッドホンを無事に「おそろい」で購入した後、若井は明らかに変わってしまった。
あの店での僕の言葉が、彼にとってどれほど衝撃的だったのかは、顔を見ればわかった。
赤く染まった彼の顔は、僕の告白めいた言葉を真剣に受け止めている証拠だったけれど、その後の彼は、戸惑いを隠そうと、不自然に明るく振る舞うか、逆に僕を避けようとした。
翌週の練習。
いつものようにスタジオに入り、練習を終えた僕たちは休憩スペースに向かった。
僕は今日こそ、若井とこの件について話したいと思っていた。
「お疲れ。はい、これ」
僕は迷わず自動販売機で二本のいちごミルクを買い、若井の前に差し出した。
「若井の分と僕の分。今日は、ちゃんと話そう」
僕がそう言うと、若井は手に持っていたタオルを強く握りしめた。
「あ、ありがとう、涼ちゃん。でも、俺、今日は……いいや」
彼の口から出たのは、僕の予想とは全く違う言葉だった。
「え……いい、って?」
「いや、その、なんだ。最近、ちょっと甘いもの摂りすぎな気がしてさ。ちょっと控えてみようかなって。ほら、健康のために!」
若井は無理に明るい声を出そうとするが、視線は僕の顔の横をさまよっている。
僕が差し出した、いちごミルクのピンク色のパックを、彼は受け取ろうとしない。
「健康のためって……若井がそんなこと気にするなんて、珍しいね」
「まあ、大人の階段登るってことで!」
彼はそう言って、カバンから取り出したミネラルウォーターのキャップを開け、一気に飲み干した。
僕たちの間にいつも並んでいたはずの二本のいちごミルクは、一本だけが僕の手に残り、若井の隣には、透明な水が鎮座している。
その光景が、まるで僕たちの心の距離を象徴しているようで、胸がギュッと締め付けられた。
元貴が、コーヒーを飲みながら、眉をひそめた
「へえ、若井が水?明日雪降るんじゃないの」
「うるさいよ、元貴。俺だってたまにはストイックになるんだよ!」
若井はそう言って、僕から視線を外し、元貴と言葉を交わすことで、僕との会話を避けようとした。
僕は意を決して、もう一度若井を見た。
「あのね、若井。先週の件、戸惑ってるならちゃんと話してほしい。僕の言葉で、若井を困らせたなら謝る。でも、いちごミルクをやめるのは違うんじゃない?」
僕の言葉は、少し震えていた。
「違うって、何が違うんだよ!」
若井は、急に語気を強めた。
僕が感情的になったのを見て、彼も取り繕うのをやめたのだ。
「いや、俺さ、正直どうしたらいいかわからないんだ」
若井は深く息を吐いた。
「涼ちゃんが、『お守りにして』って言ってくれたのは、すごく嬉しかったけど……俺……」
「うん…」
若井は苦しそうに顔を歪めた。
「涼ちゃんは、俺が落ち込んでる時に、隣で優しくしてくれる存在だった。それだけでよかったんだ。でも、そこに『好意』って名前がついちゃうと、俺が涼ちゃんの優しさに甘えてることが、涼ちゃんの気持ち利用してるみたいに思えちゃって」
彼の言葉は、彼がどれほど真面目に、そして繊細に僕の気持ちを受け止めているかを表していた。
「だから、俺、ちょっと冷静になりたいんだ。涼ちゃんにとって、俺が『お守り』じゃなくてまた、安心して隣にいられる『相棒』に戻れるまで」
「若井…」
「ごめん、涼ちゃん。今日のいちごミルクは、飲めない。……飲んだら、また涼ちゃんの優しさに甘えてダメになっちゃいそうだから」
若井はそのまま、僕の持ついちごミルクを見ることなく、スタジオを後にした。
僕の手元には、僕の分とそして、彼に拒否された二本のいちごミルクが残された。
僕はそのパックを強く握りしめた。
ストロベリーピンクの甘い液体は、もう僕の心を「リセット」することも「守って」くれることもない。
僕たちの間から「おそろい」という名の甘さは、一時的に溶けて消えてしまったのだ。
次回予告
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コメント
2件
ちょっとすれ違いが発生……?
涼ちゃん…切ないなぁ~💦