元貴がバーを出ていったあと、若井はしばらく動けなかった。
薄暗い店内、ガラスの向こうで街のネオンが滲む。
テーブルの上のグラスの中で氷が小さく音を立てて溶けていくのを、ただ見つめていた。
 
 
 
 (……なんなんだよ、あいつ)
 
 
 
 腹の底から苛立ちが込み上げる。
でも、それ以上に困惑していた。
 あの場で感じてしまった自分の身体。
そして、何も言わず去っていった元貴の顔が脳裏に焼き付いて離れない。
 
 
 
 「……っちくしょう」
 
 
 
 店を出て夜風に当たると、苛立ちがより鮮明になった。
彼女にメッセージを送り、そのままタクシーに乗り込む。
 
 
 
 『今から行ってもいい?』
 
 
 
 返事はすぐに来た。
 
 
 
 『もちろん。待ってるね』
 
 
 
 その言葉に少しだけ安堵する。
身体の奥に残ったざわつきを、彼女と過ごす時間でかき消したかった。
 
 
 
 ⸻
 
 彼女の部屋に着くと、彼女は嬉しそうに出迎えてくれた。
 
 
 
 「滉斗くん、急にどうしたの?」
 「……会いたくなっただけ」
 
 
 
 抱き寄せ、唇を重ねる。
彼女は驚きながらも素直に身を委ねてくれた。
 そのままベッドに押し倒し、焦るように服を脱がせた。
けれど、何度触れても、何度重なっても、心の奥が満たされない。
 
 
 
 「滉斗くん……もう、ちょっと落ち着いて」
 
 
 
 彼女の声にハッとした。
自分が苛立ちのまま強く抱き寄せすぎていたのだ。
 
 
 
 「……ごめん」
 
 
 
 謝りながらも、止まらなかった。
欲しいのは、目の前の彼女の身体ではない気がしていた。
 
 
 
 ⸻
 
 行為が終わり、彼女が「シャワー浴びてくるね」と立ち上がった。
扉が閉まる音がしてからも、若井はベッドの上に大きく横たわり、天井を見つめていた。
 
 
 
 (……俺、なにしてんだよ)
 
 
 
 全身の力が抜け、虚しさが押し寄せる。
それでも胸の奥には、バーでの元貴の視線と感触が残っていた。
 
 
 しばらくして浴室のドアが開き、髪をタオルで拭きながら彼女が出てきた。
 
 
 
 「滉斗くん、お先でした」
 「ああ……」
 
 
 
 若井は気怠い体を起こし、バスルームへと向かった。
浴室のドアを閉めると、静寂が戻る。
 
 
 
 ⸻
 
 熱いシャワーを浴びても、バーでの出来事が頭から離れない。
テーブルの下で弄ばれた足の感触。
指先を舌でなぞられた熱。
元貴が勝ち誇ったように浮かべた笑み。
 水音にかき消されるように、若井は低く吐き出した。
 
 
 
 「……元貴……」
 
 
 
 名前を呼んだ瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
自分でもどうしようもなかった。
 片手でシャワーを握りながら、もう片方の手が下へと動く。
 
 目を閉じると、脳内に鮮明に元貴の声が蘇った。
 
 
 
 『……舐めて欲しいんだろ?』
 
 
 
 背筋がぞくりと震える。
 
 
 
 「……舐めて……元貴……」
 
 
 
 想像の中で、元貴の舌が自分を貪る。
唇を噛みながらも、吐息が漏れ出す。
 「……っ、はぁ……っ」
 指先にかかる快感の波が強くなっていく。
目の前にはいないはずの元貴が、耳元で囁き、触れている気がしてならなかった。
 
 
 「っ、……んっ…あぁっ……!!」
 
 
 抑えきれない熱が限界を迎え、壁に手をついた瞬間、すべてが溢れ出した。
熱く白濁したものが浴室のタイルに飛び散る。
 肩で荒く息をしながら、若井はその場に崩れ落ちた。
水滴が額を伝い、胸の奥で罪悪感が重くのしかかる。
 
 
 
 「……俺、最低だ……」
 
 
 
 シャワーの水音に紛れて、自分の声が消えていった。
 
 
 浴室の外では、彼女がドライヤーを回している音が聞こえた。
若井はシャワーを止め、目を閉じた。
 頭の中にあるのは、彼女の顔ではなく、元貴の瞳。
離れようとするほど、その視線に縛られていく気がした。
 
 
 
 
コメント
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風邪ひいて課題が終わんない( ´・ω・ ` )昨日見ええなかったよ〜ごめんね〜(´._.`)
あらやだもう…(←何よ) omrさんなんて罪な男なの…(?)