私はどうしてここにいるのだろうか?
周りは薄暗く色鮮やかな照明が付けられクラシックな雰囲気がただよっている。密かにジャズ音楽が聴こえてきては耳を心地よく撫で頭をスッキリさせてくれる。店との相性が良い。見えるのは店の者とその後ろのワイングラス。丁寧に並べられており、手入れがされてる証に照明が反射され輝いて見える。
そう、ここはバーなのである。頼んだお酒は柑橘系で良い匂いがするもここにいる理由も分からずに酒を眺めている。バーテンダーはそれを気にも止めず、カクテルを作るなりグラスを拭くなりしている。
お酒に弱い私はそれを飲もうにも誰にすすめられてるわけでもないので放置気味であった。ただそれではバーテンダーに悪いので唇を付け少しだけ飲み喉を鳴らす。
ゴク
酒が喉を通る、柑橘系の甘く飲みやすい味が自分が想像した以上の量を口に運ばせる。店の雰囲気に流されてはもう一口と喉に流し込む。小さな一口の量でカクテルはそんなにすぐには無くなりはしなかった。
ジャズ音楽の音を耳に入れてみる。サックスの音が聴こえる、ジャズ系の音を奏でるサックスに合わせられる他の楽器たち。そこまで詳しい訳では無いので無論私には他の楽器がなんなのであるのか上手くは分からなかった。
好きな系統の曲なのだろうか、はたまた店にあっているため、その雰囲気に流されているだけなのか。そんなこと考える余裕は私には微塵も無かった。
このままただバーを楽しめたら良かった。ここにいる理由なんて私が一番よく知っている。
惨めな気持ちなのだ。失恋した感覚。いや、間違いなく失恋だ。踊っていた心が静かに踊らなくなり鼓動を止める。冷たくなってはそこに淋しく風が押し寄せてくる。
私は腕を組みそこに伏せた。
気まぐれに他の客のカクテルを見てはどんなものかと考えて今度は照明に目をやる。眩しくて、ただそれだけだった。
空いた心の穴は一切塞がらない。忘れる為に酒なんて性にあわない気がしてならない。
いつも通りの国際会議。やはりその会議は踊り、いつものように自分の意見がいえずに叱られる。思いを寄せる人も会議をしている。目で追うも彼は集中しておらず時たまこちらに気づき笑いかけてくる。それを思い出しては胸騒ぎがして勢いに任せるかのように起き上がりカクテルを飲む。
悲しい、涙が出そうだ。
改めて音楽を聴けばクラリネットとパーカッションの音が聞こえ曲を飾り出す。胸の内を表してくれているような優しくなんとも言えないものである。
机に伏せてぐるぐると思考をめぐらせここまでかと思うような頭の痛くなる考えだ。恋とは本当に病だ。考えれば考えるほど死という概念のない私でさえズキズキと胸が痛み苦しい。
「隣いい?」
そう声をかけらた時、他人だと思った。声のかけ方は大方私の見た目を女だ思った人。正直私の見た目は完全なる男だ。きっと日本人では無いのだろう。アジア特有の幼さなどから見られた私のはずだ。だが大半は私の低い声さえ聞けばどこかへ行く。それを知っていて失礼ながらしんどさにも耐えきれず突っ伏せたままだった。
「……失恋?」
どんな顔してるか分からないが男はなぜだか見えにくいであろう私の顔を、状態をその全てから悟っているようだった。
「マティーニをくれる?」
カクテルの名前である。ドライベルモットにジン、そしてオリーブでできている。アルコール度数も高く、カクテルの王様とも言われているようなものだ。辛口で苦さもある。大人な人だ。
マティーニが作られる音がきこえてくる。それをただぼうっと聞いて、その人に構うことも無く虚しさに彼がいる反対側の壁を見ている。
「もし失恋なら大丈夫、男なんて星の数ほどいるよ」
かっこいい言葉を決めてくれるお人だ。だが私にはそんな言葉は響かない。ひねくれたように言葉を返す。
「太陽は1つしかないのですよ」
嗚呼、これは失礼に値する。それでも私情を挟んでしまい、 いずれ死んでしまう人間にわざわざ丁寧に接する必要もさほど無い。
