🧸第7話:相棒の証明
涼架side
若井が去った後、僕と元貴の間に重い沈黙が流れた。
僕の手には、若井に拒否されたままの二本のいちごミルクが冷たく残っている。
「……見ての通りだよ、元貴」
僕は力を失ったように、椅子に座り込んだ。
元貴はベッドホンを外し、静かに僕を見た。
彼は僕の前のテーブルに、飲みかけのコーヒーマグを置いた。
「うん。まぁ、予想通りっていうか、若井らしいというか」
「若井らしいって……。若井は僕の気持ちを、利用してるみたいで嫌だ、って言ったんだよ。僕の好意が、若井を追い詰めたんだ」
僕は自嘲気味に笑った。
元貴は、マグカップに手を添えたまま、ゆっくり言葉を選んだ。
「涼ちゃん、落ち着いて。若井は涼ちゃんの好意に追い詰められたんじゃない。若井は、『親友』だった涼ちゃんが、自分にとってそれ以上の存在になることに、パニックを起こしてるんだ」
「パニック……?」
「そう。若井にとって、涼ちゃんはいちごミルクと同じだったんだよ。『リセットボタン』であり、『お守り』。つまり、安心・安全が保障された、動かない日常の一部だった」
元貴は、冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「若井の不安は本物だよ。若井は自分に自信がない。だから、涼ちゃんの無条件の優しさに甘えて、『大丈夫』を維持していた。それは友情という、簡単には壊れない容器に入っていたから成立していたんだ」
彼は、僕の手に冷たく残っているいちごミルクのパックを指差した。
「でも、涼ちゃんがそこに『恋』というラベルを貼った。そうしたら、若井の中で何が起こる?」
「……『いちごミルク』が、特別な贈り物になってしまう」
「その通り。そして、若井は考える。『この甘さをもらうためには、自分もそれに見合う何かを返さなきゃいけない』って。そうじゃないと、涼ちゃんの気持ちを利用してることになるってね」
元貴の分析は、若井の言葉と完全に一致していた。
彼の繊細な性格が、僕の突然の好意で歪んでしまったのだ。
さすがに、元貴は若井との長い付き合いだけあって、あまりにも若井の性格を知り尽くしているなぁ。
「じゃあ、僕はどうしたらいい?このまま、若井が『相棒』に戻れるのを待つべきなの?」
「待つ?冗談じゃないよ、涼ちゃん。待ったら若井はずっと涼ちゃんから距離を取る。なぜなら、若井の心の中で『涼ちゃん=無条件の安全地帯』はもう崩壊してしまったんだから」
元貴の目が、鋭く光った。
「涼ちゃんがするべきことは『相棒』に戻ることじゃない。『相棒』という名の安全地帯を飛び越えて、若井の不安を解消してあげることだよ」
「飛び越える…?」
「若井が今1番恐れているのは、涼ちゃんの好意が、自分の行動や成果次第で、いつか消えてしまうことだ。若井に何か返さなきゃいけない、という強迫観念を壊してあげる必要がある」
元貴は、僕の目を見て、決定的な言葉を告げた
「あのね、若井は鈍い。言葉で『好き』って言っても、『俺のギターが上手くなったら、もっと好きになってくれるの?』って変換するタイプだ」
「じゃあ、どうすらば……」
「簡単なことだよ。若井の不安の根っこまで降りて行って、涼ちゃんの気持ちは『無条件』だって証明するんだ」
元貴は身を乗り出した。
「いちごミルクを飲まないのが、若井の抵抗だとするなら、涼ちゃんも『おそろい』を壊すな。若井が何を飲もうと、涼ちゃんは毎日いちごミルクを飲み続けろ」
元貴は僕の手に残ったいちごミルクをまた指差した。
「そして、次は若井に『返さなくていい』ことを教えてやれ。涼ちゃんの好意は、若井の不安を解消する道具なんかじゃない。ただ、彼の存在そのものへの肯定だということを、行動で見せなきゃ」
「若井の存在そのものへの肯定…」
「そう。涼ちゃんが、若井の不安定の理由ごと受け止める番だ」
元貴はコーヒーを飲み干し、マグカップをテーブルに置いた。
「涼ちゃん、次の行動はもうわかってるはずだ。若井が逃げた理由を、そのまま肯定してやれ。『相棒』という言葉で誤魔化さずに、君が彼をどれだけ無条件に肯定しているかを」
僕の頭の中で、彼の言葉が響き渡った。
若井の不安の根っこ。『俺がダメでも、涼ちゃんは好きでいてくれるのか』という疑問。
僕がすべきことは、僕という存在こそが、彼にとって一番の安心・安全な場所であることを改めて証明することだ。
僕はテーブルの上の、僕の分のいちごミルクを一本手に取った。
冷たかったパックは、僕の決意で温かさを取り戻した気がした。
「…わかったよ、元貴。ありがとう」
僕は立ち上がり、元貴に向かって深く頷いた。
「若井が逃げた理由ごと、受け止めて、そして無条件の『好き』を証明してくる」
次回予告
[💗二度目の告白、無条件の愛]
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コメント
1件
大森さぁん。頼もしすぎるよぉ(泣)