「太陽より明るい星はある」
そんな言葉にはっとした。ここまで返しが上手いとこちらから返す言葉がない。詩的な人だ、連ねられる言葉はまるで、まるで。
「可愛い顔がもったいないよ、ねえ」
───イタリア人のようだ。
彼は私の黒い髪を手でそっと持ち上げる。イタリア人特有の口説き文句が紡がれる。私はそれに酷く嬉しさを覚えた。
「俺じゃダメ?」
顔を上げた時、イタリア……フェリシアーノ・ヴァルガスに何を知れているのか理解するのが遅れた。群を抜いてイケメンで口説き文句が心地よく耳に入り鼓動を早くさせる。だからなのだろうか私は涙が少しづつ零れる。
「私は、貴方が好きで」
私はただただゆっくりと言葉を出すのに必死だった。彼もまたその言葉を聞いた瞬間顔を真っ赤にさせて焦り言葉を出せず、必死だった。
「え?あ、俺が好きなの?」
「ええ」
フェリシアーノは本当に焦っているのだろう。カクテルを飲むもむせてしまう。
「ヴェ、ヴェ……」
出す言葉に困りすぎて口癖のようなものを何回か発する。フェリシアーノの後ろからの照明でフェリシアーノの顔が暗く見える。それでも先程までの言葉と裏腹に焦りが見える顔。
「菊……俺菊が好き」
座ったまま手をこちらに重ねてくる。真剣な表情で名前を呼んでそれから微笑みかける。手からの汗が無理やりかっこつけて、焦っていたことを悟らせてくれる。
暗い夜、人もいて酒を作る音も聞こえて、ジャズ音楽は雰囲気に誘うように奏で続けられる。このまま流されてしまおうか。なぜならこんなことを考えてるうちにもフェリシアーノは顔を近づけてくるからだ。流されれば接吻をしてしまうだろう。それは愛しあっている証とも言えるはずだ。もしこれがフェリシアーノの遊びでも、それで良い短い間でも求められたと思えるのなら。
近づいてくる顔と唇にそっと目を閉じた。しかしそのせいで見えていなかった。彼が、フェリシアーノがそれに対し目を細めにやりと笑ったことに。
手と手が触れ、唇が重なる。人がいることも忘れて。
「んぅっ!?」
唇は重なったはずなのに、フェリシアーノは唇を食むように噛む。驚きのせいで頭は真っ白になりキャパオーバーになりそうだ。そしてその反動で口が僅かに空いた。少し目を細めフェリシアーノを見てみると目は完全に開いており、しめたと開いた口から舌を入れてきた。こちらを見つめる瞳はまるで獣のようだ。
「ん、んぅ、んぐ」
舌が舌を絡めとり、歯を舐められては頬も舐められる。自ら動くことも愚か、私はそのまま流される。キスの甘みに全てを委ね目を閉じる。生理的な涙が流れ、息が上手くできない。それでもフェリシアーノは容赦をせずに舌を動かす。唾液が絡まり力も入らない。フェリシアーノの手は頭を支えてくれている。
「ぷはっ」
唾液がだらりと垂れ唇が離される。私はだらしなく口が開きそこから少し唾液が垂れる。息を吸い、フェリシアーノを見ると手で口を拭いまた獣のような瞳をしてにやりと笑っている。
思えばキスは酒の味も沢山あったろうに。甘く感じたのだ。イタリアやフランスで親しまれるフレーバードワイン、彼がマティーニを頼んだその時に気づけたろうに。
「これからよろしくね、菊」
そんな獣の表情にドキリとした。返事をすることも愚か、私の頭はぼうっとして、更に彼を好きになることしか私の脳は許さなかった。
終
コメント
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待ってください⋯!!これまた凄く好きです⋯!! おっ、お酒の意味⋯お洒落すぎます!! ⋯多少過激でもこちらは、少なくとも私は大歓迎です⋯!! 応援しています!!
過激だ、!過激だ!!! 久々にこんなもの書きましたね。 正味な話、私はただフェリシアーノに「太陽より明るい星はある」って言わせたかっただけなんですが気づけばキスさせてました。